#32
「こ……ここが、湊ん家……の、マンション……」
建てられてからはずいぶん経っていそうだが、まだ当時の綺麗さが残っているこのマンション。宏樹によると、ここが湊の住んでいるところらしい。
花凛に訊いて教えてくれないなら、本人に訊いてみよう。そう思い、思いきって家まで来てしまった。入口を入ってすぐのエントランスのインターホンの前まで足を運ぶ。ボタンに手をかけるが、その動きはピタッと止まった。
(お……押しちゃって、いいんだよね!?)
ここに来て、変な不安が押し寄せてきた。本当に、いいのだろうか。今思うと、花凛の言葉は警告のようにも聞こえる。踏み入れてはいけない、と言われているような。もしかしたら、これからひかりは、花凛の言う『湊のつらいつらい過去』を知ってしまうことになる。赤の他人であるひかりが、簡単に知ってしまっていいのだろうか。訊かずに踵を返すのが、然るべき行動なのではないだろうか。
「……何してんだよ」
突然かかった声に、肩を大きく震わせ声をあげた。気がつくと、開いた自動ドアの向こうから、湊が汚いものを見るような目付きでひかりを見ている。ひかりは、無理矢理作り笑いをした。
「あっ、ははは。やっほー、湊。ええと……たまたま、この辺を通り掛かって?」
「……へぇ、たまたま」
明らかに疑っている。嘘もバレバレだろう。だが今のひかりには、ただ笑っていることしかできなかった。
「……取り敢えず、あがれよ」
「……えっ?」
そう言って、湊はその場で背中を向けた。訳がわからず戸惑っていると、先を歩く湊が少し振り返った。
「目的はわかってる。取り敢えず来い」
何も言い返せなかった。湊は先に進む。目の前の自動ドアは、今にも閉じてしまいそうだ。ひかりは、強く頷いて駆け出した。
湊の部屋は綺麗だった。派手に飾られておらず、とてもシンプルである。湊の後に続き、家にあがらせてもらったひかりは、湊の自室に入るよう促された。そのまま、指定された部屋に入る。適当に座ると、湊も目の前に座った。
「……それで? どうせ、休んでることだろ?」
わかってる、と先に言われていても、やはり当たっていることにドキリとしてしまう。わかってるじゃん、と呟くと、だいたいわかるだろと返された。
「花凛先輩から聞いた。湊が休んでいるのは、つらい過去が原因なんだって。本当なの?」
「花凛にも聞いたのかよ……」
一瞬、ドキリとした。湊は、ひとつ歳上の花凛を呼び捨てで呼ぶんだ。それは、二人の仲の良さを象徴している気がした。
「ご……ごめん。でも、湊の過去が知りたいの」
「……知って、どうなるんだよ」
その言葉は、少し怒っているようにも聞こえた。でも、ひかりは怯まない。何故かはわからないが、どうしても知りたいと思っていたからだ。
「……知って、湊の心の傷を癒す。癒せる気がする」
根拠はわからない。だが、無性にそんな気がした。できる。自分なら、できると。
「……つらくなっても、知らねぇぞ」
湊は観念したように、ため息をついた。




