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イツワリ  作者: 柏原ゆら
32/43

#32

「こ……ここが、湊ん家……の、マンション……」


 建てられてからはずいぶん経っていそうだが、まだ当時の綺麗さが残っているこのマンション。宏樹によると、ここが湊の住んでいるところらしい。

 花凛に訊いて教えてくれないなら、本人に訊いてみよう。そう思い、思いきって家まで来てしまった。入口を入ってすぐのエントランスのインターホンの前まで足を運ぶ。ボタンに手をかけるが、その動きはピタッと止まった。


(お……押しちゃって、いいんだよね!?)


 ここに来て、変な不安が押し寄せてきた。本当に、いいのだろうか。今思うと、花凛の言葉は警告のようにも聞こえる。踏み入れてはいけない、と言われているような。もしかしたら、これからひかりは、花凛の言う『湊のつらいつらい過去』を知ってしまうことになる。赤の他人であるひかりが、簡単に知ってしまっていいのだろうか。訊かずに踵を返すのが、然るべき行動なのではないだろうか。


「……何してんだよ」


 突然かかった声に、肩を大きく震わせ声をあげた。気がつくと、開いた自動ドアの向こうから、湊が汚いものを見るような目付きでひかりを見ている。ひかりは、無理矢理作り笑いをした。


「あっ、ははは。やっほー、湊。ええと……たまたま、この辺を通り掛かって?」

「……へぇ、たまたま」


 明らかに疑っている。嘘もバレバレだろう。だが今のひかりには、ただ笑っていることしかできなかった。


「……取り敢えず、あがれよ」

「……えっ?」


 そう言って、湊はその場で背中を向けた。訳がわからず戸惑っていると、先を歩く湊が少し振り返った。


「目的はわかってる。取り敢えず来い」


 何も言い返せなかった。湊は先に進む。目の前の自動ドアは、今にも閉じてしまいそうだ。ひかりは、強く頷いて駆け出した。




 湊の部屋は綺麗だった。派手に飾られておらず、とてもシンプルである。湊の後に続き、家にあがらせてもらったひかりは、湊の自室に入るよう促された。そのまま、指定された部屋に入る。適当に座ると、湊も目の前に座った。


「……それで? どうせ、休んでることだろ?」


 わかってる、と先に言われていても、やはり当たっていることにドキリとしてしまう。わかってるじゃん、と呟くと、だいたいわかるだろと返された。


「花凛先輩から聞いた。湊が休んでいるのは、つらい過去が原因なんだって。本当なの?」

「花凛にも聞いたのかよ……」


 一瞬、ドキリとした。湊は、ひとつ歳上の花凛を呼び捨てで呼ぶんだ。それは、二人の仲の良さを象徴している気がした。


「ご……ごめん。でも、湊の過去が知りたいの」

「……知って、どうなるんだよ」


 その言葉は、少し怒っているようにも聞こえた。でも、ひかりは怯まない。何故かはわからないが、どうしても知りたいと思っていたからだ。


「……知って、湊の心の傷を癒す。癒せる気がする」


 根拠はわからない。だが、無性にそんな気がした。できる。自分なら、できると。


「……つらくなっても、知らねぇぞ」


 湊は観念したように、ため息をついた。

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