#27
「千歳? さっきのはさすがに勝手すぎるよ」
膝を抱えて小さくなる千歳に、ひかりは言う。『勝手すぎる』という言葉が少しカチンときて、「何が?」と訊ねた。
「だって、宏樹君、『浮気』って言葉にピンときていなかったみたいだったよ? そういうつもりはないんじゃないかな」
「だとしても、カノジョの前であんな行動は酷いでしょ」
まぁ、そうだけど……とひかりは黙り込んでしまう。千歳は、頬を膨らませた。
「……あの璃架ちゃんって子、可愛かったし、気移りしちゃったんだよ」
「そうかなぁ? あの宏樹君が、簡単に気移りする気がしないけどな」
「ひかりに何がわかるの!」
千歳の怒鳴り声に、思わず肩がビクリと震える。その様子を見て千歳は、ごめん……と呟いた。
(私……なんか変だ)
自分でもわかる。いつもは滅多に怒鳴ることなんて無いのに、宏樹が浮気したとわかると、人が変わってしまったかのようだ。
「私は、ヒロ君が好きなだけなんだけどな……」
無意識に出た言葉に、ひかりはクスリと微笑む。教室に戻ろうと言われ、縮こまった身体を起こした。
全ての授業を終え、生徒は皆帰る支度や部活に行く準備をしている。いつもなら宏樹のいる隣のクラスへと飛び出す千歳であるが、今日は違った。
はぁ、とひとつため息をつき、ひかりのもとへ歩み寄った。
「ひかり、あのさ、今日一緒に帰ってもいい?」
ひかりにそう訊ねると、何やら悩むポーズをとった。何を考えているのだろうか。不思議に思っていると、ふとひとつの考えが浮かんだ。
「……あ、ごめん。やっぱりいいや。湊君と帰るよね?」
「うん。まぁ、そうだけど……」
邪魔しちゃ悪いから、と踵を返す。そのまま、独りで昇降口を出た。
真っ青な空を見上げる。雲ひとつ無い青空の下、たった独りで歩く惨めさに涙が滲みそうだった。
そんな思いも振り払い、歩きだそうとしたその時、背後から聞き慣れた声がした。自分を呼ぶ声。この声は、まさしく大好きな宏樹の声だった。
「千歳~!」
「ヒロ君……」
こちらに駆けてくる宏樹。千歳まで辿り着くと、何で先に行っちゃうんだよと息を切らしながら言った。
「……だ、だって、ヒロ君が浮気するから」
「そのさ、『浮気』ってのがいまいちよくわかんねぇんだけど、俺、何かした?」
ケロッとした様子で問いかけてくる宏樹。その姿に、無性に怒りが込み上げてきた。抑えよう、抑えようと思ってもそれは爆発してしまう。
「だからっ! ヒロ君は、あの璃架ちゃんって子が好きになっちゃったんでしょ!? 正直に言ってよ!」
宏樹は、またもや首をかしげた。それに反論しようとするが、宏樹の言葉によって遮られた。
「どうして千歳がそう思うかわかんないけど、璃架は俺の従姉妹だよ」
「従姉妹……!?」
宏樹の口から出た思わぬ事実。千歳は開いた口が塞がらない状態だった。
「え……じゃあ、二人で保健室に入っていったのは?」
「璃架さ、実は身体が弱くて、度々保健室に通わなくちゃいけないらしいんだ」
「手を繋いでいたのは……?」
「璃架をフォローする為。従兄弟だから面倒見てやれって、親父に言われてさぁ。『神楽璃架』って、聞いたことあるだろ?」
そう言われれば、確かに聞いたことがある。宏樹の言葉に、うんと頷いた。
とんでもない勘違いだった。身体が弱い従姉妹の璃架を助けている宏樹の優しさを、浮気だなんて。心底自分を恨んだ。
「ごめん……。ごめんなさい、ヒロ君。ごめんなさい……っ」
勝手にポロポロと零れ落ちてくる涙。宏樹は目を丸くし、千歳を抱きしめた。
「俺こそ、何も伝えなくてごめんな。でも、千歳がそれだけ俺のことが好きってわかったから、嬉しいよ」
ちゅっ、と二人の唇が触れ合う。二人、顔をあわせて笑いあった。




