#20
「……ひかり?」
咄嗟に、声のした方向に振り向く。すると、そこには暑さで怠そうにしている湊がいた。
「……湊」
「何でそんな格好してんだよ」
ぶっきらぼうな言葉に、少々カチンときた。「べつに、何でもいいじゃん」とはぐらかすと、「西宮か」と呟く声が聞こえた。はぁ、とひとつため息をつく。
「そう。波瑠と約束してたの。だけど、波瑠に急用ができちゃって、今から帰るとこ」
渋々説明をすると、湊は「ふぅん」と興味無さげにひかりの頭の先から爪先までを見回した。そして、ひかりの目を見て一言。
「浴衣、似合ってない」
グサリ、と何かが胸に刺さる音がした。湊は相変わらずの無表情で、悪びれる様子もなくうつむくひかりを見つめた。ひかりは震える消え入りそうな声を、必死で隠そうとした。
「し、知ってるし。いちいち言わなくていいし……」
この浴衣は、波瑠と行くことを想定して選んだものだ。「似合う」って、何か胸が温かくなる一言言ってほしくて選んだのだ。それを、湊は一言で崩した。「似合ってない」と言われた。相手がたとえ湊だとしても、その言葉はひかりを傷つけた。
うつむくひかりを目の前に、湊は小さくため息をつく。すると、いきなりひかりの腕を掴んだ。そのまま、引っ張りながら歩く。
「ちょっ、ちょっと! 湊!」
待って、と声をかけても、湊は聞こえていないかのように進んでいく。そんな湊に、腕を引かれるままついていった。すると、突然湊の足は止まる。ぽふっと湊の背中に頭をぶつけ、問いかけた。
「ちょっと、湊? 何よ、急に……」
ふと、湊が見上げるお店に視線を向ける。お店のショーウィンドウには、綺麗な白の下地に、カラフルな淡い色の花びらが散りばめられている浴衣が。そこは、街中の呉服屋だった。
何故、湊は呉服屋に来たのだろうか。首をかしげていると、湊は再びひかりの腕を引き、店内へ足を進めた。
いらっしゃいませ、という店員の声がする。店内はたくさんの浴衣や着物で溢れていた。所々、お客の思われる人々が、浴衣を手に取っては微笑んでいる。今日が夏祭りの当日だというのに。そんな中、湊は、並べられているレンタル用の浴衣の中からひとつを取り出した。ひかりにそれを渡すと、気付けをしてくるように命じた。ひかりは渋々店員に話しかけた。
気付けを始めてから数分後、気付けは終わりを告げた。ひかりが身に付けているのは、湊が選んだ浴衣。お似合いですよ、と店員に言われ、恐る恐る鏡の前に立つ。鏡に映る自分の姿に、目を見張った。
黒の下地に、淡いピンクと紫の蝶が描かれた浴衣。ひかりが選んだ白の浴衣とは正反対の黒のそれは、ひかりの真っ黒な髪とマッチしていた。また、淡いピンクと紫の蝶が、ひかりをより大人っぽくみせている。ひかりが選んだものより、こちらのほうが似合っていると自分自身感じた。
「湊っ」
着付け中、ずっと外で待っていた湊のもとに駆け寄る。
「……どう、かな?」
小首をかしげてみる。湊の視線が向いたと思った瞬間、開かれた目は再び逸らされた。なんだか不安になる。すると、湊は左手を首の後ろにあて、顔を逸らしたまま言った。
「まぁ……まだマシになったんじゃね?」
「そう、かな」
クールな彼なりの褒め言葉なのだろう。この浴衣を選んだのは湊だとしても、その言葉は嬉しかった。
それにしても、浴衣を変えてどうするつもりなのだろうか。浴衣代は、もう既に湊が払ってくれていたらしい。後で返さねば。
「……よし、行くぞ」
そう言って、湊はひかりに手を差し出す。反射的に握ってしまったものの、動き出す湊に慌てて問いかけた。
「行くって、どこに?」
「そこら辺」
「大丈夫なの? 湊だって、他の人とかと来てるんでしょ?」
「……宏樹とは、はぐれた」
だからいいんだ、と湊はひかりの手を引いた。一緒に来ている宏樹にも悪い、と反論したが、すぐに覆されてしまった。
結局、今年の夏祭りの思い出は湊とのものになった。最初は嫌々言っていたものの、結構楽しんだひかりだった。




