#02
「一昨日ね、波瑠に映画誘われたの。で、後で連絡するって言うから待ってたのに、来る気配が無くて。結局来なくてもう月曜日に……って」
ひかりはずっと動かしていた口を止め、目の前の彼女に視線を送った。だが、彼女はポテトチップス片手にスマートフォンの画面を見たままで、ひかりの視線に気づいていないようだった。
「千歳……聞いてる?」
「ううん、聞いてない」
おい! と、ひかりは思わずツッコむ。平然と答えた彼女は、化粧は毎日薄めにしてきて、爪にはうっすらマニキュアを、髪はクルクルに巻いて高い位置でひとつに縛っている、俗にいう『女子力』が物凄く高い少女、乙川千歳。そんな千歳はマイペースでテンションの上げ下げは激しいが、ひかりにとっては高校で初めてできた大切な友達である。
「だから、波瑠に映画誘われたの!」
「へぇ、よかったじゃん!」
おめでと~と、千歳は拍手をする。最後のポテトチップスを口にし、千歳は指を舐めながら言った。
「相変わらず仲良いよねぇ、西宮君と」
「ま、まぁ……」
「恋には発展しないの?」
グサッ、と何かが刺さったような感覚に陥る。その質問はされたくなかった。自分が知りたいというのに。
「どう、なんでしょう……」
「それを訊いてるんじゃん。もう、ひかりって鈍いよね~」
そう言って、千歳は肩を竦めた。よく「鈍い」と言われるが、そんなに自分は鈍いだろうか。そんなことより、とひかりは話を変えた。
「誘われたのはいいんだけどさ。その後、連絡が無くて」
「もう二日経ってるのに?」
「そう」
それは変だね、と千歳は首をかしげた。ひかりも、変だよね、と制服のポケットからスマートフォンを取り出す。
(……もしかして、嫌われたとか?)
それにしては急すぎる。何かした覚えも無いし、波瑠は原因無しで人を嫌うような人じゃない。悶々としていると、千歳が「あっ!」と声をあげた。
「ひかり、ピンクの星のキーホルダーどうしたの?」
千歳は、ひかりのスマートフォンの先を指さす。その先を見たひかりは、声をあげた。
「無いっ! キーホルダーが無いっ!」
幼い頃から持ち続けている、ピンク色をした星形のキーホルダーが無くなっていた。そのキーホルダーには思い入れがあって、ずっと肌身離さず付けてきた。それが、今日無くなった。ひかりは、鞄の中やらポケットの中やらを探った。
「無い、無い、無い……っ」
ボソボソ呟きながらゴソゴソと探すひかりをよそに、千歳はひかりのスマートフォンをいじり始めた。何してんの! と一喝するが聞かず、何故か千歳は目を丸くした。
「ひかり、これひかりのスマホじゃなくない?」
「え?」
ひかりの手が止まる。ほら、と千歳に見せてもらった画面は、ひかりの本来のスマートフォンとは違う画面だった。でも、機種や色はひかりのものと同じである。何故だろうか。
「誰かのと入れ替わっちゃったとか?」
「入れ替わる……?」
ハッ、ととある記憶が思い出された。それは、一昨日の放課後の出来事。ぶつかった際に荷物が廊下に散らばり、その時に拾い間違えたのだろう。
「誰なの?」
「名前が思い出せない……」
ここまで出てきてるの、と首もとに手をやる。再び悶々とするが、結局誰だか思い出せなかった。