#19
暑い暑い、七月になった。
あの日以来、なんだか湊の態度が変わった気がした。目を合わせれば、一瞬顔を歪め、嫌そうにする。それはあかりに向けられているものだとわかっていても、なんだか腹が立った。
――でも、今日は、そんな汚い心も浄化される日なのだ。
七月の上旬。人々は、街の中心部に集まった。綺麗な浴衣を着て、この日を楽しんでいる。そう、今日は夏祭りだ。
この街の中心である、大きな杉の樹。ここが、波瑠との集合場所である。今日は、朝からこの夏祭りを楽しみにしていた。悩みに悩んだ末、ひかりに選ばれた浴衣は、真っ白な下地に淡いピンクと水色の花が咲いたものだった。髪は、いつもとは違い頭の上で結われ、キラキラ光る簪をつけている。今日のひかりは一段と美しく映るだろう。この姿を波瑠に見てもらうのが、今から楽しみで仕方がなかった。
待つこと数分後。漸く待ち合わせの時刻になった。だが、波瑠の姿は見あたらない。遅刻なんて、誰でもするものだ。そう思い、ひかりは再び待ち続けた。
――だが、数十分経っても、波瑠は姿を現さなかった。
さすがにおかしい、とひかりは思い始めていた。電話してみようか。そう思った途端、ひかりのスマートフォンに着信が来た。画面を見ると、『波瑠』の文字が。ひかりはすぐさま通話のボタンを押した。
「もしもしっ?」
『あっ、ひかり?』
電話の向こうから、波瑠の声が聞こえる。そのことに、ホッと胸を撫で下ろした。
「波瑠、どうしたの? もう、時間結構過ぎてるけど……」
『ごめん、伝えるの遅くなっちゃって。今日、行けなくなったんだ』
「えっ……?」
ひかりの動きが止まる。でも、波瑠はそんなこと知らないかのように続けた。
『なんか、急に家族旅行に行くことになっちゃってさ。妹が行きたい行きたいって煩くて』
断れなかったんだ、と波瑠は申し訳なさそうに言う。そんな風に言われたら、こっちだって断れない。
「そ……そっか。残念。泊まりなの?」
『そうなんだ。だから、明日も行けない』
本当にごめん、と波瑠は何度も繰り返す。もう、他に波瑠と行く手段は無いと思われた。ひかりは、無理矢理笑顔を作り、明るい声を出した。
「ううん、気にしないで! 夏祭りなんて、来年もあるんだし。家族旅行、楽しんできてね!」
『……うん、ありがとう。それじゃ』
それだけ告げ、電話は切れた。ひかりはスマートフォンを握りしめたまま、呟いた。
「折角浴衣選んだのになぁ……残念」
はぁ、とひとつため息をつく。落ち込むだけ落ち込み、ひかりはすぐ立ち直った。
「……よし。帰ろ」
波瑠と行けなくなったことにより、ひかりの夏祭りの予定はもう終わってしまった。まっすぐ家に帰ろうとしたその時、突然声をかけられた。
「……ひかり?」