#18
「湊せんぱ~い! お菓子持ってきましたよ~!」
急にドアが勢いよく開け放たれ、ひかりと湊はビクリと肩を震わせた。両手にお菓子の入った皿を持つあかりが部屋に入ってくる。
(さ、さっきの話、聞かれてないよね……?)
いくらあかりでも、いや、あかりだからこそ知られてはまずい。湊が好きだと宣言したのだから、聞かれたらきっと今以上に攻めにくるだろう。
あかりは、先ほどと同じ場所に腰をおろした。すると、彼女の手作りクッキーを片手に、湊に詰め寄った。
「ほら、湊先輩! あーん」
「ちょっと、あかり!」
嫌がる湊を見て、ひかりはあかりを止めに入った。あかりは不満そうに頬を膨らませる。あかりの攻めが増したような気もするが、いつもどおりな気もする。積極的なあかりは、やっぱりこれが自然体なのだろうか。
「ちょっと~。邪魔しないでよ、お姉ちゃん。っていうか、いつまでそんなビショビショな格好でいるつもりなの? もしかして、濡れて透ける下着を湊先輩に見せたかったとか?」
「はっ……はぁ!?」
ニヤリと笑うあかりの悪戯に、ひかりは頬を赤らめた。「そんな訳ないじゃん!」と、着替えを持ち、急いで部屋から出た。
* * *
(やった! 追い出し成功っ)
頬をほんのり赤くしながら、部屋を出ていくひかりの後ろ姿を見送る。してやったり、と微笑んだ。
改めて、湊に向き直る。湊は、ひかりがいなくなり、より一層あかりへの警戒を強めているようだった。顔が強ばっている。
(でも……そんな湊先輩も、かっこよくて好き!!)
怖い顔も、無表情な顔も、時々見せる笑顔も好き。ひかりがいなくなった今、あかりはじっくりと湊を観察した。そして、ふふっと微笑む。湊は何を思ったのか、眉をピクリと動かした。
(さあて、何をしようかな。二人きりっていいね。折角だし、さっきの言葉の意味を確認しちゃお)
「……ねぇねぇ、湊先輩って――」
* * *
「ねぇねぇ、湊先輩って、お姉ちゃんのこと、本当に好きなんですかぁ?」
突然の質問。何故こんなことを訊いてくるのか理解できなかった湊は、「は?」と眉をしかめた。
「……何だよ急に」
「だってぇ、湊先輩から、お姉ちゃんのことが好きっていう気持ちが伝わってこないんですもん。勿論、お姉ちゃんからも」
そりゃそうだ。湊とひかりは、好きだから付き合った訳ではない。そんな気持ちは伝わらなくて当然だ。
勿論、湊はそう言い返さなかった。面倒くさそうに、顔を背ける。すると、あかりはニヤリと微笑んだ。
「もしかしてぇ、二人は『仮の関係』とかぁ?」
顔を背けたまま、目を見開いた。あかりの口から出た言葉に、敏感に反応する。何せ、事実なのだから。
「……んな訳ねぇだろ」
嘘くさく、湊は呟く。たぶん、あかりに気づかれている。どうしてかはわからないが、そんな気がした。
(……つうか、あいつおせぇ)
着替えてくると言って出たひかりがまだ戻ってこない。どれだけ時間がかかっているんだ、と湊は苛立つ。
すると、突然あかりが動き出した。
「それじゃあ――」
ゆっくりと、湊に近づいてくる。正面から来られ、後ろに手をついた。そらしている体に、あかりは上から乗るように、顔を近づけた。
「――あかりにしませんかぁ?」
は? と思うのも束の間、あかりの手が湊の頬に添えられた。そのまま、ゆっくりとあかりの顔に近づけられる。手をあげてしまいたいところだったが、相手は女。しかも、年下だ。派手なまねはできなかった。
あと数センチ、というところで、先ほどのように勢いよくドアが開いた。
三人の動きが止まる。一番最初に動いたのは、ひかりだった。
「……え? え? え? 何があったの?」
「ちょっとぉ……。お姉ちゃんって、いっつも邪魔ばっか」
もう少しだったのに! と、あかりは湊に抱きついた。そんなあかりをひかりは叱りながら離す。湊は、ただただ二人のやり取りを見ていた。
「もう部屋に戻って勉強しなさい! 私と一緒の高校に行きたいんでしょ!?」
「だけど、湊先輩もっと一緒にいたい~っ」
ただをこねるあかりを、ひかりは無理矢理彼女の部屋に戻させた。
あかりがいなくなり、静かになった部屋に、ひとつのため息が谺した。
「湊……大丈夫だった? 何かされた?」
「……お前、来るの遅すぎ」
「だって、トイレ行ったり洗濯機回したりしてたら時間かかっちゃって」
ごめんごめん、とひかりは苦笑する。やはり、あかりは苦手だ、と再度思う湊だった。