#16
湊はいつも、歩くのが速い。せっかちなのか、その細長い脚のせいなのか、通称脚が長いひかりでも追い付くのが大変だった。
本日も、毎度の放課後のキスを終え、帰路に就いていたその時、湊が突然止まった。
「……雨」
湊の呟きに、「へ?」と湊の顔を見る。空を見上げる湊に倣って、ひかりも空を見上げた。
確かに雨は降っていた。頭上からパラパラと降り注ぐそれらは、ひかりの顔を刺激し、ひかりはギュッと目を瞑る。そんなことをしていると、次第に雨は強くなっていった。
「わ……ヤバくない?」
鞄で頭を覆う。この日、ひかりは傘を持ってきていなかった。何故なら、今日の天気予報は晴れ。降水量は30%だったからだ。湊の様子からすると、おそらく彼も持っていないだろう。そんなことをしているうちに、雨水はシャツやローファーを浸入し始めた。
「お前は走って帰れ。家すぐそこだろ」
「湊は?」
そう訊ねると、湊は黙りこくってしまった。おそらく、自分自身が帰る方法は考えていなかったのだろう。
顔を逸らして何かを考えてこんでいる湊の腕を、「……じゃあ」とひかりは掴んだ。
「湊も行こう」
は……? と眉をひそめる湊なんか気にもせず、一目散に走り出した。
「はぁ、はぁ……」
漸く家に着いた頃には、雨は本降りになっていた。頭に乗せていた鞄は勿論、髪にも水分を含んでいた。
「取り敢えず、あがってよ」
「……あぁ」
ビショビショの腕でドアを開ける。すると、ダダダダと明らかに走ってくる音がした。湊は、何のことかと首をかしげている。その足音の主は、突然姿を現し叫んだ。
「お姉ちゃん!!」
抱きつく勢いで迫ってくる彼女をひかりは制した。湊は、何が起こっているのかわからないといった様子だった。そんなのお構い無しに、彼女はひかりを質問攻めにした。
「何で遅かったの? 何でビショビショ? っていうか、最近遅いよね。何で?」
彼女の質問に答える隙は見つからなかった。ズバズバと次々に質問してくる彼女を、湊は「こいつ誰?」という目で見ている。すると、彼女が湊の存在に漸く気がついた。
「だっ、誰!?」
「こっちの台詞」
彼女は驚いた目で、湊はジトーッとした目でお互いを見詰めている。ひかりはやっと口を開くタイミングを見つけた気がした。
「あぁ、えっと、こいつは私のカレシ。で――」
湊を指さしながら彼女に説明する。すると、彼女は『カレシ』という言葉に反応した。
「カレシ!! この人、お姉ちゃんのカレシなの!?」
仮だけど、と思いながら頷く。すると、彼女は突然湊に頭を下げた。
「はわわ、カレシさんですか! 私、ひかりの妹のあかりです! いつもお姉ちゃんがお世話になってますっ」
「……ども」
湊は、あかりの煩さに少々苦い顔をしながら言葉を返した。ひかりはあかりにタオルを持ってくるよう頼んだ。
「お前の妹、威圧感ハンパねぇ……」
二人きりになった途端、湊が口を開いた。
「あー、煩いでしょ? あれが普通なの」
「お前と性格似てねぇな」
「よく言われる」
「でも、頭悪そうなのは同じだな」
すんなり、ひかりが頭が悪いとバカにした。それに気がついたひかりは、「何それっ!」と反論する。湊は楽しそうに、小さく笑った。
そこに、タオルを持ったあかりがやって来た。
「お姉ちゃんとカレシさーん。タオル持ってき――」
あかりの言葉が、不自然なところで切れる。ひかりはそんなこと気にせず、ありがとうとあかりからタオルを受け取った。
そして、タオルを被ってひかりの部屋に向かった。その時、何故かあかりがついてきた。
「あかり? 何でついてくるのよ」
「……お姉ちゃん、カレシさんの名前何ていうの?」
「? 『湊』だけど」
急なあかりの行動を不審に思いながらも、あかりからの質問に答える。すると、部屋に入っていく湊の後ろ姿を見詰めながら、キラキラした目であかりは言った。
「あかり……湊先輩が好き!!」