#15
その日の放課後。今日も使われていない教室で湊といた。
「……っ」
薄く重なる唇。音も立てないで離れた湊のそれは、ゆっくりと開かれた。
「……お前さぁ」
ビクリ、と小さく肩が震える。何を言われるのか、大体見当がつく。だからこそ、ドキリとしてしまったのだ。
(もしかして、夏祭り……?)
夏祭りのお誘いか、それとも、あいつと行くなとでも言うのだろうか。嫌な予感がして、逃げ出してしまいたくなった。が、ガッチリと湊に腕を掴まれていて、振り払うことができない。恐る恐る、湊を見上げた。
「な、何?」
「……キス、浅すぎ」
「……はっ?」
思わず聞き返してしまった。湊は、何も言わずにひかりの目を見詰める。ひかりは、おもむろに逸らした。
「……お前のキス、触れるだけじゃん。もっと深くしろよ」
「いっ、嫌だよ! っていうか、私キスの経験とか全然無いし、そんなの無茶ぶりだし……。そもそも、キスしてもらってることに――」
感謝しなさいよ。ひかりによって紡がれるはずだったその言葉は、湊によって遮られた。
「んっ……!?」
勢いよく近づく湊の顔。後頭部に添えられる、湊の男らしい手。さっきとは違い、深く重なる唇。刹那、時間が止まったように思えた。
深い深いキス。長い時間重なりあう唇。もう、それで終わりだと思っていた。離れようと身を引くと、後頭部に添えられていた湊の手に力が入り、押さえつけられてしまった。すると――
「――んっ!?」
湊の舌が、ひかりの口内に侵入してきた。逃げるひかりの舌を、湊は探るように動かした。くちゅくちゅといういやらしい音と共に、吐息が漏れる。息が苦しい。湊の胸の辺りを押すと、すんなりと離れた。
ひかりの息はあがっていた。湊の胸板に手を添えたまま、俯いた。
「ちょっ……ちょっと……何するのよ……。し、舌入れるなんて……」
肩で息をしながら、継ぎ接ぎの言葉を並べる。顔は熱を帯び、頭の中はグルグルしていて、今にも倒れそうだった。
一方の湊は、平然とした様子で言った。
「深いキスっていうのは、こういうことだ」
「で、でも、舌はっ……」
「お前、舌くらいで驚きすぎ。これくらい普通だろ」
普通なの!? と、ひかりは驚きを表情に出す。皆は、もう経験済みなのだろうか。やはり、ひかりはいつもどこか遅れていた。
(……でも、初めて湊からキスされた。いつもは私からだったから……)
なんだか新鮮な感覚に、心が少々ふわふわしていた。ポーッとしていると、鞄を持った湊が振り返った。
「……取り敢えず、深いキスがどんなのかわかったろ。帰るぞ」
せかせかと進む湊の後ろ姿を、駆け足で追いかけた。