#13
初めてキスをした日から、毎日のようにキスをせがまれた。それも、全部ひかりから。
湊との賭けに負け、『キスをする』という命令に従わなければならなくなってしまったひかりは、何故か『これからもしろ』という湊の追加の命令に頷いてしまった。頷いたからにはやらない訳にはいかない。放課後、学校の使われなくなった暗い教室で、毎日のように湊に薄く浅いキスをする。そんな日々が続いた。
そのうち、ひかりは湊とキスをすることが楽しく感じてきたのだった。
(……そんなの感じる訳ないよね。私、どうかしちゃってる)
でも、時々思い出してしまう。キスをする瞬間、湊の唇の感触。それらを思い出す度に、頬がぽわっと熱くなるのだ。そんな気分をまぎらわすかのように、スマートフォンをいじる。
とある日、ニコニコ笑顔で千歳が話しかけてきた。
「実はねー、この前ヒロ君と初キスしちゃったの!」
その言葉を聞いた瞬間、飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。そんなひかりを、千歳は怪訝そうに見る。何でもないよとはぐらかし、先を促した。
「付き合って三ヶ月経ってたのにやっとだから、ちょっと遅いかな~って思ったんだけどぉ~――」
千歳のノロケ話はまだまだ続いた。
突然初キスの話をするもんだから、自分達がしているのがバレてしまったのかと焦った。「まだ一回しかしてないんだぁ」と照れる千歳に、複雑な気持ちになった。
(私なんて、数えきれないほど……!)
なんだか急に、恥ずかしさが湧き上がってきた。そんなひかりに、千歳はふと問いかけた。
「ひかりはさぁ、湊君の仕草とかにキュンキュンしたりしないの?」
「キュンキュン?」
『キュンキュン』とは、どんな感情なのだろうか。聞き返すと、千歳は胸の辺りで拳を作り、脇を締めて『キュンキュン』の動作をした。ひかりは首をかしげる。千歳は脱力した。
「今時キュンキュンがわからないなんて……」
「悪かったわね!」
千歳は、呆れたようにため息をつく。ひかりだって、実際全くわからない訳ではない。
「た……例えばどんな?」
それでもやはりピンとこず、千歳に訊ねた。すると、千歳は腕組みをして考え出した。
「例えばぁ……言ってることとやってることが全く違う時とか!」
「?」
どういうことだろうか。そんな時があるのだろうか。首をかしげていると、補足してくれた。
「だからっ、嫌々言いながらも相手のことを思って何かをしてくれる時とかさ! もう、キュンキュンしない!?」
そう訊かれても、そんな経験は無いので答えられない。千歳はあるというのだろうか。
「ほら! 湊君がしているところ、想像してみて!」
渋々千歳に従い、それを想像してみる。
(……できない)
何故かできなかった。それは、たぶん湊のことをそんなに想っていないからだろう。
「じゃあ、西宮君で!」
「波瑠はそういうことするタイプじゃない……」
ひかりの言葉に、千歳は確かに、と頷いた。