義姉の問診と仮の紋章
エルアの悩みを失くしたリシェアオーガは、再び部屋に戻った。部屋にはリルナリーナとノユが佇み、何故か、カーシェイクとファース、キャナサまで来ていた。
ファースとキャナサは、邪魔にならない様、体の中に羽を仕舞っていた。彼等の姿を見つけたリシェアオーガは、小声で静かに話しかけた。
「兄上に、義姉上…それにナサまで…如何してここに?」
「リーナとリシェアの体調を看によ。この時間でないと、私が動けないの。
カーシェも心配してるし、ナサ姉様も気になるっていうから。」
この時間帯だと書庫は封印が施され、何人もカルミラの許可が無くては、入れなくなっていると聞いていた。
だから今の時間、ファースは書庫を離れて、カーシェイクと共にいる事が出来る。
それに加え、ファースは治癒の神であり、医学の守護神として、向こうの世界では崇められている為、リシェアオーガの体を心配した、カーシェイクとキャナサと一緒に、義理の妹の診察目的で、ここに来たのだ。
彼女は診断の為、リシェアオーガの右手を取り、目を閉じて、リシェアオーガの体の異変を、探る仕草をする。
数分程、時間が経ったであろうか、ファースが再び瞳を閉じ、安堵の溜息を吐いた。
「良かった…、リーナ共々、平常に戻ってるわ。
本当のもう、この子達は…心配させて…、めっよ。」
「今回のは不可抗力だが、心配をかけて、済まない。」
少し膨れっ面をして、リシェアオーガの鼻の頭を、右手の人差し指で突きながら怒るファースに、笑いながら謝罪した。
その怒る顔も、可愛らしいとあっては、微笑が零れてしまう。
何時もの子供扱いではあったが、彼等より、リシェアオーガの方が年若いのであっては、無理も無い。
「リシェア、済まないじゃあなくて、御免でしょう?」
訂正されたリシェアオーガは、御免と、改めて謝罪した。
彼等からは何時も、砕けた、子供らしい口調を求められる。
随分昔に、子供らしく振舞う事をしなくなったリシェアオーガにとって、それを求められた当初は、かなりの難問だった。
しかし、慣れた今は、そうでも無くなっている。
時折、訂正されるのは、ファースの言う処のご愛嬌らしい。だが、兄と両親に対しては、尊敬が先立ち、丁寧な言葉使いになっている。
それに関しては、リシェアオーガが、彼等の納得の行く様に説明をし、諦めて貰っているのが現状である。
「明日、母上が様子を見に、こちらへ来るそうだけど、何かするのかい?」
カーシェイクの問いに、リシェアオーガとリルナリーナは顔を見合わせ、来たかと言う表情をした。腐っても知の神だけあって、情報収拾の速さも、推測の的確さも、半端では無かった。隠し通せないと、判っている双子は、正直に話す。
当然の如く、参加を表明するカーシェイクに、ファースとリシェアオーガが釘を刺した。
「兄上、講義中にあの場を離れると、母上が怒りますよ。」
「カーシェ…私も、参加したいのを我慢しているのに…狡いわ。」
二人の抗議の甲斐あって、カーシェイクも珍しく諦めた。向こうに帰ってからなら、幾らでも出来ると、自ら説得(?)したらしい。
「…そうだ、明日も説教になるからって、カルミラに伝えて欲しいんだけど……
駄目かな?」
リシェアオーガ達の部屋から退出する間際に、カーシェイクが頼み事をした。
リシェアオーガ達は、カーシェイクが、明日の茶会に参加出来無い事への八つ当たりを、ここの神へする心算だと推測する。
強ち間違えでは無かったが、未だ終わらない説教を、明日も続ける予定だった。今は夜故に、中断しているだけで、まだまだ先は永かった。
静けさの戻った部屋では、リシェアオーガとリルナリーナが寄り添い、それを護るかのように、神龍達が窓とドアに控えていた。
その状態で朝を迎え、彼等は行動を始めた。
リルナリーナとフェリス、ティルザとノユは、リュースを迎える準備を、リシェアオーガとエルアは、ルシェルドの部屋に向かう。
そこには既に、アルフェルトが控えていた。彼の肩の飾りと外套の留め具に、目を向けたリシェアオーガは、それが前の紋章と気が付く。
「ルシェルド、アルの紋章が前の物のようだが、替えて良いか?」
リシェアオーガの提案に、ルシェルドは承諾をし、頷いた。
まだルシェルドの正式な紋章が、出来上がっていない状態だったので、取り敢えずの物をアルフェルトのと変える。
それは、ルシェルドに渡した物とは異なった、今は金色の光龍が蜷局を巻き、鎌首を上げている物で、リシェアオーガの物と同じだった。
「…手元にある物が、この留め具しか無いから、新しい物が決まるまで、これを付けさせて良いか?」
「オーガとお揃いか…、祝福を受けた者だから、別に問題はないな。
アルフェルト、新しい紋章が出来るまで、それで我慢してくれ。」
ルシェルドの言葉を受けて、素直に頷くアルフェルト。その飾りは、リシェアオーガの騎士を務めている、ティルザともお揃いであった。
「有難うございます、ルシェルド様、リシェアオーガ様。」
アルフェルトからの、感謝の言葉を受け取り、リシェアオーガとルシェルド、エルアが微笑む。その様子に、アルフェルトに付けられた金の龍が、黒紅の外套の上で、誇らしげに光った様に見えた。
「オーガ、こんなに早く、何の用だ?
今日は、母君が来るのでは、なかったのか?」
問われたリシェアオーガは、その目的を簡素に話す。
「母が来るまで、時間があるから、ルシェルドとアルに、昨日話していた、剣の指南をしようと思って…な。」
「私は構わぬが、母君を迎える準備をしなくて、良いのか?」
「私も構いませんが、オーガ様はこれから、他の方々と、御母君を迎える準備をされるのでは?」
二人から返された言葉に、リシェアオーガは答える。
「母を迎える準備は、リーナ達がやるから、そちらの心配は無い。カルミラも手伝ってくれるそうだし、大丈夫だと思う。」
それならばと、彼等は訓練場に向かった。
訓練場はカルミラから、何時でも使って良いと、許可は得ていたので、別に問題は無かった。