風の神龍の憤り
夜の帳が下り、辺りが静まり返る頃、リシェアオーガとその一行(?)達は、ルシェルドにお暇を告げ、宴会場を後にした。
既に、レイナルとディエンファムは、主の処に戻る為に退出していたが、リシェアオーガ達は、当事者達の関係者故に留まっていた。
微かな光に照らされる廊下を、彼等は部屋に帰って行った。
部屋の中には、リーナとノユが佇んでおり、彼等を優しく迎えてくれた。
「フェリス、エルア、ティルザ、御苦労さま。
とりあえず、明日の段取りを決めましょう。」
リルナリーナの言葉で、彼等はリュース神が来るという、明日の段取りを話し合う。
リュースが、朝のお茶の時間頃に来る予定なので、リシェアオーガはその時間まで、ルシェルドとアルフェルトに、剣の稽古を付ける事を告げる。
まあ、彼等が起きていればの話だが、その稽古に、エルアを連れて行く予定となり、ノユとティルザは、フェリスとリルナリーナと共に、リュースを迎える準備を手伝う事に決まる。リルナリーナは既に、カルミラにお茶の時間に出すお菓子と、場所の提供を頼んでいたが、その場での準備にも、人手が欲しかったのだ。
「他にもディエンとカルミラも、手伝ってくれる予定よ。
一緒にお茶をしましょうって、誘っているの。ナサも、一緒よ。
…只、お兄様の乱入の可能性も、考慮してるけど。」
時間が時間なので、カーシェイクの事も視野に入れていた。
あの兄ならば、遣りかねない事であったが…。
明日の段取りが決まった所で、リルナリーナとリシェアオーガは、フェリスとティルザに眠る様促した。如何せん、明日は予定が控えているので、なるべく体を休ませた方が良いと、判断したのだ。
神龍達と向こうの神々は、普段から、あまり眠りを必要としない。故にリシェアオーガは、ノユとリルナリーナを部屋に残し、エルアを連れて庭に出た。
月は丸みを徐々に帯び、その光を取り戻しつつある。エルアを伴い、この庭の最も気に入っている場所へ、リシェアオーガは移動する。
そこは、リシェアオーガ達の世界で咲いている、白い花と似たものが、咲き乱れている場所であった。白い菊の様な小さな花が、月の僅かな光を受けて輝いて見える様子は、向こうの世界の聖地に似ていた。
後ろで一つの三つ編みにされ、月の様に輝く髪を揺らして、その場所に辿り着いたリシェアオーガは振り向き、後ろに控えているエルアに話し掛ける。
「エルア、お前は何か、言いたい事があるのだろう。
この世界の神々がいない所で、私だけに聞かせたい事が…。」
主の言葉に、エルアは頷き、言葉を綴りだした。
「…此処の世界の風神が、リシェア様を巫女に選んだ事を知りました。
私…いえ、俺は、風の神龍で在る以上、其れが許せなかった。
我が世界の…風の神で在るエアファン様を、蔑にされている気がして…腹が立ったと同時に、リシェア様に申し訳無く思ったんだ。」
何時もの口調で語る、エルアの声に、リシェアオーガは耳を傾けていた。元に戻った夜空色の瞳を、薄らと閉じ、彼の言葉を受け取っている。
「それで、エルアは如何したい?ファンレムに、文句を言うか?」
「…いえ、其れはリシェア様が、代弁してくれた。まあ、蔑にしてくれた文句は言いたいが、其れよりも、あれと同じ風というだけで、自分に腹が立つ。」
「エルア、お前とファンレムは違う。勿論、エアとも。
この世界の風神は、何も知らない子供だ。気まぐれではあるが、好奇心豊かでは無い上に、知る事を恐れ、また、疎んじていた。
エアやエルア、他の風の精霊達とも、全く違う性質を持つ。向こうの風の者達は、好奇心が旺盛過ぎるだろう?
知る事を恐れず、寧ろ、喜んで知りたがる。そこからして、全く違う。」
リシェアオーガの言葉に聞き入り、確かに…と、エルアは返事をした。
「私は、似て非なる者と、捕えている。それは、私とルシェルドと同じだ。
私もあ奴も、同じ二つ名を持つ。
だが、エルア、お前は如何見る?私とルシェルドは、同じか?」
「いいや、リシェア様とルシェルド様は、全く違う。」
「そう違う。それは、エアとファンレムが違うのと、同じだ。
勿論、お前とあれも違う。故にお前が、自分自身に対して、腹を立てる必要も無い。……納得したか?エルア。」
リシェアオーガの自身の見解と説明で、エルアは怒りを顕にした表情を崩し、柔らかな微笑を添え返答した。
「はい、リシェア様。俺の要らぬ悩みで、御手を煩わせて…申し訳無い。」
「エルア…我が友の悩みを失くすのは、当たり前だ。
友が悩んでいる事なら、どんな些細な事でも、失くしてやりたい。
だから、謝る必要は無いぞ。」
当然だと言うリシェアオーガに、エルアは一礼をした。何時もの我が君らしいと、心の中で思いながら、それすら誇らしく感じていた。
ふと、辺りの花々に気が付いたエルアは、その花を手に取る。
見慣れた聖地に咲く、それらと似ているが、何処か違うと感じた。
あの花は日が陰ると、自ら仄かな光を放つ、だが今、手に触れている花は、光を放っていない。月の光を反射して、光っている様に見えるだけ。
この花とも同じなのだと、エルアは思った。
向こうの世界の神々と、こちらの世界の神々…この二つの世界のそれは、似ているようで違うもの。そう、エルアは確信した。
と同時に、リシェアオーガが何故、この場所を選んだのかも、納得した。
同じようで違う存在…それが判り易く、目に見える場所であった。
※補足:リシェアオーガの、ファンレムに対する扱いは、【あの馬鹿】か【あれ】になります。…理由は…お察し下さいね~。