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妹溺愛の兄神

 各々が自室に帰り、夕闇が辺りを染める頃、リシェアオーガの部屋に客人が訪れた。

「リシェアは、いるかい?」

低い男性の声だが、この部屋にいる者達には、聞き覚えのある声であった。

「カーシェ様、我が王に何用ですか?」

ここに来た理由を判っていながら、敢えて、ノユは声の主、カーシェイクに尋ねた。帰って来た言葉は、想像通りであった。

「リーナも、そこにいるんだろ。兄が、妹達に会いに来たんだ。いけないかい?」

笑いながら、答えるカーシェイクに、ノユは扉を開け、彼を招き入れた。

やはり、そうですかと言うノユに、そうだよと素直に返し、リシェアオーガの傍に歩み寄って来る。彼は飾の無い紺色の、向こうの世界の神官服の様な長衣を着ていた。

翡翠色の髪をざっくりと短く切ったような、肩に届くかどうかの長さで、知的な光を宿す瞳は紫水晶を思わせ、顔の造形はリシェアオーガ達と似ている。

ジェスク神の色違いと、言われるほど、カーシェイクの顔立ちは父親に似ていたが、性格は、どちらかと言うと母親似で、やや穏やかな物であった。

リシェアオーガをしっかりと抱きしめ、離すまいかと言わんばかりの態度で、言葉を()きだした。

「リシェア、今回だけは心配したよ。でも、無事で良かった。

君が美しいから、こんな輩が出てくるんだ。十分に気を付けなさい。

…神龍達もリシェアの事を、くれぐれも宜しく頼むよ。」

何時もならば、反論する褒め言葉であったが、今回ばかりはリシェアオーガも、そう出来ない。巫女として選ばれた理由が、【強くて、美しい】だったからだ。

「兄上、お言葉ですが、今回の場合は不可抗力です。私は…。」

「判っているよ。

君は、私達に何も言わないで、守護する世界を離れる事が無いからね。まあ、我が可愛い妹を攫う気持ちは、解らないでもないけど、今回だけは許せない。

だから、此処の神々には、思う存分、お仕置きをさせて貰うよ。我が愛しい妹達を危険に晒し、(あまつさ)え、その命を(おびや)かした輩には…ね。」

にっこりと、愛想の良く見える微笑みを浮かべた、知の神の心の中には、黒い物が渦巻いている様に、周り者達には感じられた。

相当怒っているらしい兄の姿を、久し振りに見る妹達(?)は、ここの神々に同情はしない。自業自得とばかりに、無言になる。

その場にいる向こうの世界の住人は、同じ気持ちになっていた。

自分達の世界の崩壊に繋がる事を、何も知らずに起こした神々を、許す気持ちにはなれなかったのだ。

彼等の気持ちを代弁し、ここの神々に伝えたのが、向こうの神々であり、今、罰とばかりにお仕置きを決行しているのが、眼の前にいる知の神である。

まあ、彼の場合、私怨がい~っぱい混じっての、お仕置き故、全然容赦無い事だけは、この際誰も目を(つぶ)ってはいたが…。



愛しい妹を抱き締めたままの、カーシェイクの耳に、無粋な音が聞こえた。

控えめながら、しっかりと聞こえる扉を叩く音に、ノアが反応し、扉に近付く。

「オーガ様、アルフェルトです。

あの…ルシェルド様が、頼みたい事があると、おっしゃって…。」

言葉が終る前にノアが扉を開き、アルフェルトとルシェルドを招き入れる。アルフェルトの纏っている外套の色は、既に黒紅(くろべに)へと、代わっていた。

部屋に入った彼等は、抱き合うリシェアオーガとカーシェイクを目の当たりにして、一瞬驚いたが、カーシェイクの顔を見て、納得した。

飾る色は違えど、その顔の作りは、ジェスク神を穏やかにした物と同じ…。

話に良く出るリシェアオーガの兄、カーシェイクだと判ったのだ。と同時に、リシェアオーガの言っていた、保護者の過保護な対応、そのままだと気が付いた。

「ルシェルド君と、アルフェルト君だね。君達と顔合わせは、初めてかな。

私はカーシェイク、御察しの通り、リシェアオーガの兄だよ。」

リシェアオーガを抱き締めたまま、自己紹介するカーシェイクに、ルシェルドとアルフェルトも挨拶を返す。

「初めて、御目に掛ります、カーシェイク殿。御噂は、良く聞いております。

私は、この世界のは…いえ、守護神に命じられた、ルシェルドと申します。これに控えているのは、私の騎士のアルフェルト・リカエラと申します。」

「初めまして、カーシェイク様。

私は、ルシェルド様に聖騎士とし仕えている、アルフェルト・リカエラと申します。」

二人の挨拶を受けて、カーシェイクは返事を返す。

「ああ、君だね。この世界で初の、我が妹の祝福を受けた騎士は。

妹が世話になったみたいだし、礼を言うよ。それと、ルシェルド君だったね。

うちの妹達は、御嫁に遣らないから、諦めてね。」

しれっと、痛恨の一撃の言葉を吐く御仁に、ルシェルドは苦笑した。

「それは承知しております。既に彼女達から、振られていますし、私も彼女達が、向こうの世界にいなければならない存在、いてこその彼女達と、思っていますから。

彼女達を向こうの世界から、無理矢理、引き離す事など、出来ませんし、する気もありません。」

ルシェルドの言葉を受けてカーシェイクは、当然の事の様に己の心内を吐き出した。

「判ってるよ。只、兄として、念を押したかっただけだよ。」

包み隠さず本音を言う兄へ、妹達(?)が口を開く。

「兄上、私は、婿や嫁を必要としません。」

「私もですよ。お兄様。その心配は、無用の産物だわ。」

二人からの反論を受け、カーシェイクは、少し寂しそうな顔をした。

「君達の気持ちは、判ってるんだけどね。お兄様はね、心配なのだよ。

君達は、誰より綺麗で可愛いから、悪い虫が付かないかってね。」

カーシェイクの台詞に、ルシェルドとアルフェルトは、目を見張った。エルシア以上の妹馬鹿を、目の当たりにしたのだ。

これ程まで妹を溺愛している兄に、演技では無いかと疑ってしまい、近くにいたノユに尋ねた位だった。しかし、苦笑いと共に、帰って来た返事は、

「…カーシェ様の溺愛振りは、何時もの事ですので、お気になさらずに。

でもまあ、仕方のない事なのですが、今回は特に(ひど)いです…ね。」

だった。今の状況をさらりと答える、大地の龍の言い分に納得しながらも、ルシェルドは更なる質問をする。

「あれで、何時もより酷いのか…。まあ、命に関わったのだから、仕方ないだろうが…何だか、オーガが可愛そうに見えるのは、錯覚だろうか?」

「可愛そうと言えば、言えますが、今回の事の次第で、我が王は既に、諦めておられますので…。」

そう言われた彼等は、リシェアオーガの態度を見た。過度の対応が予想出来ていた、カーシェイクの妹は、されるがままになっているようだ。

だが、何時までも離さない兄に、痺れを切らしたリシェアオーガが、口を開く。

「兄上、いい加減、離してくれませんか?」

「我が愛しの妹よ。そんな連れない事を、言わないでおくれ。

君達は、私の癒しなのだから。あんな馬鹿連中の相手をしている兄に、束の間の癒しを与えてくれったって、良いじゃあないか。」 

兄の甘い(?)言葉に、溜息を()きながら、リシェアオーガは、確認の為に問った。

「…兄上、今、説教中では無いのですか?」

「へ?ああ、彼等が食事中だから、休憩中だよ。

…っと時間みたいだね。残念ながら、もう退散するよ。」

そう言って、やっとリシェアオーガを離し、名残惜しそうに、カーシェイクは部屋から出て行った。



 カーシェイクが出て行った部屋では、残された者達が、リシェアオーガに(ねぎら)いの言葉を掛けていた。

「…オーガ、何と言って良いのか。…お疲れ…かな?」

「お疲れ様です、我が王。」

「全く、兄上は…此処へ来る度に、ああなのだからな。」

リシェアオーガの言葉に、ルシェルドとアルフェルトは驚く。神龍達は、納得したような顔で、頷いている。

「オーガ、まさかと思うが、カーシェイク殿は、こちらに来てから毎日部屋に尋ねて、ああなのか?」

(おおむ)ねそうだ。飽きないなとは思うが、こちらも心配をかけたので、仕方無い。」

「お兄様も心配性なの。

…オーガが小さい頃に一度、いなくなったから、余計に…ね。」

リルナリーナの言葉に、思い当たった彼等は、無言になった。神龍の王になる為には、必要な事だったが、その両親や家族にとっては、一番悲しい事。

それ故の溺愛だと、こちらの世界の住人は気が付いた。 

向こうの世界の者達には、周知の事だった為、誰一人、カーシェイクの行動を(いさ)めず、生暖かい目で見守るだけであった。神龍達でさえ、何時もの事と片付けるそれは、カーシェイクの仁徳とも言えなくはなかった。

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