帰還の当日
そして、リシェアオーガが、向こうの世界に帰る日。
この日、こちらの神々の講義と説教はお休みで、カーシェイクとファースの夫婦、キャナサとエアファンが、リシェアオーガ達の部屋に詰めていた。双神の支度は、全て終わっている様で、神龍達と炎の騎士が、主の部屋の前で控えていた。
そこへ、ルシェルドとカルミラがやって来た。
恐らく、別れの言葉を告げに来たと思われる両者へ、正式な騎士服と装飾品を身に着けている彼等が、応対する。
「ルシェルド様、カルミラ様、リシェア様とリーナ様なら、もう、準備はお済です。
お逢いになられますか?」
ノユの言葉に彼等は頷き、部屋に招かれる。
そこには神として、正式な服装をしている、向こうの神々の姿があった。
カーシェイクは、何時もの装飾の無い緑の長衣では無く、裾に金色と紫の線と開いた本の装飾をされているものと一緒に、本を模った額飾りを始め、多種多様な場所に同じ装飾品を、ファースは、何時もの装飾付きの服装に、緑の葉と白い花をあしらった装飾品を身に着けていた。
キャナサも同じく、何時もと形が一緒で、象牙色の線が二本と、白い羽の装飾が加わっている物を身に着け、装飾品は全て白い羽を模っている。
エアファンも同じく、何時もの服に虹色の装飾品が加わり、腰にある象牙色の剣が、普段より存在感を強くしている。
そして…リシェアオーガとリルナリーナは、立ち上がっている家族に囲まれ、同じ型の真っ白なドレスに身を包んで、窓際に座っている。リルナリーナの裾模様は、金色と紫の線と薔薇と百合、リシェアオーガの方は、同じ色の二本の線と金色の龍で、共に髪の毛が解き放たれており、金色の輝きを増していた。
装飾は一部を除いて異なり、其々が薔薇と百合、黄金龍であったが、唯一片方に着けられている髪飾りだけは、同じだった。
真っ白な神の華に、金と銀の葉をあしらった大きな物を、リシェアオーガは左に、リルナリーナは右に着けている。光と大地の神子である事を示している、その髪飾りは、左右別に付ける事で、彼女等が双神である事をも示していた。
二人の姿に、ルシェルドも、カルミラも声をなくす。
想像した以上に美しく、神々しい双神の姿に、言葉を失ったのだ。只、見惚れるだけしか出来ない彼等の耳に、如何にも楽しそうな声が聞こえる。
「やっばり、カルゥもルドも、我が妹達の艶姿には、声も出ないんだね。
こちらの神々まで、その美しさで魅了するなんて、流石は我が妹達だね。」
「うん、そうだね、カーシェ。
リシェとリーナは、ほんと、綺麗だもんね~♪見惚れない奴なんて、居ないよね♪
いたとしたら、よっぽど趣味が悪いか、邪推な奴だけだよね~♪」
二人の褒め言葉で、我に返ったこちらの神々は、微笑を浮かべる。
そして、先に口を開いたのが、向こうの神々の予想通り、リシェアオーガの姿が、何時もと違う事に気が付いたカルミラであった。
「お約束の、女性姿ですね。
然も、ドレス姿ですなんて…今まで以上、想像以上に御美しい。このままお帰りになるのが、勿体無い位ですよ。
…リシェア殿、リーナ殿、またこのようなお姿を、拝見させて頂けませんか?」
次なる約束を取る辺り、ちゃっかりとしている地神に双神は、微笑を添えて頷く。
彼の言葉に兄神と従兄弟神は、嬉しそうにしていて、恐らく、彼女等の装いを手伝ったであろう、義姉妹神は、誇らしげに佇んでいる。
彼等の姿をも、視野に入らないルシェルドは、ゆっくりと双神の許へ赴く。
「オーガ、リーナ…暫く会えないのは残念だが、向こうでまた会おう。」
一次的な別れの言葉を告げる、ルシェルドに、二人は頷き、
「その時は、覚悟をしておいた方が良いわ。
この度の事で、向こうの世界の者達が、何かしら行動を起こすと思うから。」
「オーガの…リシェアの言う通りよ。
私達の事で、憤りを感じている人達が沢山いるから、覚悟しておいてね♪」
珍しいリシェアオーガの女性言葉と、リルナリーナの忠告にルシェルドは頷いた。
元はと言えば自分の安定の為、それで向こうの世界に、迷惑と心配を掛けた自覚はある。彼の覚悟を確認した双神は、立ち上がり、兄神へと手を伸ばす。
髪飾りを周りに誇示するように、リシェアオーガは兄の右側に、リルナリーナは兄の左側に其々並び、兄の手に、己が手を乗せる。
「カルゥ、ルド、悪いけど、時間だから、私達は迎えが来る場所へ行くよ。
他の神々も、そこに行っている筈だし、一緒に行こう。」
カーシェイクから提案された彼等は、共にその場に赴く事に決め、優雅に歩みを進める向こうの神々と一緒に、廊下へ出て行く。そこには今までいなかった神殿の者達が、廊下の両脇に並び、双神の見送りをしている。
彼等の中には、聖騎士達の姿もあり、普段と違う、リシェアオーガの女性姿に驚いていた。その視線も無視して、彼等は待ち合わせている場所、向こうの世界の、神の華が咲いている場所へと向かった。
その場所には既に、こちらの神々が、神妙な顔で佇んでいた。
道を思しき場所を開け、両脇に並んでいる彼等の出着地点には、向こうの神々が待っている。光の神と大地の神を筆頭に、他の七神の代表がそこに居た。
前の様に怒気は含んでいないが、圧倒的な強さの気配に、こちらの神々は居心地が悪そうだった。そんな彼等が開けている道を、光と大地の兄弟が進む。
その後に風の神、治癒と命の神が続き、最後にこちらへ来た騎士達と、こちらにいた向こうの世界の神官と、騎士達が連なる。
彼等の服装が正式な物の為、そこからも神聖な気が満ちて行く。これを感じたこちらの神々は、連なる騎士達が、神々に仕える者達だと再認識していた。
双神が向こうの神々のいる所へ到着すると、彼女達を伴っていたカーシェイクが、妹達の手を離し、胸に両手を当て一礼する。
「我が妹、リシェアオーガとリルナリーナを連れて参りました。」
何時もの、砕けた口調でないカーシェイクの態度に、こちらの神々は驚くが、目の前にいるのが、普通の神々で無い事を確信する。
向こうの世界で、【初めの七神】と呼ばれる神々。
大いなる神・エルムエストム・ルシムと、呼ばれる神の次に尊い者と、教えられた神々がそこに居る。カーシェイクの対応は、その神々に対するものであり、両親に対するものでもあった。
「初めの七神・オルエストム・ルシムの代表の御方々、
我、ハールシェリアクルム・リュージェ・ルシム・カーシェイクは、ここに我が妹である、
エレルニアラムエシル・リュージェ・ルシム・リルナリーナ及び、
ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガを連れて参りました。」
厳粛な雰囲気の中で告げられる、彼等の正式名に、向こうの世界の神々は頷き、光の神が口を開く。
「我が息子、ハールシェリアクルム・リュージェ・ルシム・カーシェイクよ、
我が娘達の引率、御苦労であった。…リーナ、リシェア、こちらへ来なさい。」
呼ばれた双子は、父親である光の神の許へ歩み寄り、淑女の礼を向ける。
「我、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガは、これを持って、無事に我が世界へ、帰還致します。
この度は、御迷惑と御心配をお掛けして、誠に申し訳ございません。」
丁寧に言葉を紡いだ後、リシェアオーガは顔を上げ、
「只今帰りましたわ、父様、母様。それに…伯父様と伯母様…。」
と笑顔を添えて、ここに居る七神の代表へ、普段の挨拶をする。リシェアオーガの挨拶が済んだ後、リルナリーナが口を開く。
「我、エレルニアラムエシル・リュージェ・ルシム・リルナリーナは、我が半神の安定の任を此処に、無事終えました事を、ご報告します。」
先程のリシェアオーガと同じ様に、敬語で伝える彼女は、これまた同じく、口調を戻し、
「だだいま、お父様、お母様、ラール伯父様に、リダ伯母様。
私達はもう大丈夫よ。それと、エアも一緒になったけど、良いの?」
と告げる。彼女の言葉を受けて、頷く二人の前に、呼ばれたエアファンが前へ出る。
「我、エアフィラム・リラール・ルシム・エアファンは、行く方知れずになっていた己の精霊騎士を、見つけ出した事をここに報告します。
……母様、父様、リムが、無事に見つかったよ♪後で色々報告があるから、ジェス叔父様とリュー叔母様も、一緒に聞いてね♪」
珍しく真面目な口調だったが、限界が来たらしく、後半は元の口調に戻っていた。嬉しそうに告げるエアファンに、空の神が近付いて目線を合わせ、その頭を撫でる。
「そうか、良かったな。で、エレムの剣を創るのを、忘れんなよ。」
さり気無く、釘を刺す父親に、当たり前だよと答える息子。その仄々とした遣り取りの中、光の神は我が子達を抱き上げていた。
髪飾りが潰れない様にと、リルナリーナが父親の右に、リシェアオーガが左にと其々分かれ、抱きかかえられている。
その傍では母親である大地の神が、無事に帰って来た我が子を見て、優しい笑みを浮かべていた。
家族の姿を目にした、こちらの神々は、何とも言えない顔となった。
こちらの神々には、神子がいない。いるのは兄弟神のみ。
初めて見る神々の家族の光景に、何かしら感じた神もいた様だ。只、カルミラだけは、この光景を微笑ましく、嬉しく思い、極上の笑みを湛えていた。




