新しい従者達
こちら、カルミラの神殿・カルエルム神殿では、ルシェルド達の帰還の知らせで、朝から大忙しで、準備に追われていた。
そんな喧騒の中、リルナリーナとカーシェイク、ファースとキャナサ、そしてフェリスは、神殿の庭にあるやや広めの東屋に佇んでいた。
そこからは、リュース神の植えた神の華が良く見え、格好の目印となっている。彼等は、静かに何かを待っていたが、急に東屋の入り口で、明るい声が聞こえた。
「やっほ~、カーシェ、ファー、リーナ、フェリ、久し振り♪
あ…ナサも来てたんだ。」
何時も通りの声に、呼ばれた五人はそちらへ向き、微笑み掛ける。お帰りの声と、ルシェルド達から返される挨拶と共に、キャナサの労いの声も聞こえる。
「エア、お疲れ様、やっと、リムを見つけたみたいだね。
…え?リム…若しかして…。」
エアリムの傍にいる大地の精霊と、その息子らしき姿を見つけたキャナサは、彼等が家族だという事を悟って、驚いていた。
しかし、その驚きは直ぐに消え、嬉しそうな顔となる。
「リム、おめでとう。でも、これから如何するの?」
向こうの世界の、命の神から尋ねられ、曖昧な微笑を浮かべる、風の精霊騎士に替わって、風の神が告げる。
「その事だけど、一応僕の騎士のままで、ここに残る予定になってるんだ。
…ってディア?如何したの?」
エアリムの傍にいる大地の精霊は、ある一点を見つめたままになっていた。
そこには、向こうの大地の神の、神子達が佇んでいる。彼女の目線は、そちらへ向き、その頬は紅色していて、しっかりと一人の人物を捉えている。
「あの…その…私は、大地の精霊の、ディアナラナと申します。
あの…金髪の御美しい御方…御名前をお聞かせ願えませんか…?」
誰の事を指しているのか、判る言葉に、尋ねられた者は、微笑を添えて答える。
「私の名は、リルナリーナ、こちら風で名乗ると、リルナリーナ・ルシム・リュージェ・エレルニアラムエシルよ。
ここの大地の精霊さん、私に何か用かしら?」
理由を知っていながら、本人から聞こうとする当り、カーシェイクとの血の繋がりを、実感させる彼女だったが、大地の精霊は素直に答える。
「あの…私のような者が、烏滸がましいのですが…
…御傍にいさせて、頂けませんか?」
妻の言葉に何かを悟ったエアリムは、頭を抱え、向こうの世界の者達は微笑ましそうに、この遣り取りを見守っている。
大地の精霊は、自分の言った事の意味が判っていないのか、未だリルナリーナを見ていて、その返事を待っているようだった。
「大地の精霊の、ディアナラナでしたね。
私の傍にいる事は、この世界を離れる事になると、判っていますか?
そして…私に仕えるという事は、そちらの息子さんが自分より早く、死を迎える事も知っていますか?」
口調を変え、向こうの世界の、神々に仕える精霊の事情を教える彼女へ、大地の精霊は驚き、息子と夫を見る。
夫は頷き、私も同じだと告げ、息子は母の姿に、気にしないで良いと告げる。
家族の言葉に、再び彼女はリルナリーナに向き合う。
「この地を離れ、親しい者との別れは…覚悟します。ですが、息子と歩む時が違う事は、知りませんでした。
でも…私は、貴女の傍を望みます。」
きっぱりと告げられる言葉に、リルナリーナは微笑み、言霊を綴る。
『我、エレルニアラムエシル・リュージェ・ルシム・リルナリーナは、汝、ディアナラナを我に仕える者として、ここに認め、その証を汝に与えん。』
騎士を置かないリルナリーナは、仕える者に、自分の輝石の装飾品を贈る。
彼女から白い薔薇と、白い百合の首飾りを着けられたディアナラナは、喜びの微笑を浮かべ、目の前の主を見る。
この姿でリルナリーナは、まだ言っていない自分の正体を明かす。
「これで貴女は、私の精霊さんね。
愛と美の神である私の精霊さん、これからも宜しくね。」
「え…?若しかして……リルナリーナ様は……
向こうの世界の、神々の御一人なのですか!!」
驚きの声を上げるディアナラナに、リシェアオーガが言葉を掛ける。
「ディア…私とリーナを見れば、判るだろう?
私とリーナは、区別が付かない程、似ているという事は、双子の兄弟だという証。即ち私が神であれば、双子の片割れであるリーナも、神の役目を持つ。」
そう言って、リルナリーナの傍に寄るリシェアオーガの姿に、やっと二人が双神である事に気付く。リシェアオーガと会った時は、今のような気持ちになれなかったのが、リルナリーナに会った途端、彼女を支配した感情を、エアリムが代弁した。
「ディアの想いと行動は、精霊が真の主を見つけた事なんだよ。
そして…私も、エアファン様と言う、真の主を持っている。これで、ディアとは同じ時を歩めるんだけど、エレムとは、歩む時間が違っているんだよ。」
残念そうにいる風の騎士に、その息子の視線が向けられる。
父親の視線を受けたエレムディアは、己の想いと向かい合っていた。
護りたいと思っていた家族が、自分とは違う時を刻んでいる事には、気にならないが、自分が死ぬと、護れなくなる事実に不安が襲う。
こんな事を考えている彼が、何気無しに頭を上げると、母親の主人の横にいるリシェオーガが目に入る。彼の姿を捕えた体の方は、無意識に行動を起こそうとするが、己の友人を護りたいと言う想いで、押し留まる。
そんなエレムディアの様子に、気が付いたアリトアが、彼へ話し掛ける。
「エレム、サリーニアの街の友達の事なら、僕に任せてくれないかな?まだまだ未熟者だけど、一人前になったら僕は…ルシェルド様の聖騎士になる予定なんだよ。
守護神のルシェルド様と共に、この世界を君の分まで護るから、君は…向こうの世界で、家族を護れば良いよ。」
友人から掛けられた言葉に、反論しようとするが、もう一つの想いの方が、彼の心の中で強まってしまった。
リシェアオーガの傍を望む…母と同じで、向こうの世界の神を主と望む自分が、目の前の友人の言葉に、無意識で頷いていた。抗う心を抱えながらも、リシェアオーガの前に出るエレムディアに、周りの注目が集まる。
その注目の中で彼は、一度だけ目にした、向こうの世界の敬礼の仕方でリシェアオーガに跪き、言葉を口にする。
「リシェアオーガ様、如何か…私を……いえ、私が貴方様の騎士として、傍にいる事を御許し下さい。
神殿の騎士でいいのです、貴方の傍にいられれば、それで…。」
告げられたそれに、リシェアオーガは溜息を吐いて、
「エレム…悪いが、ここと違って、私達の神殿に騎士はいない。
それに私は、他の役目を兼任している為、ここの神々の様に常日頃、己の神殿に居ない。そして…私達はここの神の様に、自らが騎士を…仕える者を、選ばない。」
と、向こうの世界の事実を告げる。
この言葉に落胆したエレムディアであったが、その父親が口を挟んだ。
「エレム、君は自分の心に、正直になりなさいね。
そうすれば、何をすれば良いか、自ずと判るから。」
言われた助言で彼は、心と向き合う。
すると、無意識に告げるべき言葉が、口から出て来た。
『我、風と大地の精霊・エレムディアは、ここに不変の忠誠を、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ様へ誓います。その証に、この剣を捧げます。』
一回だけしか、聞いた事の無い、目の前の神の正式名称を告げ、声に出された言葉は、見事な言霊となり、リシェアオーガの耳に届く。
初めて言った言霊に、エレムディアは驚くが、件の神の行動が無い事に気付く。
誓いを受けた主が、騎士が掲げた剣を取る、その行動が感じられず、焦る彼の耳に、リシェアオーガの声が聞こえる。
『風と大地の精霊・エレムディアよ。我、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガは、そなたの剣と志、しかと受け止めた。
我が精霊騎士として、永遠に我が傍で仕えよ。』
返された承諾の言霊を不思議に思い、顔を上げるエレムディアは、己の剣に、件の神の利き腕が乗っている事を知った。
剣を取る出無く、利き腕を置かれて告げられた言葉。
疑問に思う自分と、納得する自分がいる。
絆が出来た事を感じ、喜んではいるが、腑に落ちない点で、困惑した表情になっていた。それに気付いたティルザとエアリムが、苦笑しながら説明をする。
「エレム、リシェア様の行動は、向こうの世界の、主の承諾を意味してるんだぜ。
こっちとは全然違うから、混乱してるんだろう?」
「…君には教える事が、沢山出来たみたいだね。
私だけでなく、他の人にも頼んだ方がいいかもしれないね……。」
紅の騎士が説明をし、風の騎士が、これから彼がする事を告げる。二人の言葉に、今まで黙っていた知の神が参加をする。
「私が暇なら、彼に教えられるのだけど、残念ながら今は、無理だね。
まあ、此処には今、リシェアの神官のフェリがいるし、同じく龍の騎士のティルも、神龍達いる事だし、リムの心配は要らないと思うよ。」
楽しそうに告げる兄神に、そうですねとエアリムが答える。
新しい龍の騎士の誕生に、近くに控えていた神龍達の声がした。
「エレムディアでしたね、私は神龍・翆龍のノユです。
新しいリシェア様の騎士として、宜しくお願いしますね。」
「同じく、碧龍のネリア。……ティルも正式に、我が君の騎士になった様だから、その名に恥じない行動をして欲しい。」
優しく響く女性の声と、冷たい響きの男性らしき声で、エレムディアはその姿を捉える。
彼等と同じく龍を纏っているが、其々の色が違う事に気付く。
エルアの白、ノユの緑、ネリアの青…個々に違う龍の色と、彼等から受ける気配で、属性を示す事を理解した。
こちらこそ、宜しくお願いしますの彼の声に、神龍達が頷いた後…リシェアオーガと同じ装飾を持つ、変わった服装の人間が近付いて来た。
「初めまして、我が神の精霊騎士様。私の名は、ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・フェリスと申します。
私が先程、カーシェイク様がおっしゃった、リシェア様の神官となります。ティルザ様や神龍様方共々、色々と教える立場になりますが、宜しく御願いします。」
神官から敬語で話され、驚く彼へ、同じ立場の父親から声が掛る。
「エレム、私達、神々に仕える精霊騎士は、神官殿から様の敬称付きで、敬語を使われて、応対されるのだよ。
こちらで言う、聖騎士と同じ立場には、なるのだけど……
騎士としての役目は、全く違うんだよ。」
父親の言葉に、砦にいた時に教えられた、向こうの世界の神に仕える、騎士達の有り方を思い出す。
神々と共に戦う騎士…それが、今の自分の立場であると、自覚する。
エレムディアがリシェアオーガの騎士となった時点で、エアファンが創る予定の、風の剣に関する交渉は不必要となり、エレムディアの風の剣が、悪用される心配も無くなった。
新たな策を練らなくて済んだ風の神は、心から安堵し、最良の選択をした新たな龍の騎士の為に、より良い剣を創る意欲を燃やした。
こうして、双神の新しい従者と騎士が生れる事となったが、こちらの神々との新たな交渉に、物凄く楽しそうな向こうの神々の姿が見られる。
特に…双神の兄である、知の神の意気揚々とした顔は、ここに居る者達の目にも、何かしら不安を覚える位であった。




