この世界の守護神
一方、隣の国の進軍は、己の陣地で、遠くに見える砦の前に、人影を見つける。
一人は砦を護る団長と呼ばれる男、報告の通り、異世界の者らしく、その彩はこの世界に無い物だった。
傍らにいるのは、見覚えのある黒尽くめの男。
あの女と恋仲になり、喰らったこちらの破壊神。
その傍にはあの神の聖騎士と…こちらも見覚えのある剣士。
紅の髪で仲間に取り込めなかった、腕の立つ剣士…だったが、その腰にある物に、隣の国の将は驚愕した。それは、向こうの世界の炎の剣。
炎の騎士とも、紅の騎士とも呼ばれる騎士が、あの剣士だったのだ。
…そして……その後ろ…彼等より高い位置で座しているのは、白い外套と黒い騎士服…その裾模様には金の龍…いや、黄金と菁銀の光龍が描かれている。
傍らには同じく、白い龍を纏う騎士…。
この白い龍が、傍にいるという事は…件の神本人が、そこに居る事。
己の最悪の予想が当り、震えが止まらない。
然も、あの白と黒の装いは、神々が戦に出向く装い。光の白と闇の黒…浄化の白と安らぎの黒を示す物…つまり、相手方の死を宣告している。
「まさか…本当に…あの神がいるとは…。」
彼の呟きを聞き付けた部下は、不思議そうな顔をしたが、見据える前方に、黒尽くの男を捉えたらしい。
「…ルシェルド神が…何故、ここに?
まさか…あの後ろにいる華奢な騎士が…今回の巫女?」
光輝く金髪の騎士を見つけたらしい部下は、厳しい目を向ける。
「自分の女を戦に連れてくるなど、ルシェルド神も堕ちた者ですね。皆の者、あの巫女を捕え、目に物見せれやれ!!」
部下の言葉に、待てと言おうとするが、時既に遅かった。
彼等の進軍は、巫女を目指し進んでいく。
彼等は知らない。
目指した者が見据える敵軍の中で、一番手練れで、容赦無い事を。
先程と舞台は変わって、こちらは隣国側の砦の門前。
この場所で、守護神達と騎士達が、敵の様子をうかがっていた。
睨み合いが続くと思われていたが、漸く、隣国の軍が動きを見せた。緊張が高まると思いきや、何かを悟ったリシェアオーガは、大いに笑い出した。
かの軍隊が、何処を目指し向かっているのか、直ぐに判ったのだ。
軍の矛先は自分。
この騎士達の中で一番、戦に向かないと思われる姿に、騙された進軍を見て、楽しそうに笑い出す。
「くくくく、ドル、あ奴等は、馬鹿揃いだな。唯一、将たる者は我を知っている故、止めようとしたようだが…聞こえなかったらしい。」
彼等より少し高みで、敵の様子を見ていたリシェアオーガの言葉に納得し、ドルムドアースは溜息を吐く。
「本当に、知らないという事は、御目出度い物ですね…で、如何されます?」
団長であるドルムドアースに尋ねられ、リシェアオーガは座っていた灰色の、石造りの階段から飛び降り、彼等の前へ出る。
「恐らく、我を捕えれば、ルドやドルを、制する事が出来ると思ったようだな。
知らぬとはいえ、我に牙を剥いた…その輩を我が許すとでも?」
破壊神を祀る輩を葬った時に、浮かんだ微笑が、リシェアオーガを彩る。左には既に、抜身の剣があり、それが主の意思を示すかの様に、紅み掛った金に光る。
「ドル、ティル、皚龍、一暴れしてくる。
ルシェルド、アル、我の代わりに此処を護ってくれ。」
そう言うと、敵の軍勢の中へ突っ込んて行こうとするが、ティルザが声を上げる。
「リシェア様、私達を置いて行くのですか?
駄目ですよ、こんな楽しい事を、御一人で味わうなんて…。私も久し振りに、一暴れしたいですよ。」
「そうですよ、我が王。私も此方の世界へ、鬱憤晴らしがしたいですよ。」
龍の騎士らしい二人の言葉に、リシェアオーガは微笑み、
「そうだな、ティルザ、皚龍、付いてくるが良い。
早く雑魚を懲らしめて、あ奴を罰する為にな。」
と、告げる。
傍からは、楽しそうに見える遣り取りであったが、会話の中身が…尋常では無かった。これを聞いた砦の者は、団長に耳打ちする。
「いいんですか?行かせて。…何か、物凄く、物騒な気がしますが…。」
部下の言葉に、ドルムドアースは笑いながら言う。
「良いんだ、あの馬鹿は、あの方の罰から逃れた輩だ。
それに、あの方は、敵に対して容赦ない。何時もの事だ、気にするな。」
「いや…団長、気にするなって言われても…
あれじゃあ、向こうさんが可愛そうな気が…。」
彼の部下の、同情の声を聞いたルシェルドが、自分の考えを告げる。
「己が欲の為だけに行動する者へ、情けが必用か?
あ奴は、あの街を欲の為だけに得ようとしている。そこに居る住民の事等、お構いなしに、重税を掛けるような奴だぞ。」
以前の経験を踏まえて、彼等に教えると、うあ~~最低~などの声が聞こえる。
その声を前に、彼はもう一つ、語る。
「お前達は、あの街を護る為にいるのだろう?だったら、敵に容赦はするな。
それこそ、相手の思う壷だ。」
リシェアオーガから、この事を一番最初に学んだルシェルドは、彼等に同じ事を語る。今、彼が護りたいのは、今は亡き一人の巫女の父親が、平和に暮らす街。
罪の償いでは無く、あの屋敷での出来事が、ドルムドアースの心意気が、彼にあの街を護りたいと思わせたのだ。
破壊神と呼ばれていた神の、変貌を目の当たりにした砦の者達は、巷に流れる、もう一つの噂の真実を知った。
破壊神で無く、守護神…目の前にいる自分達の世界の神は、そうとしか取れなかった。




