偽りの精霊剣
彼等の遣り取りを、ドルムドの部下達は、唖然としたまま、見守るしかなかった。知らない世界の話では、如何する事も出来なかったのだ。
そんな時、リシェアオーガの目が、エレムディアの姿を捕える。彼が推測した通り、エレムディアは、自分の力を発揮出来る場所にいた。
彼の手にしている剣に、リシェアオーガは驚く。見慣れた聖なる精霊の剣が、そこにあった。だが、それには、その色が示す属性の気が無い。
ふと、眼の前にある、ドルムドの剣に目を向けると、土色のそれには、大地の気があり、はっきりと精霊の剣である事を告げていた。
「ドルムド、あの者…エレムディアの剣は何だ?」
ティルザの件で、既に敬礼を崩し、立ち上がっていたドルムドは、言われた者に目を向けた。先程の剣を抱えたエレムディアが、困惑した顔をしている。
その様子を見たドルムドは、エレムディアへ、傍に来るように指示する。傍に来たエレムディアは、如何して良いか判らずに、団長であるドルムドの、次なる指示を待つ。
リシェアオーガは、厳しい眼差しで、彼の持つ剣を凝視し、
「これは、似せて作られた物か?」
と、尋ねる。何の事か、判らない持ち主は、ドルムドに懇願の目を向けていた。エレムディアの視線を受けながら、ドルムドは、その通りですと返す。
未だ、厳しい目を剣に向けるリシェアオーガは、エレムディアが自らの剣を、何故、その色と形にしたのか疑問に思った。ドルムドに憧れてなら、土色のそれとなる。しかし、眼の前の剣は、全く異なる色であった。
それは、風の精霊の色。エレムディアに流れる、血脈の色である。
「エレム、何故、この形と色にしたのか、教えてくれるか?」
リシェアオーガに問われ、エレムディアは悩んだ。正直に話せば、家族に何ら、危険が及ぶのでは無いかと、考えたのだ。
無言になった彼にリシェアオーガは、彼が言わない真実を、察した言葉を続ける。
「この剣の形は、向こうで、聖なる風の精霊の物だ。
これと全く同じ装飾の剣の持ち主は、此方に迷い込んだ、向こうの世界の風の精霊剣士という事になる。そなたの両親のどちらかが、その精霊とすれば、似せているだけのこの剣では、そなたの内なる力を受け切れぬやもしれぬ。
エレム、そなた、剣に違和感を感じていないか?
それと、本物の持ち主の体は、大丈夫か?」
心配そうに告げられた言葉に、エレムディアは目を見張った。真実、持ち主の父親は、十数年前から体を崩し、寝台から起きれなくなっていた。精霊が体調を崩すなど、聞いた事も無かったが、眼の前の神は、その原因を知っているようだった。
然も先程、エレムディアが感じていた違和感をも、ズバリと当てたのだ。
「…その通りです。リシェアオーガ様、何故、御分かりになるのですか?」
「向こうの世界の、風の精霊は、敬愛する神々と切り離されると力を失い、その体を維持する事が出来無い。
そなたの身内は、精霊の剣があった為、今まで持った様なものだ。
精霊の剣には、神が創った輝石と呼ばれる物が、使われているからな。今、向こうの世界と繋がっているとはいえ、親御殿は、まだ辛いのであろう?」
言われた返答に、エレムディアは俯いた。
団長がここに来ると言うので、見舞いがてらに、宿屋等の手配の仕事を請け負った。未だ良くならない父に、元気になって貰いたいからこそ、同じ形の剣を注文した。
だが、それでも、如何しようも無い事を嫌と言う程、思い知らされる。
剣を抱えながら、無言で肩を震わせているエレムディアに、リシェアオーガは手を伸ばし、その肩に触れた。
一瞬、何かを感じたが、今の状況に関係の無い事なので、気にはしなかった。
「エレム、後で、そなたの親御殿に、会わせて貰えないか?
私かエルア…特にエルアなら、何とか出来ると思う。」
告げられた言葉に、エレムディアは、驚き、顔を上げた。そこには頷くエルアと、悲しい微笑を宿したリシェアオーガの顔があった。
「本当ですか?」
「多分、大丈夫だ。俺達神龍は、精霊の長と同等の力を持っている。
同じ属性の精霊なら、力を分ける事も可能だ。」
「それでは、エルア様の方が…。」
「心配には及ばない。俺にはリシェア様が…我が王が居られる。
我等神龍は、我等の王の傍でなら、其の力を損なう事が無い。」
「エレム、エルア様に頼めば、間違い無いだろう。
エルア様、どうか、この者の父親の体を、治してやって下さい。」
一礼を添えてドルムドは、エルアに頼み込んだ。
承知したと、短く返事をするエルア。良かったなという、他の周りの者。
後は剣の事だったが、ライナスとエレムディアの承諾を受けて、リシェアオーガが作り直す事となった。それでも仮初の物にしか、ならなかった。
エレムディアの事が、一件落着となった後、リシェアオーガが本題に入った。
「ドルムド、そなたには、聞きたい事がある。」
「?何でしょうか?」
「向こうの世界に、帰る気は無いか?」
告げられた言葉で、ドルムドは、リシェアオーガがここに来た目的を察した。
巻き込まれ、この世界で生きるしか、方法が無かった者達の招集。その為に、この神は訪れたのだ。だが、ドルムドは、何も悩む事が無かったので、即答をする。
「リシェアオーガ様には、申し訳ありませんが、私に帰る気はございません。砦を護る役目もございますし、何より、慕ってくれる部下達を残して、帰れません。」
「判った。ナサには、その旨を伝えて置く。
そなたはこれから、この世界の時を刻み、彼等と共に生きるが良い。そして、一生を全うした暁には、どちらの世界で転生を望むか、告げよ。
さすれば、此方の神とナサとで、そなたの望みを叶えよう。」
淡々と綴られる言葉に、こちらの世界の人間達は、元巫女が神である事を、認めざる負えなかった。




