青き猛獣
彼等と離れ、自分の用事の為に、街の入り口へ来たエレムディアは、その瞳を遠くに向け、静かに佇んでいた。
誰かを待っているかの様な態度で、緑の瞳を街の外に向け、太陽の光が時を告げるまで無言になった。そうしてる内に、今まで東にあった太陽が、丁度、エルムディアの真上に来る頃となった。
「時間だ…。」
厳しい眼差しが遠くに、人影を捕えた。数人いるであろう、それは、エレムディアの望んだものだった。馬に跨った数人は、彼の傍に来ると、
「エレムディア、出迎え、御苦労。」
と、その中で一番体格の良い男性が、彼に言った。剣士らしい集団はそこで馬を降り、目線をエレムディアと同じにする。
声を掛けられた彼は、一礼をし、その男性に話し掛けた。
「団長、ご無事で、何よりです。」
「…ああ、まあ、心配する事は何も無い。
そう言えば、エレム、此処に元巫女様が、来ていると聞いた。お前は会ったのか?」
問われたエレムディアは、正直に話すか如何か、迷ったが、感の良い団長に、嘘を吐く事は出来無かった。
「はい…お会いしました。」
「そうか、あの方は、御元気だったか?」
「?ルシェルド様なら…「違う、元巫女様だ。」あ…はい、お元気です。
…団長?あの元巫女様と、お知り合いで?」
エレムディアは、不思議そうな顔で、団長の黒い瞳を見つめた。そこには、何かを懐かしむ光が宿り、何時もの厳しいそれが無かった。
団長の言葉で、一緒に来た部下達も驚き、彼を見つめる。既に彼は、ここに有る元巫女の気配を見つけ、自分の推測が正しかった事を確信していた。
それ故彼は、愉快そうに笑い、エレムディアの問いに、勿論だと答える。
「エレム、あの方の所に、案内出来るか?
あ…と、その前に、ライナスの所へ寄らんとな。時間に遅れると、あの親父にどやされるからな。」
未だに笑いながら、軽快に事を進める団長に、エレムディアは溜息を吐いた。
「それなら、大丈夫です。その方も、ライナス殿の所に、いらっしゃいますから。」
エレムディアの言葉を聞いて、団長は一層、朗らかな笑顔を携える。
あの方に会える、あの方は…私を見て、何と言われるだろうか。
団長と呼ばれている男性は、その期待と喜びに足取りは軽く、浮かれた状態になっていた。初めて見る彼の姿に、エレムディアはおろか、連れて来た部下達も、唖然として彼を見ていた。
そんな部下の様子に、気が付いた団長は、早くしないかと叱咤する。
慌てた部下達は、急いで団長と傍に行き、彼と共に目的地に向かった。
同じ頃、工房から屋敷に、ライナスが戻って来た。特別な客と商談をする際は、この屋敷を使うと、リシェアオーガはデムダから聞いていた。
「リシェアオーガ様、後で御呼びしますから、御部屋にいて下さい。」
ライナスに頼まれたオーガは、ティルザとエルアと共に部屋にいた。屋敷に近付く気配に、彼等は気が付き、ライナスの頼みに納得した。
数人の剣士の気配…その中にエレムディアの他、一名、見知った気がある。
「ライナスが頼む筈だ。エルア、懐かしい気配がする。…元気そうだ。」
嬉しそうに、微笑むリシェアオーガに、エルアも同じように微笑み、頷いた。ティルザも、彼等の言っている気配には認識があり、本当に元気そうだと、漏らしていた。
「ライナスの親っさん、久し振りだな。」
屋敷の、商談の部屋に入った団長の一声に、言われた本人は微笑んだ。相変わらずの豪快ぶりと、一応、手入れをされているらしい、深い青の短髪と口髭。ライナスより、一回り大きく、騎士と言うより、野獣と言う表現が似合っている体付き。
数名の部下と共に、この町出身のエレムディアを連れた青い大熊は、用意されている客間の長椅子も、窮屈そうであった。
だが、何時もとは違う、そわそわした態度に、ライナスは気付いた。理由は察する事が出来たが、今は商談の最中、集中して貰う為に、ライナスは団長に声を掛けた。
「…ドルムド殿、御気持ちは判りますが、今は商談が先です。
何事も、これが終ってからにして貰えますか?」
「………ああ、判った……何時もながら、喰えん野郎だな…。」
「御褒め頂き、光栄です。
で、言われた御品ですが、どの方が御使いになるのですか?」
そう言ってライナスは、数本の剣をドルムドと呼んだ団長の前に出した。剣には、見事な細工が施してあり、どれも素晴らしい出来であった。
ドルムドの方も、その代金をライナスに渡し、部下達に声を掛けた。
「お前等、自分の物を受け取れ。」
ドルムドの声に、後ろに控えていた部下達が、自分の剣を取った。残ったのは、ドルムドと同じ装飾の、色違いの物だった。
彼の剣は土色で、燻した2本の銀の細紐が、交差しながら全体を包み、その先端は、同じ燻銀の金具で包まれている。
その金具と土色の地には、花弁の多い花が一輪、浮き彫りされ、柄には全く装飾が無く、本体と交わる部分に、紫の…水晶の様な石が填まり、全体は滑り止めの役目の、燻銀の細糸を組み合わした、一本の縄が包帯の様に巻いてあった。
残された剣は、白地で石の色が虹色、燻銀が燻金で、花が渦という点が違うだけだった。だが、これが誰の物か、彼は即座に判った。
「エレムディア…何で、この装飾にしたんだ?」
残された物に、手を伸ばしたエレムディアへ、ドルムドが問った。その声に、エルムディアの手は止まり、団長であるドルムドの方に目を向けた。
「…?この装飾にしては、いけなかったのですか?」
「私も、注文通りにしたのですが…エレムディア殿は、この世界の生まれ故に、この装飾の意味を知らないのでしょう。」
ライナスに言われ、エレムディアは、この装飾が向こうの世界で、意味を為す事を悟った。だが、この装飾には、彼自身の想い入れがある。
「エレム…この装飾はな、向こうでは、精霊剣士が持つ物だ。
然も、手練れがな。」
「まあ、ドルムド殿の場合は、精霊の師匠から譲られたのでしたね。
人間が持たれるのは、珍しいのですよ。」
「え…団長のも、同じ装飾なのですか?知りませんでした。」
団長の剣の装飾が自分の注文と同じで、然も向こうで、特別な意味を持つとは、彼も思わなかった。自分の知っている剣は、幼い頃から見知っていた物。
それと同じ物を、注文したに過ぎなかった。その剣を手に取り、エレムディアは無言になった。作り変えた物も、自分には馴染まなかったのだ。
そんな折、デムダが部屋に入って来た。
「旦那様。元巫女様が、待ち切れないと、言われまして…。」
「丁度良い頃だ。呼んで…」
「済まない、ライナス。商談が終った頃だと思って、来た。」
今朝と違って、何時もの神龍王の装いで、件の元巫女が、騎士を二人連れて扉の前にいる。仕方ありませんねと、微笑と溜息を交え呟き、彼等を部屋に招き入れた。
入って来た元巫女とその従者達に、部下達は目を見張り、ドルムドは直ぐに、長椅子から立ち上がる。
目の前にいるのは、間違う事の無い、あの方だったのだ。
彼は元巫女に近付き、その御前で自らの剣を床に置き、跪く。
そして、右膝を立て左膝を付き、右手を伸ばし爪先を地面へ、左手の握り拳を胸に置いて、深々と頭を下げる。
向こうの世界の人間の剣士と騎士が、神に対しての敬礼をする団長に、部下は困惑した。それもその筈、見た事も無い敬礼の仕方に、自分達は如何して良いか、判らなくなったのだ。
ドルムドの敬礼に、元巫女・リシェアオーガが口を開いた。
「ドルムドアース・ファムダ・バルデリアル。
元ザンザレア帝国将軍、青き猛獣で相違ないな。」
「はい、相違ありません。御久し振りです、我が敬愛せし神・
ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ様。
…その二つ名も、覚えて御出ででしたか、懐かしい…。貴方様も、相変わらず御美しく、御変わり無くて、何よりです。」
呼ばれて顔を上げ、リシェアオーガの姿を黒い目で直視した。
自分の敬愛する、懐かしい神の姿…時に厳しく、時に慈悲に溢れるその瞳は、静寂の青をしており、揺れている髪と服飾の龍は、昼間を象徴する金色の光を放っていた。女性の様に華奢な体で、武器を振るう事に掛けては、無類無い力を持つ神。
ふと、その神の傍に、見覚えのある騎士を見つけた。
紅い髪の剣士…その途端、ドルムドの態度が一変した。
「お・お前は…ティルザ!!!
何で、お前のような奴が、リシェアオーガ様の御傍にいるんだ!!」
怒りに任せた声に、リシェアオーガは笑い出し、呼ばれた本人は、跋悪そうに頭を掻いていた。
「…えっと、ドルの旦那でしたね。あの時は、どうも。」
「どうもって…俺の質問に、答える気はあるのか?」
「掻い摘んで説明させて頂くと、成り行きで、リシェアオーガ様の従者になり、今は正式に、リシェアオーガ様の騎士として仕えています。」
「リシェアオーガ様の騎士だと………
ん?お前、何時もと口調が違うが、腹でも痛いのか?」
ドルムドに心配されたティルザは、何処も痛くないと答え、今の口調が元の物だと伝えた。訝しげに見るドルムドだったが、彼等の様子を見て、リシェアオーガが笑いながら口を挟んだ。
「ティルザは、マレーリア王国の姫、リリアリーナ・フォールライア・シエアノ・グラン・マレーリアの元騎士、ティルザ・アムンディア・コーネルトだ。
つい最近まで、姫を護れなかった事が原因で、自暴自棄になっていたが、今は、私の騎士であり、ルシフの騎士だ。」
何だか、色々省かれた説明に、エルアとライナスは苦笑した。ティルザも内心苦笑していたが、嘘は言っていないので、黙認して頷く。
リシェアオーガの言い分に、ドルムドは納得し難かったが、リシェアオーガが承知しているのなら、と反対はしなかった。




