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弟子の悩み

 剣の稽古を始めて、どの位経ったであろうか、薄暗かった辺りが明るくなり、小鳥の声が響いていた。その事に気付いたエレムディアは、ティルザとの手合わせを止め、アリトアに近付いた。

「トア、おれ、用事があるから、帰るな。…一人で帰れるよ…な?」

心配そうに言う彼に、アリトアは頷き、彼を送り出した。彼がこの場を発って、少しすると、屋敷の方から彼等を呼ぶ声がした。

デムダがリシェアオーガ達を呼びに、此方に向かっていた。

「皆様、此処にいらっしゃったのですか?

おや、貴方は確か…イリアム様のご長男の…。」

「アリトアです。

今日から、オーガ様の弟子となりました。宜しく、お願いします。」

元気の良い返事に、デムダは微笑み、こちらこそと返していた。デムダが食事の時間を、告げに来た事を知り、リシェアオーガはアリトアに目を向けた。

「アリトア、仕事の時間は、大丈夫か?」

家族の為、仕事をしていると思ったリシェアオーガは、彼に問ったが、帰って来た答えは、悲惨な物だった。

「…昨日の件で、首になりました。

あの怪我でしたし…自分が悪いんで、仕方ないです。」

気を落とし、俯き加減に言うアリトアに、リシェアオーガは、如何にかして遣りたいと思った。自分の弟子になった者の、辛い表情を見たく無かったのだ。

デムダが中々戻って来ないのを心配してか、ライナスが此処にやって来た。アリトアの姿を見つけ、一瞬、怪訝そうな顔をしたが、彼の表情でおや、と思った。


「リシェアオーガ様、アリトアがまた何か、仕出かしましたか?

…にしては、表情が暗いですが…。」

「昨日の件で、職を失ったらしい。

ああ、そうだ、ライナス、今日から、トアは私の弟子だ。宜しく、頼む。」

リシェアオーガの言葉で、ライナスは納得し、アリトアの頭に手を伸ばしていた。叩かれると、アリトアは思ったが、その手は彼を優しく撫で始めた。

「良かったな、トア。

リシェアオーガ様に許しを貰え、剣の指南をして貰えるなんて…な。これで、神の許に逝ったお前の父親も、安心出来るってもんだ。」

優しい目のライナスの言葉に、アリトアの目に涙が浮かんでいた。

泣くまいとしている彼だったが、不意に頬に触れられた、リシェアオーガの手の温もりで、(こぼ)れ落ち出す。年相応に見える姿で、周りの者達が近寄り、ライナスと同じように頭を撫で始める。

感極まったアリトアは、優しく自分を撫でていたルシェルドに抱き付き、泣き崩れた。抱き留めたルシェルドは、そのまま抱き締め、彼の感情を受け止めている。

その横でリシェアオーガは、ライナスに尋ねた。

「ライナス、此処で、トアを雇ってくれる所は無いか?」

「…恐らく、昨日の事があるので、難しいと思います。…この子は、細工師の才がありませんから、職を失ったとなると、再就職は困難でしょう。」

告げられた言葉で、リシェアオーガは考え込んだが、何かを思い付いたように、再びライナスに尋ねた。

「ライナス、そなたの所で、少しの間だけ、雇えないか?

出来れば、力仕事が良い。」

「それなら、可能ですが…訓練を兼ねての、仕事ですか?」

「そうなる。トアの力は、かなり弱いからな。

徐々に、筋肉を付けないと、剣士として不利になる。」


彼等の会話を聞いたルシェルドが、腕の中の、小さな存在に話し掛ける。

「アリトア…だったな、今の話、聞こえたか?」

ルシェルドの優しい声に、アリトアは顔を上げ、キョトンとした。無意識とは言え、破壊神と呼ばれる神にしがみ付き、泣いてしまった事にやっと気付き、驚いた。

「あ…え…僕…な…」

言葉にならない声が聞こえ、ルシェルドが苦笑した。破壊神と認識している者なら、当たり前の反応だと思ったが、次の瞬間、アリトアの顔が真っ赤になった。

優しげなルシェルドの瞳と、表情に見惚れてしまったのだ。

「あ…あの、有難うございます。」

自分でも、訳の判らない言葉を言っていると、思いながらも、アリトアは眼の前の神に、感謝の言葉を言告げる。その言葉で今度は、ルシェルドが一瞬驚き、微笑みながら、礼には及ばないと返す。

彼等の様子に気が付いたリシェアオーガが、アリトアの方を見て、先程のライナスとの会話を伝え、まだルシェルドの腕の中にいる彼を、自分の方に引き寄せる。

「ルシェルド、トアが可愛いのは判るが、それ位にしておけ。

余り構い過ぎると、トアが迷惑するぞ。」

実体験を踏まえての、リシェアオーガの意見に、周りに笑いが起こった。訳の判らないアリトアは、エルアから小声で、理由を教えられていた。

「オーガ師匠にも、御兄弟がいるの…ですか?」

エルアの話を、聞き終わったアリトアが、リシェアオーガに尋ねる。頑張って、丁寧に話そうとしている姿は、健気であった。

その問いにリシェアオーガは、微笑みながら答える。

「ああ、兄と双子の兄弟、二人の妹がいる。神の役目を持っているのは、兄と双子の兄弟、年の近い妹で、末の妹は、まだ普通の神の子だ。」

愛情に満ちた優しい眼差しに、アリトアは納得した。と同時に、自分が兄弟を思う様に、師匠も自らの兄弟を重んじていると知った。

それはアリトアにとって、誇らしい事であった。

師匠も自分と同じに、兄弟を愛おしく、大事に思っている。そんな彼に、師事して貰えるのは、正直嬉しかった。

ぼそりと、会ってみたい、と呟いたアリトアにリシェアオーガは、今なら、カルエルム神殿に行けば、兄と双子の兄弟には会えると、伝えた。

何時かは、其処に行ってみたい、そう、彼は思った。

その望みは、早々に叶えられる事となる。

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