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早朝の訓練

新章、突入です。

 ここは、とある騎士団の砦。

ゴツゴツした四角い岩を積み上げただけの、無骨な濃い灰色の壁で、囲まれた部屋の中、熟年のガッチリした体格の男が、部下達からある噂を聞いていた。

「団長、お聞きしました?」

「何だ?」

「ルシェルド神と、今回の巫女ですが……

共に金の龍の装飾を、その身に纏ってるそうです。」

「何でも巫女が、ルシェルド神に、金の龍の装飾を贈った、との事です。」

団長と呼ばれた男は、眉を顰めた。

この世界での金の龍は、剣の手練れが持つ物、ルシェルド神の巫女は、向こうの世界の者故、それは知らない筈。だが、向こうの世界でも、金の龍…特に長龍は、特別な意味を持つ。

それは知っている筈だ。

「で、今、巫女は、何処に居る。」

「カルミラ様の神殿・カルエルム神殿にいると言う、報告がありました。」

淡々と告げる部下に、団長はふむ、と考えた。

ルシェルド神だけで無く、自らも金の龍を纏っている巫女…自分の感が確かなら、あの方であろう。あの方は、自らの性別が無いとも言える方だ。

然も、その身に、祝福の金環と同じ形の、繋がりの金環を着けている。間違えられて、巫女とされる可能性もある。

仮に、巫女があの方だとすると…此処の神々は、大それた事態を仕出かした事になるな……そう考えると同時に、是非、会ってみたいと、彼は思った。

そんな彼の前に、一人の部下が慌てて、この部屋に入って来た。

「大変です、団長!ルシェルド神とその騎士、それに巫女と、恐らく巫女の仕える騎士が、本日、サリーニアの街へ入ったと、報告がありました。」

早馬で届いたらしい、報告を(もたら)した部下は、蒼褪めた表情で団長を見ていた。

それもその筈、団長がこれから向かう街へ、巫女が訪れていたのだ。報告を聞いて、団長は何事も無かったかのように、立ち上がり、出立を告げる。

「予定通り、出発する。既にあれも、向こうに着いて、手筈を整えているだろうし、かの神がいても、何ら問題は無い。」

「ですが…。」

()()()の存在も、心配するな。

俺の推測する御方なら、この身に何の危害も及ばない。」

「「「団長?!」」」

大丈夫だと言葉を掛け、残る者に爽やかに微笑んで、彼は愛馬に乗り、数名の部下を連れて出立した。

あの方が、ここに居る…巫女様は恐らく、いや、絶対に、あの方に違いない。

そんな期待を胸に、団長は砦を後にした。




 サリーニアの街に、リシェアオーガが訪れた翌日の早朝、約束通り、アリトアは剣を習いに来た。

嫌がるエレムディアを引き連れて、ライナスの館の門前に来た。これから、此処を突破するの事が、難問かと思われた時、突然、中から声がした。

「良く来たな、トア…エレムも一緒か?」

吹き出しそうになっている声の持ち主に、アリトアは、その薄茶の瞳を見開いて驚いた。辺りは薄暗く、まだ誰も眠っている様な時間だったので、無理かな~と、思っていた矢先の出来事からだ。

昨夜とは違い、青い瞳で金色の髪を後ろで一つに纏め、服装も装飾の無い、簡素な薄緑の物であったが、その形は昨日の物と同じであった。

自分より少し背の高い、15歳の自分より年上に見える、少年の様な巫女…その存在が、目の前にあった。

「あ…お早うございます。リシェアオーガ師匠。」

「お早う、リシェアか、オーガで()いぞ。…本当に早いな。」

驚きながらも、元気に挨拶をするアリトアに、リシェアオーガも挨拶を交わした。昨日、広場で見た厳しい顔とは違い、優しげな微笑にアリトアは、自然と笑顔になった。

まだ、閉ざされている門を開け、リシェアオーガは彼等を招き入れ、ここの主人から、鍛錬で使う許可を貰った場所へと連れて行く。

そこには既に、ルシェルド神の他に数名、剣士と思われる人物がいた。真っ白い長髪の男性と、紅い髪の男性は、リシェアオーガと同じ形の服装をしている。

もう一人は、こちらの世界の騎士らしい服装の、薄茶の髪の男性だった。

白い髪の男性以外は、あの時いた騎士達と判ったが、その男性だけは、アリトアと面識がなかった。

「皆さん、お早うございます。と、白い髪の人、初めまして、アリトアです。

トアと、呼んで下さい。ええっと、今日から、オーガ師匠のお世話になります。

宜しくお願いします。」

出来るだけ、丁寧に挨拶をするアリトアに、こちらこそ宜しくの声と、自己紹介の声が全員から掛る。そして、エレムディアの存在に気が付いた、ティルザとアルフェルトが、彼の事をアリトアに尋ねる。

「後ろの、剣士の方は?」

「連れの剣士は、誰だい?」

二人分の問い掛けに、アリトアは素直に答える。

「僕の友人の、エレムディアです。

…一人で来るのに、ちょっと…気が重かったので、付いて来て貰いました。」

「アリトアの友人の、エレムディアです。

トアの言う通り、叩き起こされて、連れて来られました。」

あまり不愉快そうで無いエレムディアから、本音を言われ、アリトアは御免と、小さな声で謝罪をしている。リシェアオーガ達は、昨日やった事が事だけにアリトアにとって、ここに来る事は、かなり勇気のいる事だと判っていた。

それでも頑張って、来る勇気を(ふる)う為に、友達を巻き込んだ事は、何ら彼等への不快感を持たなかった。

寧ろ好感と、良い友達じゃあないかと、言う意見しか出て来なかった。

「エレムは、如何する?見ていくか?参加するか?」

リシェアオーガから掛けられた声に、様子を見てからでも、良いかと尋ねた。リシェアオーガの承諾を得た、エレムディアは、彼等の訓練を見学した。

ルシェルド神とアリトアは、基礎をリシェアオーガに教わっていた。その横で、エルアとアルフェルトが剣を交え、ティルザが基礎鍛錬を始めた。


エルアとアルフェルトの手合わせに、黙っていられなくなったエレムディアは、ティルザに声を掛けていた。

「あの…ティルザさんでしたね。おれとの手合わせを、お願いできますか?」

「良いけど?ちょっと待ってくれよ。

主~!エレムディア君と、手合わせして良いですか~?」

大きな声でティルザが叫ぶと、リシェアオーガは振り返り、良いぞと返事が返って来た。その様子にエレムディアは、目を見張り、尋ねた。

「え?ティルザさんって、巫女の騎士なんですか?」

「…元巫女。今は戦の神であり、向こうの世界の小国の王だ。あっと、神龍の王でもあるけど、俺が仕えるのは、前の2者だけだ。」

言われた言葉に、不思議そうな顔をするエレムディアに、ティルザは、リシェアオーガの事を簡単に説明した。

リシェアオーガが、3つの役目・戦の神、神龍の王、小国の王を兼任している事。

その内の二つ、戦の神、神龍の王は、役目の内容は同じ事。

小国の王というのは、神に護られた国という名の、極小さな国の王の事で、ここの最後の人間の王から、その役目を託され、後を継いだ事。

そして、リシェアオーガが着任以降、人間から小国の王の後継ぎが生まれず、そのまま続けている事。


教えられた言葉に、納得したエレムディアは、

「ティルザ様、そういう経緯(いきさつ)なんですか…。

み…いえ、リシェアオーガ様も大変ですね。」

と言った。既に、呼び方と言葉使いが変わっていたので、ちゃんと礼儀を知っていると、気が付いたティルザは、ニヤリと笑いその頭を撫でた。

そう、エレムディアは、見た目だけは、アリトアと余り変わらない年齢に見えた。背丈は、リシェアオーガより、少し高い位であった。

完全に子供扱いされていると、判ったエレムディアは、その相手であるティルザへ本当の年齢を暴露する。

「おれ、もう、30過ぎてるんですよ。半分精霊なので、こんな見た目ですが…。

多分、ティルザ様と同い年です。」

「残念。俺は、向こうの世界の人間だ。この世界に来た時から、年を取っていない。

もう…二千年も経つんだな…。」

「え…、嘘、二千年も…生きてるんですか?」

エレムディアの言葉に、一瞬遠い目をしたティルザだったが、彼の驚いた声に、何時もの笑顔になった。

「そう、君より上。多分、君のご両親よりも上…片方の親御さんが、精霊みたいだから…如何かな?」

上ですと、きっぱりと言うエレムディアに、そうかと、返すティルザ。

再び、エレムディアの頭を、ポンポンと、軽く叩くと、

「無駄話は、ここまで。こっちも始めますか。」

と言って、剣を構えた。それに応じて、エレムディアも剣を構え、彼等の手合わせが始まった。


アリトアとルシェルドに、基礎を教えていたリシェアオーガは、ティルザとエレムディアが、手合わせを始めたのに気が付いた。

あのティルザ相手に、結構打ち合えているエレムディアを見て、感心した。彼もまた、資質を秘めた者であったが、既に、それを生かす所にいると判る。騎士か若しくは、何処かの軍隊に所属している…そう、リシェアオーガの感は、伝えている。

冒険者の様に荒々しくない物腰、師事された者特有の、洗練された型を持ち、その瞳には志を持つ強い光が宿っていた。

惜しいなと、リシェアオーガは思ったが、それは仕方の無い事。彼は本人の意思で、今の立場を選んでいる者に、無理強いはしない主義であった。

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