風と大地の神龍達
一方、リシェアオーガ達は、カルミラの自慢の庭に佇む、人影を目指していた。
そこには、二人の人物がいた。
一人は、長い直毛で腰までの長さの、深緑色の髪を靡かせ、もう一人と向き合っていて、こちらからはその後ろ姿だけが見える。
残る1人も、長い髪ではあるらしいが、緩やかに波打つ白い髪を後ろで一つに結び、虹色の瞳を此方に向けている。男性らしい顔つきであったが、如何せん、瞳の色が人間離れしていて、違和感を見る者に与えている。
顔立ちは、一応、美形の部類には入りそうだが、瞳の違和感の方が先立ってしまう故に、本当に残念である。
二人とも、向こうの騎士の様な服装で、後ろ姿の深緑色の髪の人物は、若緑色の長袖の上着と外套、深緑の縁取りと同じ色のズボン、くすんだ若緑色で、膝までの折り返し付きの長靴には、深緑色の龍の飾りがあった。
上着の袖口と外套の裾にはやはり、深緑色の龍の模様があり、左腰には同じ文様の、やや細身で若緑色の剣がある。
白い髪の方は、象牙色の上着と外套と同じ色のズボン、砥粉色の薄い折り返し長靴に白い龍の飾り、袖口と外套の裾には判り難いが、白い龍の模様があるらしい。
右腰には白銀の、普通の太さの長剣があり、やはり白い龍の文様がある。
白い人物の方が背が高く、深緑の人の頭の上から、顔が見えていた。
「リシェア様、御無事で、何よりです。」
白い人物から、声が掛った。男性らしい、低く、良く通る声に、もう一人も振り向き、リシェアオーガに微笑むと、二人共その場に跪き一礼をする。
「ノユ、エルア、心配掛けて、済まなかった。あれの封印は、無事か?」
「はい、我が王。念の為に、ユコとコウが見張っています。
それから、本日の午後、キャナサ様が、例の件で来られます。それと、明日、リュース様も、お二方のご様子を見たいとおっしゃって…。」
「ああ、それでノユが来たのか。では、ノユに、母上の御供を頼んで良いか?」
「判りました。我が王の望みとあれば、従います。」
「頼んだぞ。」
言われた深緑色の髪の人物は、深々と頭を下げた。その人物は良く見ると、女性的な体付きで、顔も声も女性の様であった。
もう一方の人物は、リシェアオーガの指示を待っているらしく、その顔を見上げていた。
「エルアには、手伝って貰いたい事がある。
詳しくは、ナサが来てから説明する。」
「判りました。我が王。」
こちらも深々を頭を下げ、リシェアオーガに敬意を示していた。指示を受けた両名が、主の許しを得て、頭を上げると、見覚えのある顔が彼等の目に映った。
薄緑の髪で、金龍の神官服を身に付けている人物…。
その人物の無事な姿に、二人は喜んだ。
「フェリス神官殿も、御無事で何よりです。やはり貴方の様な神官殿が、リシェア様…我が君の傍に居ないと、いけませんよ。」
「そうですよ。我が君は、止める者がいないと、大変な事をやらかしますからね~。何しろ、大層やんちゃな方ですから。」
「エルア…ノユ…お前達は…。」
二人の言い草に、リシェアオーガは怒りの言葉を上げ、物凄く軽~い拳骨を彼等に見舞っていた。
その様子に、傍らではフェリスが忍び笑いをし、ルシェルドは苦笑していた。控えていた騎士・ティルザも肩を震わせ、笑いを堪えていた。
ルシェルドの姿に、気が付いた二人は、怪訝そうな顔で彼を見ていて、それに気付いたリシェアオーガは、彼等に言った。
「この者は、ルシェルド。この世界の守護神で、目下私の教え子だ。
父上から、聞いているだろう?」
頷いた二人は、改めてルシェルドを見た。
姿形は違えど、昔の誰かを思い出させるような神…。
「初めて、御目に掛ります。
リシェアオーガ様に仕える神龍の皚龍、エルアと申します。」
「初めまして、同じく翆龍の、ノユと申します。ルシェルド様でしたね。
何だが、昔の我が君を思い出します。良く似ておいでですよ。」
「初めて、御目に掛る。知っての通り、私の名はルシェルドと言う。
…ノユ殿…だったな。私とオーガが似ていると?」
リシェアオーガに、永年仕える者から、意外な言葉を再び聞いたルシェルドは、思わず問い掛ける。
「敬称はなしで結構です。
私達は、神の僕である神龍ですから。ノユとお呼び下さい。
ルシェルド様は、わが君に良く似ておいでですよ。…昔の、我等の王になる前の、リシェア様に…ですがね。
今は見ての通り、やんちゃな方ですよ。」
「……まだ言うか、ノユ。」
再び鉄拳が飛ぶ前に、ノユは体制を変え、それを交わした。
微笑ましい彼等の遣り取りに、ルシェルドも自然な笑いを漏らしていた。
彼等の笑い声が響くその場に、カルミラとリルナリーナが、大地の聖騎士のディエンファムを伴いやって来た。
「何だか、楽しそうな声が聞こえましたが、如何しましたか?」
微笑みながら、歩みを進めるカルミラが、おや?と言う顔をした。ディエンファムも不思議そうな顔で、リシェアオーガの前で跪く、彼等を見る。
「あら?ノユとエルア、二人共もう、ここに来たのね。
ナサとお母様のお使い、ご苦労様。」
「リーナ様も、お元気そうで、何よりです。もう…大丈夫なのですか?」
跪いたままの姿勢でリルナリーナと向き合い、彼女の心配をするノユに、大丈夫よと微笑みながら、彼女は答える。
「初めまして、御二方。リーナ殿とリシェア殿のお知り合いと、お見受けします。
私は、この世界の大地の神、カルミラと申します。
大地と風の気配がしますが、貴方々は、一体何者なのでしょうか?
宜しかったら、教えて下さいませんか?」
カルミラの質問を受けて、ノユが最初の声を上げる。
「初めまして、こちらの地神であらせられる、カルミラ様でしたね。
私達は、リシェアオーガ様に仕える、神龍という者です。
私の正式名称は翆龍、戦いのない時は、ノユと呼ばれています。そちらの精霊殿と同じ、大地の神龍でございます。」
立ち上がり、騎士の礼をするノユに、カルミラの視線は向けられた。
ノユの自己紹介が終ると、エルアが口を開いた。
「初めて…御目に掛ります、カルミラ様。
私の正式名称は皚龍、戦いの無い時は、エルアと呼ばれます。
風の龍に御座います。神龍と名を掲げていますが、我等は神の僕にて、敬称は無しで御願い致します。」
同じようにして答えるエルアに、カルミラも微笑んだ。
「そうですか、貴方々がリシェア殿の話に聞く、神龍という種族なのですか…。
龍と呼ばれる種族は、美しい者達なのですね。」
二人を見つめて、本音を言うカルミラに、ノユもエルアも微笑んだ。
「いえ、我等より我が王の方が、もっと、お美しいですよ。」
「確かに、リシェア殿もお美しいですが、貴方々もお美しいですよ。…それはそうと、お名前が正式名称と、戦いのない時の物とあるのですが…どうしてですか?」
さり気に問われた疑問に、二人の龍は破顔した。
「私達がリシェア様の許へ集った折に、正式名称だと堅苦しいとおしゃっいまして、その内とある事情で、リシェア様が神子として振る舞う際に、良い機会だからと、この名を付けられました。
それ以来、他の神々からも戦いのない時は、その名称で呼ばれます。最初に付けられた時は、驚きましたが、今となってはこの名も、大切な名前です。」
ノユがクスクスと、笑いながら返答し、エルアが横で大きく頷いていた。オーガ…と、脱力加減に呟くルシェルドに、リシェアオーガは答えた。
「ルシェルド、神龍全部の名前の最後に、龍の一文字が付くんだぞ。区別がし難くなるし、堅苦しいから、別々の名を付けたまでだ。
神々の下に散らばっていた時は、正式名称でも良かったかもしれんが、一人の下に集まったら、区別し難くて困った。だから、敢えて他の名を付けた。戦いの時なら兎も角、本性を隠している普段なら、その方が都合良かったし…な。」
「我が君は今、ルシフの王も兼任されていますから、神龍が傍仕えしていると判るのは、都合が悪いのですよ。
人間の王に神龍の臣下なんて、誰がその王か、判ってしまいますものね。それを避ける為の名前でしたが、私も、他の神龍達も気に入ってますよ。我が君。」
楽しそうに告げるノユに、リシェアオーガは頷き、微笑んだ。個々を区別したい、と言う彼の考えが、ここにも表れていた。それを嬉しく思う、神龍達だった。
この場にカルミラがいる事を、リシェアオーガは不思議に思った。
ルシェルドは、リシェアオーガの指導を受ける為、半月程、向こうの知の神である、カーシェイクの講義を免除されている。
後で、きっちり講義がある事には、変わりが無いのだが、今の時間だとカルミラは、この世界の神々と共に、彼の講義を受けている筈であった。
「カルミラ、兄上の講義は、終わったのか?」
リシェアオーガが尋ねた問いに、彼は微笑んで答えた。
「ええ、今日は一日中、お説教になるそうですので、カーシェイク殿から、来なくて良いよと、連絡がありました。
若しかしたら、明日も続くかもしれない、との事でしたから、今日の晩か、明日の朝に、また連絡を寄越すと言われました。」
「…兄上…。」
「お兄様ったら、喜々として、お説教をなさってる事でしょうね。オーガの件とお父様の承諾があるし、私達からの提案もあるから、きっと物凄く永くなるのね…。」
溜息を吐いて言う双子に、向こう世界の者達も、苦笑いになっていた。
カーシェイクの説教の恐ろしさは、彼等には良く判っているらしい。
遠い目をする者、御愁傷様と手を合わせる者、自業自得ですと切り捨てる者…様々な行動が見れたが、結論は一つであった。
知の神・カーシェイクの説教は、永く、つらつらと無駄な話を続けるので無く、心をぐっさりと貫く、辛辣な言葉の羅列である為、心身ともに辛い!という事だった。
※補足ですが、神龍達に性別はありません。外見だけは男女分かれますが、彼等は無性体です。