友である風達
次回から、新章突入です。
彼等の遣り取りを、横で見ていたエレムディアは、有難うございますと、リシェアオーガに感謝の言葉を告げた。お礼を言われる事を、遣った心算の無いリシェアオーガは、不思議そうに彼を見つめ、溜息と共に言葉を発した。
「私の気紛れだ。礼を言われる事では無い。トアが素質を持っていなかったら、怪我を治し、説教をするだけで、終わっていたであろう。
あの者の持って生まれた資質は、埋もれさすには惜しい。だから、ああ言った。」
「…あいつの資質を見極め、尚且つ、師事を申し出てくれた…おれでは、どうにも出来なかった事を、あんたがやってくれた。
幾らお礼言っても、足りない位だ。」
「良い友を持ったものだな、トアは。」
遠い目をしながら言うリシェアオーガに、エレムディアはつい、口を滑らせた。
「あんたには、そんな友達はいないのか?
…まあ、あの態度じゃあ、出来ないか。」
「…我が君、いや、リシェアオーガ様には、ちゃんと友は居る。」
何処からともなく、聞こえた男の声に、エレムディアは驚いた。リシェアオーガはというと、溜息を吐いて、何も無い空間に話し掛けていた。
「エルア…気付いていたのか。心配をかけて、済まない。」
呼ばれたらしい声は、その姿を現した。白い龍の文様を身に纏っている男性が、リシェアオーガ達の目の前に現れ、その厳しい目が、エレムディアを捕える。
虹色の瞳に、見つめられたエレムディアは、息を呑んだ。見た事のある、人に非ずの瞳…それが、自身を射貫いているかの様に感じた。
「エレムを威嚇するな。友の怪我の事で、私を訪ねて来たのだ。
それに、今のエレムでは、私に危害を加える事が出来無いだろう
…風の精霊殿。」
「………半分だけど……な。っていうか、何で、分かるんだよ。」
「リシェア様が神故と、俺が居るからだ。」
「へ?」
「俺は、風の神龍。御前と同じ属性を持つ。
リシェア様は大地の神と、光の神の神子で在ると同時に、各々属性を持つ俺達の王だから、精霊の気配には敏感だ。」
エルアに言われ、納得しかけたが、神龍という言葉に疑問を持った。それに気が付いたリシェアオーガが、エルアの言葉に補足した。
「神龍とは、向こうの世界の生き物で、精霊と同じ様に、それぞれ属性を持つ。風とか、大地とか…そんな感じでな。そして、人の姿と、龍の姿を持つ者。
そう、この文様の姿を持つ者だ。この姿は、我等神龍のもう一つの姿だ。」
補足をしながら、リシェアオーガは、自らの袖口の銀龍の文様を指した。こちらでは、剣の手練れが好んで使う、長龍の形が向こうでは、神龍の姿だと暴露したのだ。
理解の範囲を超えたのか、頭を抱えるエレムディアに、エルアは、こっちには居ないので、判り難いかと、呟いていた。
考えが纏まったのか、エレムディアは、リシェアオーガに向き合い、
「もしかして、金の龍って、あんたの姿なのか?」
と聞いてきた。ああ、そうだと、短く返事をするリシェアオーガを、エレムディアは、訝しそうに見ていたが、エルアが不意にその姿を変えた。
龍の人型…白く大きな尖った耳と、左右の頭頂にある、二本の枝分かれした角、瞳の色は、虹色に一層輝きを増し、髪は絶えず風に揺れている。
肌の色は、人のままであったが、額の真ん中と両手の甲に、三枚の鱗が白い輝きを放っていた。
「此れが神龍本来の人型だ。リシェア様には、此の姿が無い。龍の姿に為る場合も、力を著しく消費される。
我等神龍は神の僕故に、神として存在しているリシェア様には、此の姿は無い。無論龍の姿も、真の姿とは言い難い。
リシェア様に取って、今の姿こそが、真の姿なのだからな。判ったか?」
そう言うと、エルアは、元の人間らしい姿に戻った。彼の変化を目の前にして、エレムディアは、頷くしか無かった。
この世界の、どの種族にも属さない姿は、納得させるに十分だったようだ。
エレムディアと別れを告げ、リシェアオーガは、エルアと共に屋敷に帰った。
エルアとアルフィート、ティルザの機転で、屋敷には混乱がなかった。祝宴はまだ続いているらしく、陽気な声が聞こえている。
リシェアオーガとエルアの姿を見つけた、ティルザは、事の次第を尋ねた。簡素に伝えられた説明で納得したが、最後に付け加えられた言葉には頭を掻いた。
リシェアオーガに剣を向けた馬鹿が、剣の修業に来る。
その事で、ティルザはつい、意見をした。
「オーガ様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。本人に学ぶ意思があるし、釘も差しておいた。
それに、あれを埋もれさすには忍びない…な。」
「そんなに、才能がある奴ですか…。
それなら、あんな連中とつるんでるのは、勿体無いですね。」
納得したティルザに、リシェアオーガは頷いた。ティルザにもエルアにも、アリトアを教える事になるかもしれない旨を、伝えた。
2人は快く承知し、ライナスの館の部屋に戻って行った。
翌日、朝一でアリトアが来たのは、言うまでも無い。何故か、傍らにエレムディアもいて、リシェアオーガから苦笑が漏れる。アリトアに引っ張って来られた様子の、エレムディアは、嬉しそうな、迷惑そうな顔をしていた。
こうして、もう一人の異世界人の訪れる一日が、平穏に幕開けしたのだった。




