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守護神の新しき弟子

 その晩、ライナスの屋敷は宴会となった。息子同然のティルザが、リシェアオーガの騎士──こちらで言う聖騎士──となった祝いだった。

上機嫌で酒を(あお)る師匠の様子を、弟子達も嬉しそうに見ている。ティルザとアルフェルト、エルアも巻き込んでの酒盛りに、リシェアオーガも笑っている。

宴酣(えんたけなわ)になった頃、リシェアオーガは、酒で火照(ほて)った体を収める為に、庭に出ていた。まだ肌寒い風が吹くこの地であったが、リシェアオーガには丁度良かった。

何時もは、纏めている髪を解き放ち、風に弄ばせながら、ライナスの屋敷の庭を探索していた。


広がる銀糸に纏いつく、月の光…その幻想的な姿に、目を奪われた者がいた。

「綺麗だ…。」

聞こえた声で、リシェアオーガが振り返ると、庭と外を隔てる鉄格子の垣根に、一人の剣士がいた。月明かりで確認出来る髪の色は、光で銀に見えるが、肩までの長さの薄い金髪、顔立ちは、際立って美しいとは言えないが、一応美形の類に入る顔で、深い緑の瞳には、剣士特有の、鋭い眼差しが隠れていた。

年の頃は10代後半であろうか、その物腰は、粗野と無縁の物だった。

「何者だ?何故、此処にいる?」

リシェアオーガの問い掛けに、剣士は我に返り、話をし出す。

「ここに、おれの友達に、怪我を負わせた奴がいるって、聞いたんだ。

確か、金龍の装飾を付けた…服……えええええっ?!」

リシェアオーガから問われ、素直に答えを返す剣士は、その服装に視線が移動すると、驚きの余り、大きな声を出していた。外套を着けていない為、上着の袖口と裾、剣帯に、色違いの銀の龍の装飾が見えたのだ。ついでに言えば、彼の腰にある剣は、様々な龍の装飾があり、使い込んだ物だと判る代物であった。

剣士の言葉に、思い当たったリシェアオーガは、

「ああ、あ奴か。怪我の具合は、如何だ?」

と尋ねた。すると、剣士から帰って来たのは、疑問だらけの言葉だった。

「え?あんたがそうなのか?でも、銀龍…?」

「これは光の龍。昼間は金色で、夜は銀色になる。我の髪と同じだ。」

リシェアオーガの返答で、剣士は納得したのか、怒りを込めた声を上げた。

「あんたの所為で、あいつは一生、剣を持てなくなったんだ!あいつには、支えなきゃならない者がいるのに…な!」

「自業自得だ。神に剣を向けた者の、末路だ。」

厳しい視線で、切り捨てる様に言うリシェアオーガに、剣士は絶句した。無言で見つめる剣士に、リシェアオーガはふと、表情から険を抜く。

「と、言いたい所だが、そなたの様に、思い遣りのある友人を持つ者を、邪険にする気は無い。あ奴は何故、あんな連中と一緒だったんだ?」

返された質問に、剣士は、言い難そうに言葉を綴った。

「…それは…あいつにも、事情って物があって…。」

「本人に、確かめた方が良いか。我は、リシェアオーガだ。そなた、名は何と言う?」

「…エレムディア…。」

「では、エレム、案内を頼む。」

そう言うや否や、リシェアオーガは目の前にある、自分の背丈より高い鉄格子を飛び越え、エレムディアの傍に降り立つ。身軽なリシェアオーガの行動で、彼は驚いたが、素直な対応に不安を覚え、つい、口にしてしまった。


「あんた、これが罠だったら、如何するんだ?」

「返り討ちにする。

…だが、先程のそなたの態度では、罠を張っている様に見えない。違うか?」

自分の態度を見透かされていた、エレムディアは、違わないと返した。

敵討ちの勢いのまま、ここに来てしまった事に、頭を抱えていた。友人を傷付けられた怒りで、冷静な判断を失っていた自分に、気付かされてしまったのだ。

エレムディアの案内でリシェアオーガは、街の少し外れた所の、小さいな家に着く。灰色の石と木で出来た平屋の家は、かなり古く、今にも壊れそうな感じである。

貧窮していると見れる佇まいが、人目に付かない様にひっそりと、そこにあった。



如何にか、建て付けてある、壊れそうな扉をエレムディアは、叩いた。

小母(おば)さん、いるかい?」

彼の呼びかけに、年の頃は4・50代位の、痩せこけた女性が現れた。髪は乱れ加減で、薄い金髪には白い物が紛れていた。

瞳は、やや虚ろであったが、エレムディアの姿を見ると、優しい光が宿る。背は、リシェアオーガより低く、より華奢な印象があった。

「エレム…トアのお見舞いに、来てくれたのかい?

おや?後ろの方は…昼間の巫女様?でも、髪と瞳のお色が…。」

「元巫女であり、今は、向こうの世界の、戦の神だ。

髪と瞳の色は、向こうの世界の、特有の物だ。気にするな。」

リシェアオーガの言葉に、女性とエレムディアは驚き、彼女に至っては、その場に平伏していた。

「知らぬ事とは言え、我が子が、神に剣を向けるなどと、大それた事を仕出かしました。この罪は、育てた私にあります。

如何か、罰は私に…我が子には、これ以上、罰を与えないで下さい。」

必死になって、訴える女性に、リシェアオーガは近付き、その顔を上げさせた。

「我は、罰を下しに来た訳では無い。事情を知りに来た。

そなたが憂う事は、何も無い。」

柔らかな神気を纏いながら、リシェアオーガは女性に告げる。その慈悲の瞳に、彼女は無意識に涙を流した。

会わせてくれるかの、リシェアオーガの問いに彼女は嬉しそうに、はいと答えた。


薄暗い家の中を、小さな蝋燭の明かりだけで、案内されたリシェアオーガとエレムディアは、あの怪我人がいる部屋に着いた。

小さな部屋の片隅の寝台には、件の人物が横になっていた。昼間見た髪は、薄金であったが、明かりが乏しい為、灰色に見えている。

そう言えば、昼間投げ飛ばした時、10代後半だとしても軽かったなと、リシェアオーガは思った。この佇まいでは、生活が如何なっているか、ある程度察しは付く。

そんな風にリシェアオーガが考えを巡らせていると、人の気配に気が付いたのか、寝台から声がする。

「母さん、誰か来たの?」

「ああ、エレムと…昼間の元巫女様だよ。」

母親の返事に驚いた彼は、寝台から飛び起きようとしたが、素早く動いたリシェアオーガによって、止められる。

「今動くと、傷に(さわ)る。大人しくしていろ。」

細く、力強い腕と声に(はば)まれ、大人しくなった人物にリシェアオーガは、昼間の出来事を問い(ただ)し始めた。

「そなたに、聞きたい事があって、此処に来た。

まずは一つ目だが、何故、あんな連中と組んでいたのだ?支えるべき者がいるのに、剣士とは言え、あの様な粗野な輩といるのは、感心しないな。」

「…それは…少しでも、剣を学びたかったから…。オレの家は貧乏だから、師を持つ事は出来ない、だから…。」

「それで、連中といたのか…。

これで二つ目だが、剣の修業にはなったのか?」

リシェアオーガの二つ目の質問で、首を振る男に、リシェアオーガは溜息を()いた。無駄な事を続けるしかなかった彼に、リシェアオーガは告げる。

「もう一つ、これで最後だ。

何故、昼間は無謀にも、我に剣を向けたのか…。」

「無謀じゃあない、行けると思ったんだ。」

「相手の技量も、見極めずに…か?それを無謀と言う。だが、時として、それを行うしか無い事もある。」

「えっ?」

「自分の護りたい者の為だ。それ以外は、無駄でしか無い。

そなたの行動は、無駄な事。違うか?」


リシェアオーガの言葉に、男は絶句した。剣を使えない女性の言葉では有り得無い、熟練の剣士の言葉にしか、聞こえなかった。

目を白黒させながら、リシェアオーガを見ていた彼に告げる。

「そなたは、怪我の痛みで、ライナスの言葉が聞こえなかった様だな。

一応、名乗っておこう。我が名は、リシェアオーガ、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ。

向こうの世界の神聖語で、戦の神・リシェアオーガ、という意味だ。」

「…いくさ…の…神……。」

頷くリシェアオーガに、男の顔は蒼褪(あおざ)めて行った。自分が剣を向けた相手が神、然も、戦の神だと、今、初めて知ったのだ。

ガクガクと震え、体を抱き締める男に、リシェアオーガは手を伸ばし、頬に触れた。自分を見る様に顔を上げさせ、確認を取るように言葉を綴った。

「そなたは、自分の命を犠牲にしてまで、護りたい者があるのか?」

「あ…あります…。兄弟を…母を、友人達を、護りたい!」

強い意思で、発せられた返答に、リシェアオーガは微笑む。その微笑に、男は呆気にとられ、見つめてしまった。

男から手を放したリシェアオーガは、彼の名を問った。アリトアと、男の口から聞こえると、リシェアオーガは、納得した様に話し出す。

「アリトア…トアで良いか?、私は暫く、此処にいる予定だ。

そなたさえ良ければ、剣を教える。

まあ、ルシェルドと一緒になるが、それで良いなら…な。」

「えっ、えええっ!!ルシェルド神も、剣を教わっているのですか~~!!」

エレムディアの、横からの声で、リシェアオーガは頷き、

「守護神たる者が、武器を扱えなくて、如何する?力だけに頼っていたのでは、直ぐに無理が出てくる。故に力を使わないで、戦える手段が必要となる。

剣以外にも教える事は可能だが、最も手に入り易い武器が、剣であっただけだ。

…何か、異存があるか?」

と、理由と意見を述べた。その脇でアリトアが、ぼそりと、口を滑らした。


「…トアで…いいです…。

…あの…オレ、お金ないんですけど…。それに、この腕じゃあ……。」

「私の教えに、金銭は必要無い。

暇潰しの、道楽に近い物…趣味と言えば、言える代物だ。まあ、私の気紛れと、本人に素質がなければ、施さない物でもあるのだがな。

トア、そなたには素質がある。如何だ?遣ってみるか?」

「はい!」

怪我の事を忘れ、元気良く答えたアリトアに、リシェアオーガは微笑みながら頷き、彼の傷付いた左腕に己の手を当てる

薬で痛みを抑えているが、彼の怪我は、明らかに手遅れになっていた。早く治療しろと忠告したリシェアオーガは、溜息を吐き、やはりなと呟くと、巻かれている包帯と、接ぎ木を取り、直接怪我に触れる。

折れて、治療の施し様が無くなっているそれを、自らの手で治癒した。自分が負わせた怪我なら、何の制限も受けずに治せるのだ。

「これで、大丈夫だ。動かしてみろ。」

そう言われたアリトアは、恐る恐る左手を動かした。痛みも無く、普段通りに動く手を見て、顔に喜びの表情が浮かんできた。

有難うございますと、彼が言うと、リシェアオーガは、礼を言われる事では無いと返し、逆に釘を打った。

「また、昼間みたいな事をすれば、今度は容赦をしない。良いな。」

「はい!絶対しません。彼等とも、縁を切ります。」

きっぱりと、元気良く返された返事に、リシェアオーガは再び微笑み、

「トアが暇な時で良いから、ライナスの屋敷に来い。何時でも教えてやる。」

と言って、その家を後にした。 

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