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新たな龍の騎士

工房の直ぐ横の、煤けた白壁の蒼い屋根の屋敷は、やや広めの庭の中に佇んでいた。

カルミラの庭に咲いている、向こうの世界の神の華に似た、小さな白い花の蕾が、その庭の片隅を飾り、ライナスや弟子の作品であろう、色々な形の細工物が所狭しと置かれている。屋敷の裏には、剣の出来を試す為の場所が設けてあり、ちょっとした工房も完備されている。

この屋敷自体も、工房の延長であろう施設が、充実している様だ。

「ここが我が家です。少し狭いでしょうが、寛いで下さい。デムダはいるか!」

低い、大きな呼び声に、答える声がした。

「旦那様、お呼びですか?」

初老の、真っ白な髪で、明るい緑の瞳の男性が、彼等の前に駆けつけて来た。質素ではあるが、きちんとした白い中着と、黒のベストに同じ色のズボン。

(くるぶし)までの黒の長靴(ちょうか)は、使い込まれているが、手入れが行き届いていた。顔には白い口髭が蓄えられていて、威厳を醸し出していた。

デムダは、主の傍にいるリシェアオーガ達を確認し、ライナスに声を掛けた。

「旦那様、買い付けのお客様ですか?」

「いいや、わし自身の客人だ。

大事な御方だから、くれぐれも失礼のないように。」

「でしたら、客間をご用意致しましょうか?」

「頼んだぞ。」

ライナスの言葉に、畏まりました、と短い返事をし、リシェアオーガ達に向き直す。

「ようこそ、この屋敷にお出で下さりました。私は、ここの使用人筆頭頭を務める、デムダと申します。お客様方、どうぞ、此方へ。」

事務的な挨拶をし、デムダは、リシェアオーガ達を居間に案内した。白い壁紙に薄緑の絨毯、テーブル等の調度品は、適度な装飾で、落ち着いた様相を演出していた。

調度品の色はベージュに近い茶色で、装飾はくすんだ薄萌葱(うすもえぎ)で、その配色も落ち着きを放っている。

「後程、客間に案内させて頂きます。それまでは、此処でお寛ぎ下さい。

旦那様、お仕事は大丈夫で?」

「ああ、弟子共が任せろって、追い出しやがった。

デムダ、済まんが、お茶を出してくれんか?」

「畏まりました、旦那様。」

そう言って、デムダは居間から退出した。

居間にあるテーブルに、彼等を座らせ、ライナスは話を始めた。


「リシェアオーガ様、ティルザの主となったそうですが、それはティルザ自身が、望んだ事なのですか?」

尋ねられた言葉に、リシェアオーガは答えた。

「ティルザの前の主、リリアに…リリアリーナ・フォールライア・シエアノ・グラン・マレーリア姫に託された。

彼女の、最後の可愛らしい願いを、叶えて遣らない訳にはいかないからな。」

「何時、リリアリーナ妃殿下に、御会いされたのですか?」

「ルシェリカ・アレウドの輩を葬った日に。

巫女達の魂を奴等から解放し、私の庇護下に置いた。その後、彼女とティルザを会わせた時に、お願いをされた。」

優しい微笑を浮かべ、語るリシェアオーガに、ライナスは納得した。今度はティルザに向かい、問いだした。

「ティルザ、お前は納得したのか?」

「姫のお願いと説得で、仮の騎士として、今に至るんだけど…。

俺的には、このままいたい…かな。」

新しい主を求める筈だったティルザは、仮の従者として、また仮の騎士として、リシェアオーガの許で過ごしている内に、リシェアオーガを本当の主として掲げ、仕えたいと思う様になっていた。

しかし、戦の神と神龍の王の立場では既に、共に戦う騎士達がいるので必要無い。諦めに似た想いで、リシェアオーガの傍にいた。


ティルザの想いを知っていたのか、エルアがとんでもない提案をした。

「ティルザがいるなら、我が君がルシフ王の時に、護衛となって貰えるな。如何せん、俺達では、勘の良い奴にバレバレだが、人間のお前なら、その点大丈夫だろう。

他の精霊騎士達と共に、仕えてくれれば、我等も心配が減る。

…我が君、如何ですか?」

「ティルザが望むなら、構わない。ルシフの王が、神の祝福を受けた者を傍に置くという事なら、他の人間も納得するだろう。

私に護衛は必要無いが、無闇に力を見せない為には、その方が良いし、炎の騎士なら尚更、他の精霊騎士達も納得する。」

「…え…エルア…良いのか。

オーガ様、俺…いや、私が、そのまま仕えても、良いのですか?」

驚きながら、言葉を綴るティルザに、二人は肯定の意味を込めて頷いた。すると、ティルザは、椅子から立ち上がり、以前、仮の従者の時にした事を、再び繰り返した。

リシェアオーガの目の前に移動し、自らの左膝を付き、左手の握り拳を胸に当て、右手の先を地面に付け、頭を垂れる。


『我が不変の忠誠を、貴方へ。その証に、この剣を捧げます。』

そう言って、以前、愛用していた剣とは違う、自らの正式な剣・炎の剣を両手で捧げ、リシェアオーガの目の前に差し出した。ティルザの言葉に、リシェアオーガが立ち上がり、今度は頭で無く、剣に利き腕を置いた。

『ティルザ・アムンディア・コーネルト。

我、ルシム・シーラ・ファームリア・シュアエリエ・オルガにして、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガは、そなたの剣と志、しかと受け止めた。

騎士として、その生命が果てるまで、我が傍で仕えよ。』

向こうの世界の、騎士と主の誓いの儀を目の当たりにした、ルシェルドとアルフェルトは、こちら側との違いに驚いていた。

主は、剣を受け取るのでは無く、捧げられた剣に利き腕を置き、その剣を自らの剣と見做す。その行為は、誓いを立てる騎士が持つ剣を、主の剣として認める、という意味合いを持つ。この誓いで、認められた剣を持つ騎士は、主の剣として、その一生を主へ捧げる事になるのだ。

今度は保留で無く、受け止められた事に、ティルザは喜んだ。

あの時は勢いだったが、今は本心から、リシェアオーガに仕えたいと思っていた。

これで保留となれば居た堪れないが、事前に認められた事もあって、少し期待をしていた。まあ、これでも、断る事をする御仁であったが、ティルザの…本心からの誓いである事を判っていた故の、リシェアオーガの行動であった。

「「良かったな、ティルザ。」」

「おめでとう、ティルザ。」

「我が君のお守りは大変だが、お互い頑張ろうな。」

「……。エルア……お前…は…そう言うか…。」

同じ言葉を、同時に言った事でお互い、跋悪そうにするルシェルドとライナス、素直にお祝いを言うアルフェルト、応援か諌めか、判断し(がた)い言い方をするエルア、そして、エルアの言い分に、怒りを顕にするリシェアオーガ。

エルアの場合、リシェアオーガの怒りは、からかわれていると判っている物なので、真の怒りとは言い難いのだが…それでも迫力はある。

平然としているエルアは、年の功とも言えるのだろう。

リシェアオーガも、神龍達に対する怒りは、じゃれ合いの部分を占めているので、瞳の色が変わらない事が判っている。



そんな仄々とした遣り取りの中、ティルザはふと、自分の肩にある物に気が付いた。

「あ…とオーガ様、これ如何します?」

肩に付けている龍の飾りを示し、彼は尋ねた。

即答で返って来た答えが、そのままで良いとの事。

この世界でのリシェアオーガの立場は、ルシフの王では無く、戦の神であり、神龍の王である為だった。

故に、先程の誓いに彼は、ルシフ王の他、戦の神を名乗っている。ルシフ用の物は、後で渡すと付け加え、こちらでは、その飾りを使う事を言い渡す。

今のティルザは、リシェアオーガ神の騎士即ち、龍神の騎士または、龍の騎士とも呼ばれる立場だと、明確に示したのだ。

「リシェアオーガ様の騎士ですか…。こちらで言う所の、聖騎士ですね。

…本当に良かったな。ティルザ。」

まるで、親が子に言う様に、ライナスは、しみじみと呟いた。その様子に居た堪れなくなったのか、ティルザが口を開いた。

「親っさん…俺が年上って、忘れてない?」

「…ああ、一応そうだったな。だが、見た目では、わしの方が上じゃあ!

よってお前は、わしの息子扱いじゃ!」

開き直るライナスに、部屋の中にいる者達は、爆笑した。あの、ルシェルドさえ、笑っている事に、ライナスは驚いていた。



「随分、楽しそうですね、旦那様?」

お茶とお菓子を持って来たデムダは、部屋に響く笑い声に、そう尋ねた。

「デムダ、今日は祝いだ。

ティルザが、わしの息子が、神に仕える騎士となったんだ。」

「ティルザさんが、聖騎士にお成りで?まさか、ルシェルド様のですか?」

返された答えに、ライナスは全面否定をし、リシェアオーガを示した。

「違う、違う!!こちらの御方だ。

この御方は、向こうの世界の神々の御一人、戦の神・リシェアオーガ様だ。」

「…戦の神…ですか?」

「戦の神であり、守護神である。此方の世界の、大地の精霊殿。」

リシェアオーガの言葉で一瞬だが、デムダの動きが止まった。何の事やらと言う風に、態度で誤魔化そうとしたが、それは無駄に終わった。

「え…デムダって、精霊だったんだ?!道理で、昔と変わらないと思った。」

「ティルザ様、リシェアオーガ様、私には何の事やら、さっぱり。」

「如何隠しても、精霊の気配は判る。

特に、光と大地は、我が両親の精霊であるからな。

…大地の精霊殿。ライナスに仕えてくれて感謝する。一人置いて逝かれる事は、人間の身には辛いからな。」

リシェアオーガに言われた事で驚き、納得した様に言葉を綴った。

 

「感謝をするのは、私達の方です。

旦那様がここに来られ、大地の恵みから、素晴らしい物を作られました。

この結果、作物が育ち難いこの地で、人々が飢える事がなくなり、それが原因で人が死ぬ事もなくなりました。

それまで私達は、大地の精霊に関わらず、彼等を救う事が出来ませんでした。」

遠い昔を思い出し、悲しみに彩られた表情のデムダだったが、その視線が主を捉え、柔らかなものとなる。

「旦那様のお蔭で私達は、彼等を救えなかった後悔の念に、囚われる事もなくなり、彼等の無念の死に、悲しまなくて済む様になりました。」

誇らしげにライナスの事を告げるデムダから、ここに仕える精霊の想いを、彼等は知らされるた。彼等…主を持つ者は、彼が真の主として、細工師・ライナスディムを見出いしていると感じた。

そんな自分の主を誇りとする、大地の精霊の言葉を受け、ルシェルドが、己が知っている理由を述べる。

「カルミラが、此処には鉱山がある為、この土地を、緑の恵み豊かな大地に出来なかったと、言っていた。

鉱山に眠る資源にしても、加工して使う技術を知らなかった。

ライナスディムが、この地に訪れてくれなかったら、未だに人々が、飢えで命を落としていただろう。お前の娘の命を奪った私が言うのは、不適格かもしれないが、

…ライナスディム、私からも感謝する。」

告げられた言葉に、ライナスは無言で、ルシェルドを見据えたが、ふと溜息を吐き、

「あんたに感謝されるのは、嬉しくないが…何時までも拘ってると、娘に怒られる。まあ、その言葉は、素直に受けて取ってやる。」

無礼な口調ではあるが、一応、お礼を受け取るライナスに、ルシェルドが微笑み掛ける。それを見たライナスは、跋悪(ばつわる)そうに頭を掻き始めた。

「何だな…あんたのそんな顔、初めて見た。…調子狂うな…。」

「多分それは、ルシェルドがもう、巫女を必要としなくなったからだ。

私の力を分け与え、その使い道と、供給の仕方を教えているからだろう。」

リシェアオーガの言葉を聞き、喜びと驚きの交えて声が、ライナスから上がる。

「そ・それは、本当ですか?これ以上、犠牲者が出ないんですか?」

工房主の質問にリシェアオーガは頷き、策を練ったとも伝えた。彼自身が、巫女として失われない策…同じ力を持つ神故に、出来た事だった。

「私が、巫女として選ばれたのが、幸いだったかもしれん。まあ、二つの世界の危機を、招きそうになったが…な。」

事実を押し隠さずに話す戦の神へ、細工師は言葉を詰まらせたが、原因となった者達の行く末が気になり、尋ねる。

「…あ…まあ…そうですか…で、選らんだ奴等は、どうなりました?」

「兄上の説教を、講義付きで受けている。今頃も、説教の真っ最中だろう。」

リシェアオーガの返答を聞いて、ライナスも無言になり、引きつった笑いを張り付けていた。ちなみに、ルシェルドへの罰が、この世界を護る事とも聞いた。

光神いや、七神なら告げそうな罰であったので、ライナスも納得した。…リシェアオーガという、前例があったというのが、その理由であったが……。




 雑談の一時が終わり、弟子達が昼食を取りに、屋敷に帰って来た。

簡単な仕事の報告をした彼等は、何時以上に物凄く機嫌の良い親方に、何かあったのか問い(ただ)していた。親方のライナスは、良い事だとだけ彼等に告げ、今晩はお祝いだ~!と喜んでいた。

今夜の夕飯が、御馳走になる事は必須なので、弟子達も喜んでいた…。

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