北の工房の町にて
北の大地では、未だ山々は雪を頂き、人々に春の訪れを告げていない。
細工師のいる街でもまだ肌寒さを感じ、暖炉では薪が、勢い良く燃えていた。何時もの様に、件の巫女の噂も耳にしていたが、どれも眉唾物でしか無かった。
「…祝福の金環を抱いている者が、神だなんて…冒涜もいいところだ。」
「ああ、あの巫女の事だろう。嘘に決まってるさ。」
何時もの様に仕事中の、他愛無い会話であったが、弟子のしていた話が耳に入り、親方は思わず、持っていた道具を落とした。
「どうしたんです、親方。仕事中に道具を落とすなんて、らしくないですよ。」
「お前達…今の話は、本当か?」
「えっ、ああ、噂話ですよ。
どうせ、あの破壊神の評判を、上げる為のもんでしょ。」
「だと…良いんだが…な。」
そう言って、親方は遠い目をした。
腕に金環を抱く神…それはあの方々しかいない……今回の巫女は…まさか?!
いや、噂であって、真実では無い。そう、彼は、自らを納得させた。
だが、事実は、無常であった……。
最初の目的地の北の地・サリーニアの街は、細工師の腕が良いと、評判の所であった。様々な装飾品を売る店と、それを作る店。そして、それを買い求める客の為の、宿屋と飲食店も繁盛していた。灰色の石畳は、馬車を考慮しての物であったし、靴屋も歩きの人々の為にあった。
ここは山の麓の街で、その山から、細工品の材料となる資源が豊富に採れる事で、この街は発展したらしい。
エルアが持つ風の力で送って貰い、街外れに着いたリシェアオーガ達は、ある工房を目指し足を進める。彼等の服装は何時もと同じで、向こうの騎士の服装2名、こちらの騎士の服装2名の計4名。
エルアは姿を消し、空中で待機していた。流石に5人だと目立つのと、必要があれば、フェリスを連れてくる為だった。
目立たない筈の一行であったが、やはり如何しても、目立っていた。
4人共、金龍の装飾を付けているのもあったが、フードを深く被っている小柄の人物は、特に目立つ。ありとあらゆる所に金龍の装飾があり、顔を隠している分、余計に悪目立ちをしている。
遠目で非難する者、驚きを隠せない者、件の巫女だと噂する者。
色々な言葉が、彼等の耳に聞こえてくるが、一番小柄な人物・リシェアオーガは、全て無視していた。
「いや~、やっぱ寒い、まだここは寒い~ですね~、我が主。」
「ティルザは、ここに来た事があるのか?」
「はい、随分前ですが…。昔の雇い主に、ここで一番腕の良い工房主の所へ、御使いを頼まれました。それ以来ですよ。」
久し振りに来た街に、変わらないな~と呟くティルザ。敢えて、何年前かは追及しなかったが、その時と今の街並みは、少しも変わっていない様だ。
「では、ティルザ、道案内を頼む。」
リシェアオーガに言われ、判りました、主と返すティルザ。
彼は、ティルザとルシェルド、アルフェルトに、敢えて名前を呼ぶなと申し渡していた。
ここに居る者が、本当に向こうの世界の者か、確かめる為であった。
金龍に関わりのある、この北の地なら、何らかの事情で、リシェアオーガの事を知っている可能性が出て来る。面識のある者であれば、彼の名と顔を知っている筈、その為の処置であった。
工房の位置も変わらないらしく、ティルザは、一直線にそこへ向かっていたが、行く手を阻む輩が現れた。街の真ん中辺りの、未だ止まっている噴水を囲む広場で、彼等は足止めを喰らった。
周りを囲むのは、剣士の服装の者が数名と、その野次馬。
如何やら、彼等の装飾に、難癖を付けたようだ。
「…なんで、破壊神のお前が、それを付けてる。」
「私が、ルシェルドに贈った。それの何が悪い?」
フードの人物から聞こえる、少年のような声。
その年若き声と言葉、右腕の金環に、連中は驚いた。
「お・まっ、贈っただと。そこの小僧…いや、巫女か。余計な事を。」
「にしても何故、お前が、金龍を身に纏ってやがる。それは、剣の手練れが付けれる物であって、女子供が付けるもんじゃあない。」
何も知らず、リシェアオーガへ喧嘩を売ってきている輩に、ティルザは、片手で頭を抱える格好をした。
「お前達…喧嘩を売る相手は、良く見てから、選びましょうね。」
「何だと、お前は引っ込んでろ。」
「こっちも、そういう訳にはいかないんでね。
我が主に、喧嘩を売られている以上は…。」
そう言ってティルザは、彼等を見据えた。
先程とは打って変わった雰囲気に、彼等は怯む。だが、次の瞬間、ティルザ達の後ろにいた者が、リシェアオーガを狙って襲いかかって来た。
気付いたアルフェルトは、対処しようとしたが、リシェアオーガの方が早かった。
一瞬の一撃で、その輩は蹲り、呻き声を上げていた。蹲った輩を、腕輪のある右手だけで、持ち上げ、ティルザの前方へ放り投げた。
「…主…俺の立場、丸潰れじゃあないですか。」
「仕方なかろう、そなたより私の方が、早かったのだから。」
「ですがね~、主が他の人に、怪我をさせない様にするのが、俺の役目なんですから、自重して下さいよ。」
彼等の遣り取りに、前方の輩は怒りを露にしたが、眼の前で苦しんでいる仲間に、目を見張った。
偽りの無い痛みの訴えと、明らかに折れている左腕。
他の騎士が動いた形跡も、ルシェルド神が力を放った形跡も無い。小柄の巫女が、やったとは思えなかったが、明らかに動いたのは、彼女だけだった。
「そこの剣士、怪我した仲間を放って置くのか?
早くしないと、腕が使い物にならなくなるぞ。」
「お前…、何をしやがった。」
「特別な事は、何も。襲って来たから、手刀を入れたまでだ。」
「舐めた真似、しやがって…。」
そう言うが早いか、彼等を制止する声が掛った。
「お前達、何をやっている。」
制服らしき物を着ている数人が、こちらに向かって来た。
如何やら、この街の自警団の様だ。
「街中での喧嘩は、御法度だ。」
「喧嘩では無い。
言い掛かり付けられた上で、襲われたから、反撃したまでだ。」
フードの下から聞こえる、少年のような声に、自警団の者達は、視線をそちらへ向ける。そこには、噂で聞いた事のあるルシェルド神が、金龍の紋章を付け、その聖騎士らしき者にも、形は違うが、同じく金龍の留め具があった。
傍にいるフードの人物も、あらゆる処に金龍の装飾、傍の騎士も、聖騎士と同じ物を身に付けている。唯一龍で無いのは、フードの人物の、右腕の金色の腕輪と銀の指輪だけであった。
巫女の証しと言われる祝福の金環が、ここぞとばかりに輝き、その傍で、変わった形の銀蛇の指輪が、その存在を主張していた。
極薄い金髪の、自警団の隊長らしい人物が、ルシェルドに向かって尋ねる。
「初めてお目に掛ります。私はこの街の自警団団長、タルジア・レムトと申します。
ルシェルド神とお見受けしますが、ここに何用で来られたのですか?」
「タルジアだったな、察しの通り、私はルシェルドだ。
…用があるのは、私ではない。こちらの御仁だ。」
そう言って、ルシェルドは、リシェアオーガを示した。小柄な人物に視線を移したタルジアは、その金龍の装飾の多さと、右腕の金環に眉をしかめた。
「…巫女様ですか?」
「巫女では無い、元巫女だ。今は、向こうの役目に戻っている。
用があるのは、この私だ。この街の工房主に、会いに来た。」
「ここには、工房が沢山ありますが、一体どなたでしょうか?」
「ライナスディム・ラムゼムドと言う、工房主だ。」
言われた名前に、ピンと来ないのか、タルジアは考え込んむ。
そこへ、ティルザの補足が飛んだ。
「ライナスの親っさんですよ。ここ一番の腕前で、金の龍を作らせれば、右に出る者はいないって、言われる人です。」
ティルザの言葉に、リシェアオーガは驚き、彼の方を見た。リシェアオーガの視線に、気が付いたティルザは、
「あの人の金龍細工は、素晴らしいものですよ。
この細工に、匹敵する位には…ね。」
と言って、自らの右肩にある、金龍の留め具に触れた。それは、リシェアオーガが自らの手で作った、いわば、神の手による細工…神の御業とも言われる物。
精巧で、美しい黄金の光龍は、リシェアオーガのもう一つの姿、その物だった。
ティルザの補足を聞いた、タルジアは、部下に迎えに行くよう、命令を出した。
命令された部下は、急いでそこに向かった。




