出発の準備
お茶会の片付けが終わり、それぞれが部屋に帰った。
リシェアオーガは、ルシェルドと明日の事の段取りをする為に、自らの部屋に彼とアルフェルトを連れて来た。部屋に着いた彼は、エルアにキャナサを連れてくるよう、指示し、ルシェルド達と共に部屋の絨毯の上へ座り込む。
リルナリーナとフェリスは、ここでの待機が決まっていたが、他の場所へ出向くキャナサに、騎士を付けるか如何かが、問題となった。
ノユは、リルナリーナに付いて貰う事となったが、キャナサには誰もいない。
向こうの神々は、騎士を連れていないので、左程問題無いと思えるが、ここは別の世界、用心に越した事が無いと、判断した為だ。
「ノユ、フレアかネリアは、呼び出せるか?」
「はい、それならネリアが、適任かと思います。」
ノユの提案に、判ったと言って、リシェアオーガは、言霊を発した。
『我は命ずる。神龍・碧龍のネリアよ。我が前に。』
「御呼びですか?我が王。」
リシェアオーガの呼びかけで、一瞬のうちに、一人の人物が現れた。跪いているので、その顔は見えないが、細身の男性の様に見える。
服装はやはり、リシェアオーガ達神龍と同じ形の色違いで、上着の色は水色で、その装飾の龍は、紺碧の青で統一されていた。
髪の色は細かく波打った癖毛で、肩に届かない程度の長さの、少し濃い水色をしていて、声は少々低めであった。
「ネリア、そなたに、ナサの警護を頼みたい。…承知してくれるか?」
「…我が王…貴方って方は…
私達に、そう命じれば良いのですよ。そんな、頼み事だなんて言わなくても、今、呼び出した様に、命じれば済む事でしょうに。」
「私は、無理強いをしたくないだけだ。ネリア、無理か?」
「無理ではありませんよ。
…まあ、我が王の御願いを、聞かない訳にはいきませんが…。
相変わらず、命令嫌いですね。」
「悪いか?」
「いいえ、寧ろ、嬉しいですよ。傲慢な王で無くて…ね。」
そう言って、ネリアは顔を上げる。優しげな顔立ちは中性的な物で、その瞳は水面を映した様な、紺碧の青で彩られていた。
その瞳がルシェルドを映し、次の瞬間、彼は視線だけで、リシェアオーガに問い掛ける。
これを受けたリシェアオーガが、ルシェルド達に彼の事を紹介する。
「ルシェルド、この者はノユ達と同じ、神龍のネリアだ。」
「初めまして、こちらの守護神様。
私はリシェアオーガ様…神龍王に仕える、水の神龍・碧龍のネリアと申します。
そちらに控えている、我が王に祝福された騎士の方々も、初めまして…と、フェリス神官殿、御久し振りです。」
にっこり微笑みながら、ネリアは、挨拶を述べる。営業用とも取れるそれは、彼の表情が乏しい事を表していた。
「初めて御目に掛る、ネリア殿。
私の名はルシェルド。オーガには世話になっている。」
「…その様ですね。我が王は、御節介好きですから、諦めて下さい。
それと、私に敬称はいりません。」
正論を言われ、ルシェルドは苦笑した。彼に続き、アルフェルトとティルザも挨拶をする。
返された挨拶に、ネリアは冷淡に微笑み、フェリスと向き合った。
「御久し振りです。ネリア様。…相変わらずなのですね…。」
少し悲しそうな顔をしたフェリスに、ネリアは、営業用の笑顔を崩した。
「仕方ありませんよ。警戒心を持つのは、今に始まった事ではありませんし、彼等が警戒すべき輩でない事は、判っています。
ですが、長年培ったものは、早々に治せません。
これは癖になっているので、治すのにも、時間が掛るでしょう。」
身内だけに向ける優しい微笑は、フェリスの心をほんの少し暖かくした。
ネリアの、判っていても訂正出来無い態度は、何時も誤解を招いていた。だが、本人は全然気にしていないので、尚始末が悪い。
それが徐々に改善されている事に、フェリスは喜んだ。氷の碧龍とも呼ばれるネリアは、ほんの僅かであったが、変わりつつあったのだ。
仲間と共にある、それがネリアの変化の原因でもある。リシェアオーガもフェリスと同じく、ネリアの変化を歓迎していた。
神龍である以上、守護する者から、変な誤解を受けてはならない。
そう、彼は思っていた。
エルアがキャナサを連れて、部屋に戻った。ネリアの姿を見つけ、エルアは、お前も来たのかと声を掛けていた。
頷くネリアは、キャナサの許へ歩み寄り、その御前で跪く。
「キャナサ様。
リシェア様の御願いで、これより、キャナサ様の護衛に当たります。」
「護衛は要らないと、思うけど…。」
「いいえ、ここは異世界、故に、何か危険があってはいけません。その為に我が王は、私に御願いをされました。
如何か、キャナサ様を護る名誉を、私に与えて頂けませんか?」
ネリアの言い草で、断るに断れなくなったキャナサは、それを承諾した。これを機に、キャナサの後ろに控えるネリア。
慣れない事だけに、何だか変な気分と、キャナサは呟いていた。
それを聞いたリルナリーナが、キャナサに、こちらの神々の習いに従うのも、面白いわよと、提案している。
彼女の意見に納得したキャナサは、ネリアに宜しくと伝えていた。
「ナサ、あっちの魂の関係者の、巫女を連れて行く?」
リシェアオーガに問われて、その方が良いかもと、頷いたキャナサは、その魂の存在を感じる物に触れる。
リシェアオーガの右手にある金環、そこにはまだ、歴代の巫女の魂が封じられていた。
「リシェア、そっちの関係の者と、まだ、行けない所の関係者だけは、残しておくね。」
そう言ってキャナサは、封印を完全に解かず、魂だけを取り出していた。フワフワ浮かぶ、光の玉に、アルフェルトとティルザ、ルシェルドも驚いている。
キャナサは、光の玉達に手を翳し、お帰りと一言、優しい笑顔を添えて告げた。
すると、光の玉は小さな羽根に変わり、彼女の足元に散らばる。それを確認した彼女は、懐から手の平位の、小さな四角のガラス瓶のような物を取り出し、その蓋を開ける。
足元の羽根は、2枚だけを残し、その瓶の中に全て収まった。残った羽根は自らの翼に戻し、他の羽根が収まった瓶の蓋を閉める
「ナサ…これは一体…?」
「えっ、あ…そうか、ルシェルド達は、まだ知らないんだったね。
向こうの世界では、生きとし生ける物の魂は、私の羽根から作っているんだよ。
だから、運び易いように、元の姿に戻しただけ。この瓶は、運搬用に作った物で、結構入るし、回収した羽根も、散らばらなくて便利なんだ。」
向こうの世界の、魂の成り立ちを聞いた、ルシェルドとアルフェルトは、生命の神秘と言うべき事実が、眼の前で起こった事に感心した。
こちらでは不思議な事であったが、向こうでは当たり前の事。
神話を知っている者であれば、誰でも知っている事だった。
「こちらとは、魂の成り立ちが違うのだな…。」
感嘆の声を上げるルシェルドに、違って当たり前だろうと、リシェアオーガが告げた。
神々が違うのだから、それは当たり前。
だが、神秘な事には、変わりがなかったが……。
翌日、リシェアオーガとルシェルド、その騎士達は、エルアの力を使い、北の大地へ向かった。
北の地は、招かざる客の到来で、騒がしくなっていた…。




