策謀の幕開け
「蛮族めがッ」
コルステーシア国王は、手ににぎった書類を、床にたたきつけた。
「金に物を言わせましたな・・・」
クルスリーが、小さくつぶやいた。クルスリーは、セリウスと双璧をなすコルステーシアの名門貴族の、主である。宮殿の奥にあるこの部屋は、昼でもうす暗い。ちいさな部屋の四隅に置かれた燭台の煌々とした明かりが、ぼんやりと部屋を照らし出している。
「まさしく。ガーベル族の突然の襲撃は、それしかありえませぬ」
クルスリーの傍らで王と向き合う官位姿のセリウスが、静かな声で言った。
「バロルークスめ、いまいましいッ!驕慢もいいかげんにせんかッ」
国王は、激昂したようすで気炎をはく。
「彼は都市国家アナトールの独裁官として半島各地のラレアドール家の分家をたばねておりますから、蛮族を買収するぐらいはたやすい所業でしょう。まぁ、しかしやつらはよそ者です。そのうちに、人望を失って自壊しますよ」
セリウスの声音は、国王とは反対に、静かで沈んでいた。
「それだけではないのだッ!やつら、ぬけぬけとわしにキルクス族撃退の祝賀の使者を送ってきておる。謁見は三日後になるそうだ」
国王は、吐き捨てるようにして、言った。まだ若い国王の、茶色の鬚が小刻みに震えている。しばらく、うす暗い部屋に沈黙が流れた。
「一芝居、うちますか」
突然、セリウスが沈んだ声で言った。
「どういうことだ?セリウス」
国王はなかば身を乗り出して、燭台にてらされているセリウスを、見つめる。
「言うまでもないことですが、祝賀の使者といっても、真の目的はこのコルステーシア市の様子を探ることでしょう。聞いたところによりますと、バロルークスは猜疑心の強い男で、一族の者しか信頼しません。そこで、彼にすれば、信頼できない族外の人間を使者にたてれば、我々に買収されてしまうかもしれない。彼はかならずやラレアドール家の人間を使者にしてくるでしょう。いかに栄華を極めるラレアドール家の人間でも、コルステーシアの城門をくぐれば、いかようにも歓迎の趣向は凝らせましょう」
セリウスの言葉に、国王はわが意を得たり、とばかりにうないた。
「ほぅ、それはおもしろいではないか」
クルスリーも、興味ありげに傍らのセリウスを見る。
「では、使者の歓迎の仕度をいたしませぬとな」
セリウスはふくみ笑いをしつつ、話した。コルステーシアの国王と二人の高官は、部屋の中で密議をはじめた。――