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策謀の幕開け


ところで、レベリウス半島には、ラレアドール家なる一族がいる。かれらはもともと大陸の人間だったのだが、五十年ほど前、レベリウス半島に逃れてきたのである。というのも、彼らはもとは大陸の大君主国家の外戚貴族であったのだが、あまりに権勢をふるいすぎたために、粛清の憂き目にあって一族の本家は叩き潰され、分家の彼らはなんとかレベリウス半島に逃れたのである。しかし、いかに粛清されたとはいえ、大国の権臣の一族である。その財力たるや、レベリウス半島の諸都市国家の財力をはるかに凌駕していた。そして彼らは、あるいは豪商として、あるいは政治家として、あるいは豪族として、半島全土に広がっていったのである。――



コルステーシアの名門貴族の当主に、セリウスという人物がいる。彼はいま、四頭の駿馬を引き馬とする司令官の戦車のうえにあった。三百メートルほど前方では、叛乱をおこした三千人のキルクス族の軍勢が、二つの方陣を丘の上に築いて、こちらを威圧している。しかしながら、規律を持たない蛮族の悲しさか、その方陣はいくぶん乱れていた。布陣の隙は、いたるところに見られる。五千人のコルステーシアの野戦軍を率いるセリウスは、魚燐に陣を布いて、敵陣への攻撃に備えていた。そしてセリウスが、いましも両翼の騎馬隊にキルクス軍の方陣の側面への突撃を命じようと、長剣をふりあげた時である。陣内に、けたたましい馬蹄の響きがこだました。

「何事だッ」

かたわらの副官が、すさまじい勢いで馬を飛ばしてきた伝令に、言った。その伝令の形相たるや、まさしく必死と言ってよい。

「申し上げますッ!わが軍後方に、ガーベル族の大軍ありッ!すでに、3キロにまで迫ってきておりますッ!」

「なんだとッ」

伝令の声に、車上のセリウスはあやうくふりあげた長剣を取り落とすところであった。

――そんなはずはない

セリウスをはじめその場にいたコルステーシア軍の幕僚たちに、そんな驚きがはしった。ガーベル族とは、つい一ヶ月前に同盟を結んだばかりである。そのための貢物と賄賂は、十分におくりとどけておいたはずなのだ。とはいえ、そのようなことを考えているひまはない。セリウスはただちに魚隣陣をといて、円陣を組み、軍を旋回させた。魚燐は、正面から数にまかせて揉みあげていく戦いには有利だが、背後を強襲されれば危険である。コルステーシア軍の後退をみて勢いづいたキルクス軍が、喚声をあげつつ大挙して、丘から攻め下ってきた。

「打って出る」

名門貴族の当主とあって平時はいくらか優柔不断なのは否めないが、いったん車上の人となると、セリウスの決断は早かった。コルステーシア軍の円陣から二十乗の戦車と五百騎の騎馬隊が、砂塵をあげつつ攻勢に打って出る。戦車隊が掲げる青い軍旗は、まさしくセリウスのものである。攻撃に出るために乱れたキルクス軍の前衛の隊列を、騎馬隊が寸断し、戦車隊が車軸の響きとともに蹂躙した。思わぬ反撃をうけたキルクス軍に動揺がはしり、縦横に駆け回る騎馬隊と戦車隊に、陣形は乱れに乱れ、混乱を呈する。キルクス族の騎馬隊がコルステーシアの騎馬隊を捕捉しようと、やっきになって追撃するが、十隊から五隊へ、そして全軍と自由自在に機動するコルステーシアの騎馬隊に攪乱され、側面をセリウス直衛の戦車隊に衝かれて壊走するありさまであった。キルクス軍の攻勢が騎馬隊と戦車隊の撹乱によって鈍っているあいだに、副官が指揮するコルステーシア軍の本隊は、徐々に後退していく。と、そこへ青い軍旗をたなびかせる十五乗ほどの戦車隊が、キルクス陣にたちのぼる濛々たる砂塵を突き破って、コルステーシア本隊の円陣の陣内にはいった。いたるところに矢が突き立ち、刀傷がつけられた戦車の車体が、戦闘の激しさを思わせた。

「あの丘に布陣する。軍を急がせろッ」

肩のあたりの甲冑に矢をつきたてたセリウスは、ただちに指令を下す。コルステーシアの千人の重装歩兵および千五百人の軽装歩兵からなる本隊は、にわかにその速度をあげる。土煙をモウモウと舞い上げつつ丘の上へ行軍する本隊から、旗をふせた二百人ほどの弩弓兵と三百人ほどの軽装歩兵が、丘のかたわらの森林へ移動する。コルステーシア軍が丘の上に方陣を布陣すると、キルクス軍のなかから、五百騎あまりの騎馬隊が、疾駆しつつ飛び出してきた。そのすぐ後ろには、キルクス族の騎馬隊六百騎が隊列を乱しつつ猛追している。騎馬隊が丘の上の本隊に合流すると、すかさずコルステーシアの重装歩兵が横隊に展開しつつ、穂先をならべてキルクス騎馬隊に逆落としをかけた。すでに陣形をうしなっていたキルクス騎馬隊は、コルステーシア歩兵の槍衾に簡単に撃破され、壊走する。丘の下の平野にキルクス軍が鶴翼に布陣し、しばらく両軍ににらみあいが続いたものの、セリウス軍はいくばくもたたないうちに、わずかな殿軍をのこして丘から退却をはじめた。あまり長くとどまっていては、ガーベル族の大軍が到着するおそれがあった。キルクス軍が追撃をかけようと丘へ攻撃をかけたが、森林の伏兵が弓矢をはなち、突如として喚声をあげてキルクス軍の側面を衝くと、動揺したキルクス軍の兵士はまたたくまに敗走した。セリウスは、なんとか危地を脱したのである。――


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