1話
軍隊と言うものは、必ずしも悪いものではない。毎日毎日繰り返される訓練に悪態をつく者もいるが、それさえこなせば、生活に困らないくらいには給金が出て、食事や風呂、寝床も与えられていた。まぁ、悪いとも良いとも言えないような生活だろう。
しかしまぁ、上官という生き物には、下士官の方に原因を何かとつけ、怒り心頭で接してくる者もいるのもまた事実だ。
その下士官というのが、先ほどから小一時間怒られている私であった。
「聞いているのか!」
顔面に上官が発した唾が飛んでくる。近い。まるで傘を差しているにも関わらず、その横から降ってくる雨の雫のようだ。これはそんな綺麗なものではないのだが。そう思いながら、私はぼんやりと上官の説教を同じ体勢で、立ったまま聞いていた。
「はい。承知しております」
どうしてこうも上官という生き物は、下の者に威張らないと生きていけない病気にでもかかっているんじゃなかろうかと思うほど、このような態度をとるのだろうか。万年下士官である私には、さっぱりわからなかった。本日はなにやら集まりがあるらしいが、私には知ったことではなかった。
説教はそれからも30分くらい続き、解放されたのはその後の事だった。
私には軍の中にも数少ないが友人はおり、その内の一人が、私の話を嬉しそうに聞いている山内康という男である。
「お前は本当に私の話を面白そうに聞くな」
「お前の話は実際面白いぞ」
こいつは、私が入隊した時の同期で、口数の少なかった私と飽きもせずに居続けたのはこいつだけだった。おかげで少しだけ私も饒舌になったような気がしなくもない。
「で、今日はどんな理由で説教されたんだ? 時間についてか? それとも態度か? まさか視線だけってわけじゃないだろうな?」
本当にこの男は楽しそうに聞く。「人の不幸は蜜の味」と言うが、今のこいつの気持ちを体現したような言葉である。
私は胸元から煙草を一本取りだして火をつけた。紫煙が天井に昇っていく。
「他の奴が持ち場を離れていたがために、私まで連帯責任だと難癖をつけられた。」
「うわ、そりゃ酷え」
酷いと言いながらも笑っている。こいつはそんな男であった。
そんな時、休憩時間終了を知らせる合図が鳴った。
「おい、次は魔具の点検だぞ」
私と山内は、小走りで訓練場まで向かった。もうすでに魔具庫から運び出されており、あとは点検するだけ、という状態に一等兵たちがしてくれていたらしい。
「ごくろう」
私が声をかけると、兵たちは敬礼して口々に言った。
「いえ、大丈夫です!」
「そうか。山内、始めるぞ」
「おう」
兵士たちの戦力は、主に従来の力と魔力の二つである。従来の力と言うのは、主に火薬や人力での力を使ったものだ。軍刀や銃などがこれに当たる。
「て言ってもよぉ、こんなのもうだれも使わねえって」
「いや、使うやつはいるぞ」
山内は何を言っているんだという顔をしてこちらを向く。
「私のような奴がな」
山内は納得したような顔をした。
「そりゃそうだな。お前、なんで魔具とかあんま使おうとしねえんだよ。今はみんな、いくら魔力が少なくても使ってるぞ」
手の中にある、銃に取り付ける魔具を弄りながら言った。
「私は、そういうのはあまり好かん」
「出た。頑固親父」
「誰が親父だ」
山内を睨みながら言う。
私は魔力は人並みだが、魔力を簡単に使って戦う最近の戦法には思うところがあった。昔は、魔力というものは最終手段のようなもので、取り付けるだけで使えるような物などは無かった。という話を聞いた時から、私の中では魔力はそうそう簡単に使う物ではないという価値観があった。
「ほんと考え古いよなー」
「黙れ山内。人には人の考え方があるものだ」
「自分で言うのか」とぼやく山内を横目に、私は小銃の引き金に魔具を取り付けた。元の引き金にあたる位置には、魔力を流し込むための小さなボタンが備え付けられている。
試しにそれを深く押し込むと、魔具の内部に魔力が流れ込んだ。これで銃弾に魔力が装填される仕組みだ。
的に照準を合わせ、もう一度ボタンを押すと、弾丸が的の真ん中を撃ち抜いた。
私は魔具が確実に固定されていることを確かめてから、銃を下ろした。
「……異常なし」
「どうだ、やっぱり便利だろ?」
認めさせたいと顔に書いてあるような表情をして私の顔を山内が覗き込んでくる。
「便利なのは認める」
「おっ、珍しい。お前が新しいもんを褒めるなんてな」
「便利なことと、私が好むかどうかは別の話だ」
「はいはい、頑固親父」
「だから誰が親父だ」
夕方になり、点検が終わった後、私たちはそれぞれ持ち場に行き作業をし始めた。
「お前はいいよな。書類まとめるだけなんだろ? 俺なんてこないだの責任を取れって武器庫の掃除を押し付けられたんだぞ」
また何をしでかしたんだこいつは。
「お前、何をしたんだ」
「俺は何もしてねえよ!」
やはり何かしたんだろう。ため息を一つついて私は言った。
「お前に落ち度がない可能性もない」
「酷ぇ!」
書類作業をしながら、山内を軽くあしらっていたが、どうにもこいつはなかなか自分の持ち場へ行こうとしない。こいつと同じ班の奴らがかわいそうである。壁に掛けられている時計を見ると、針がすでに五時を回っていた。
「もう五時だぞ。早く持ち場に行け。私も班長なので、お前には長時間付き合ってられんのだ」
山内は「へいへい」と返事をして行こうとしたが、私の方を振り向いて言った。
「あ、そうだ。今日は執務室で珍しく上官の集まりがあるんだとよ」
その話に頷く。
「ああ。らしいな。で、それがどうした」
このように話を続けてしまう自分にも非があるということが脳裏によぎったが、まぁ、無視することにする。
「お前を見たら上官たちは俺を思い浮かぶらしいからな。絶対そんなところに行くなよ! 近づきもするな!」
なるほど。規律破りの常習犯であるこいつなら目を付けられるのも納得しかなかった。
「だが山内、私の班は書類作業が主な仕事だ。上官にも関わる。今回は諦めろ」
それを聞き、奴は心底落胆するような表情になった。
時刻は午後九時頃。班員総出で作業が終えた。山内の姿が見えないので近くにいた奴を捕まえて聞いたら、もうすでに宿舎に帰っているらしい。私は口角が引きつるのを感じざるを得なかった。後で説教をすることにする。
それはともかく、班長の仕事のうちの一つに、まとめた書類を上官に提出する、というものがある。今夜は山内に説教もしなければならないので、就寝前は一杯やりたいところだ。
そう思いながら、私は、今夜の集まりには別の部屋が使われていると思い、普段は使われていない執務室の一つを通り過ぎようとした。が、部屋の中からは煌々と光が漏れ、そして上官たちの笑い声が聞こえてきて、思わず私は壁に張り付くように隠れてしまった。
なぜ?
そうだ。このようなことをしていれば見つかった時に後々面倒なことになるのは目に見えているはずだ。しかし、理性はそうわかっていても、私の本能が隠れろと叫んでいた。嫌な予感がする。小さく聞こえる声が話す内容を理解したくなかった。
「……それで、例の件はいつ公表されるのでありますか」
一人の上官が声を発した。
「公表などするものか。発表する頃には、もう始まっている」
「しかし、現地の部隊にはまだ何も知らされておりません」
「知らされていないからこそ、都合がよいのだ」
私は思わず息を止めた。
「国民には、あくまで防衛のための措置であると説明するそうですな」
「そのように説明するほかあるまい。こちらから仕掛けたと知れれば、内外から何を言われるかわからん」
また一人、少し間をあけて言う。
「……勝算はあるのでしょうか」
「勝算があるから決定されたのではない。決定されたからには、勝算があることにせねばならんのだ」
室内から、低い笑い声が聞こえた。
「まったく、困ったものですな」
「君も困ることはあるまい。戦が始まれば、我々の出世にも都合がよい」
その後、何か面白いものを聞いたように上官たちが笑った。いや、実際奴らにとっては面白いものなのだろう。
声を出さないように、私は口を手で塞いだ。
まずい事になった。




