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第5話 最強パーティーのストライキ

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俺の安アパートの床には、現在、王都の年間予算に匹敵するかもしれない価値の空き瓶が転がっている。

家賃銀貨三枚の隙間風が吹き込むこの部屋に、最高級のドワーフ製エールや、エルフの秘蔵ワインがあること自体がバグだ。

そして、そのバグを引き起こしている張本人たちは、今日も俺の部屋の安い絨毯の上で完全にくつろぎきっていた。


「あー、マジで王宮の連中うぜえ」


聖女マリアは、神聖な法衣のボタンをいくつか外し、だらしない格好でスルメを齧りながら管を巻いている。


「あたしらが命懸けで魔族ぶっ飛ばしてんのに、あのデブ大臣、『討伐にかかる経費が多すぎる』だの『もっと優雅に戦え』だの文句ばっか言ってきやがってよォ」


「本当ですよ! 泥臭く生き残るのが真の戦いなのに、あいつら現場のことを何もわかってないんです!」


勇者レオンも、マリアの隣で高級なハチミツ酒をラッパ飲みしながら、激しく同意している。

かつては反発し合っていた「酒癖の悪いヤンキー聖女」と「泥にまみれたサイコパス勇者」だが、今ではすっかり意気投合していた。

俺の適当なアドバイスによって独自の『泥臭いタコ殴り戦法』を編み出した二人は、戦場でのストレスを圧倒的な暴力で発散し、その後この部屋で打ち上げをするというルーティンを確立してしまったのだ。

俺は部屋の隅で、冷たい水をすすりながら彼らの愚痴を聞き流していた。

万年Cランクの俺にとって、王宮の大臣がどうのどうのという話は、雲の上のさらに上の、異次元の出来事でしかない。


「ねえアル、あんたもそう思うだろ!?」


マリアが血走った目で俺に同意を求めてくる。

俺の危機察知能力が、「ここで否定すればメイスで物理的に粉砕される」と警告を発した。


「あー、そうだな。現場を知らない上層部はクソだよな」


俺は「絶対に致命傷を避ける」という生存戦略に基づき、100点の模範解答を返した。


「だろ!? あたしらがいなきゃ、この国なんて三日で魔王軍に滅ぼされるってのに!」


「いっそ、あいつらを前にして僕が泥水に潜って、マリアが背後からメイスで殴りかかれば、少しは現場の苦労がわかるんじゃないでしょうか?」


レオンが爽やかな笑顔でとんでもないクーデター計画を提案し始めた。

俺は冷や汗を拭った。

こいつら、冗談抜きでやりかねない。

もし勇者と聖女が王宮で大臣をタコ殴りにしたとなれば、間違いなく国家反逆罪だ。

そして、その発端が「Cランク冒険者アルの部屋での飲み会」だとバレれば、俺は確実に連帯責任でギルティとなる。

俺の平穏な日常を守るためには、ここで彼らのガス抜きをして、穏便に矛を収めさせなければならない。


「まあ待てよ、レオン、マリア。暴力で解決するのは三流のやることだぞ」


俺が適当なことを言うと、二人はピタリと動きを止め、真剣な眼差しでこちらを向いた。


「師匠……では、どうすればあの腐りきった上層部に一泡吹かせることができるのでしょうか?」


「暴力を使わずに、奴らを屈服させる方法があんのか、アル?」


二人の期待に満ちた視線が痛い。

俺は頭をフル回転させ、前世(?)のブラック企業時代の知識を引っ張り出した。

一番手っ取り早く、かつ合法的に会社にダメージを与える方法。


「お前らがいなきゃ国が滅ぶんだろ? だったら簡単だ。ストライキをやればいい」


「スト……ライキ?」


二人が首を傾げる。


「ああ。要するに、『待遇を改善しないなら、もう魔族とは戦いません。王宮の皆さんで勝手に国を守ってください』って言って、仕事をサボるんだよ」


俺は心底どうでもいいという顔で、適当な助言を口にした。


「勇者と聖女が戦線を離脱すると宣言すれば、王宮の連中はパニックになる。お前らの価値を嫌でも思い知らされて、土下座して泣きついてくるはずだ」


俺としては、「ちょっと拗ねたふりをして脅せば、大臣も文句を言わなくなるだろう」程度の、軽いアドバイスのつもりだった。

しかし、二人の反応は俺の予想を遥かに超えていた。


「……!」


マリアが持っていたスルメをポトリと落とし、ワナワナと震え始めた。


「戦わない……戦わずに、相手を絶望の淵に叩き落とす……。なんて恐ろしい、そして完璧な戦術なんだ……!」


「師匠……! さすがです! 泥水に潜る物理的なステルスを超えた、社会的なステルス戦法……! 政治の根幹を揺るがす、まさに究極の一撃!」


レオンも感動のあまり涙を流し、俺の手を両手で固く握りしめた。


「ちょっと待て、お前ら。俺はただ、少し脅かしてみろって言っただけで……」


「わかってるよアル! 心配すんな、完璧にやってやる!」


マリアはニヤリと極悪な笑みを浮かべ、エールの瓶を一気に飲み干した。


「明日からあたしらは、王宮からの出撃要請を完全ボイコットする。あいつらが泣いて許しを乞うまで、絶対に戦場には出ねえ!」


「はい! 泥臭いストライキの始まりです!」


二人は固く拳を突き合わせた。

俺は深い絶望とともに天井を仰いだ。

こいつら、絶対にやりすぎる。

俺の平穏な日常が、またしても俺自身の適当な発言によって、危機に晒されようとしていた。


* * *


翌日。

王都は、建国以来最大級のパニックに陥っていた。


「アル! 大変よ! 大事件よ!」


冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、ミーアがカウンターを飛び越えんばかりの勢いで駆け寄ってきた。

彼女の顔は紙のように真っ白で、手には大量の羊皮紙が握られている。

ギルド内も、普段の荒くれ者たちが信じられないものを見たような顔で静まり返っていた。


「……今度は何だ? 魔王でも攻めてきたか?」


俺が極力冷静を装って尋ねると、ミーアは首を激しく横に振った。


「魔王よりタチが悪いわ! 勇者様と聖女様が、王城の正門前で座り込みを始めたの!」


「……は?」


「しかも、二人とも神聖な装備を全部脱ぎ捨てて、泥だらけのボロ布みたいな服を着て、『労働環境の改善と大臣の謝罪を要求する!』って書かれた大きな看板を掲げてるのよ!」


俺は目の前が真っ暗になった。

座り込み。

しかも、ただ仕事をサボるだけではなく、王城の正門前という一番目立つ場所での物理的なストライキ。


「王城の近衛兵が止めに入ろうとしたらしいんだけど、勇者様が『近付くなら自害して国を捨てる』って泥水に顔を突っ込んで威嚇したせいで、誰も手を出せない状況みたいなの!」


「……聖女様は?」


「聖女様は、真顔で巨大なメイスを磨きながら、『私利私欲にまみれた豚どもに神の鉄槌を下す準備をしている』って呟いてるらしくて……もう、王宮の中はパニックよ!」


やってくれた。

あいつら、俺の「仕事をサボれ」という適当なアドバイスを、「王権に対する直接的なクーデター」レベルまで昇華させやがった。

歴代最強の勇者と聖女による、前代未聞のストライキ。

もし魔王軍が今攻めてくれば、この国は本当に終わるかもしれない。


「ギルドマスターも王宮に呼び出されて、対応に追われてるわ。いったい誰が、あの清廉潔白なお二人にこんな恐ろしい知恵を授けたのかしら……」


ミーアは震える声で呟いた。


「噂では、お二人の背後には『影の王』と呼ばれる、世界を裏から操る恐るべき黒幕がいるらしいわ。その黒幕が、腐敗した王国を浄化するために、勇者と聖女を操って革命を起こそうとしているんだって……!」


「……へえ。すごい想像力だな」


俺は顔面から血の気が引いていくのを感じながら、どうにか声を出した。

影の王。恐るべき黒幕。

それは間違いなく、家賃銀貨三枚のアパートで冷たい豆スープをすすっている、万年Cランクのこの俺のことだ。


「怖い時代になったわね、アル。私たちみたいな下っ端は、巻き込まれないように細々と生きるのが一番ね」


「あ、ああ……本当にその通りだ」


俺は引きつった笑いを浮かべながら、ギルドの壁に寄りかかった。

「絶対に致命傷を避ける」。

その絶対的な生存戦略を遂行するためには、俺はこの革命騒ぎに一切関与していないというアリバイを作らなければならない。


「ミーア、俺は今日もスライム討伐に行ってくる。夕方まで森から出ないからな」


「えっ? こんな非常事態にスライム討伐!?」


「非常事態だからこそ、日常を崩さないことが大事なんだ。じゃあな!」


俺は逃げるようにギルドを飛び出し、王都の東の森へと向かって全力疾走した。

自分が蒔いた種とはいえ、国家を揺るがす大事件の首謀者に祭り上げられるのだけはご免だ。

俺はただ、スライムをつついて日銭を稼ぎ、平和に生きたいだけなのだから。


* * *


その日の夕方。

森でスライムを規定数討伐し、ほとぼりが冷めた頃合いを見計らってアパートに帰還した俺を待っていたのは、信じられない光景だった。

アパートの扉の前に、豪華絢爛な馬車が数台停まっており、完全武装した王宮の近衛兵たちが周囲を厳重に警戒している。

そして、俺の部屋の扉の前には、見覚えのある巨漢の男が土下座をしていた。


「な、なんだこれ……」


俺が呆然と立ち尽くしていると、土下座していた男が顔を上げた。

脂ぎった顔に、豪奢な貴族の服。

間違いなく、マリアが「デブ大臣」と呼んでいた、王国の防衛大臣その人だった。


「おお! あなた様が、勇者殿と聖女殿が『師匠』と仰ぐ御方ですね!」


大臣は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、這うようにして俺の足元にすがりついてきた。


「どうか、どうかお二人をお鎮めください! 私の傲慢が間違っておりました! 予算は倍にします! 待遇も最上級にいたします! ですから、どうかお二人にストライキをやめるよう、あなた様からご説得いただけないでしょうか!」


「……は?」


俺の頭は完全にフリーズした。

どうやら、勇者と聖女はストライキの最中、「自分たちを動かしたければ、我らが師匠であるアル殿に許可をもらえ」とでも言ったらしい。

俺のアリバイ工作も虚しく、俺は完全に「勇者と聖女を顎で使う、真の支配者」として王宮に認識されてしまったのだ。


「あ、あの……俺はただのCランク冒険者で……」


「ご謙遜を! お二人があれほど心酔する御方が、ただの冒険者であるはずがありません! どうか、この愚かな私をお救いください、影の王よ!」


大臣は俺の靴を舐めんばかりの勢いで土下座を繰り返している。

近衛兵たちも、俺に対して畏敬の念を込めた敬礼を送ってきた。

終わった。

俺の「誰にも目立たず平穏に生きる」という人生計画は、たった一回のストライキ騒動によって、王国の最高権力層に完璧にマークされるという最悪の形で崩壊した。

俺は重い足取りで自分のアパートの扉を開けた。


「あっ、お帰りなさい師匠! 見てください、大臣が最高級の肉と酒をこんなに置いていってくれました!」


「大成功だったぜアル! お前の言った通り、あいつら泣いて謝りやがった!」


部屋の中では、泥だらけのボロ布を着た勇者と聖女が、最高級の霜降り肉を焼きながら満面の笑みで俺を迎えてくれた。

俺は無言で扉を閉め、つっかえ棒をした。

もう、逃げ場はない。

俺は今日から、この理不尽な世界で、「世界を救う英雄たちを裏で操る黒幕」としての人生を、適当な相槌だけでどうにか生き延びていかなければならなくなったのだ。


「……とりあえず、その肉、焦げる前に裏返せよ」


俺の精一杯の虚勢は、肉の焼ける暴力的な匂いと、二人の歓声にかき消されていった。


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いったん5話まで


ストックは15話あります

1日1話で可能な限り毎日更新していきたい…

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