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いかにして彼は生きると決めたのか  作者: 冷製春雨スープ
届かぬ声、静謐なる涙、凄惨たる救いの手
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七話


 4日後


 「兄貴、悪いんでやんすけど今日の護衛、変わってはくれませんか」


 早朝

 まだ眠い目を擦り、何故かベッドにいるカレラをどかして上体を起こす。


 「なぜだ」


 ザンザは歯切れが悪そうに手を正面で遊ばせたあと、おどけながら発言を撤回した。


 「いや!やっぱり大丈夫でやんす!兄貴はなにも気に.....」


 「わかった。」


 マサオミはベッドから立ち上がり、机に置かれた革鎧を着て、立てかけてあるグレートソードを背負った。


 ザンザはあんぐりと口を開ける。


 「い、いいんで...やんすか?」


 「ああ」


 マサオミは宿屋を出た。



 澄んだ空気の晴れた空の下、方陣の屋敷へ歩く。


 なぜザンザは俺に今日の護衛を任せたかったのだろう。ザンザは何か言いたいけれど、言えない時は心配そうにしながらおどけるんだ。


 ザンザは、推測を話さない。確定事項しか報告しない。聞いたら教えてくれただろう。しかし、マサオミは聞かないことにしている。信用しているのだ。自分はザンザの指示や頼みにだけすぐに動ければいい。理由はいらない。目的も知らなくていい。


 なぜなら多分、何か大事なことがある。


 いつものように門を素通りし、すれ違う使用人の挨拶に"ああ"と言って執務室に向かう。


 扉を開いた。いつも通りの椅子に座っているゆかりを確認する。何かを思い詰めているように下を向いている。その机の上に書類はなく、筆も持っていない。


 数秒が過ぎてからやっと気がついたのか、ゆかりが顔を上げる。


 「......あ、マサオミ様。おはようございます。」


 最近、ゆかりが何か違う。


 「ああ」


 ゆかりが口角を上げる。いつもと同じ微笑みを浮かべている。


 何かが違う。何が違う?


 「本日はザンザ様が護衛をなさる日ではありませんでしたっけ?」


 「.....そうだ」


 マサオミは答えない。ジッとゆかりを見つめる。違和感の正体を掴もうとする。


 歪んでいる。いつもより口角が下がっている。そうか、作り笑いをしているのか。


 「変わったのですか?」


 「そうだ」


 だがなぜだ?なぜ作り笑いをしている。


 マサオミはわからない。理解もできなかった。だが見ていないわけではない。だから気づけた。ゆかりがいつもと違うことに


 「まぁいいです!マサオミ様!」


 「なんだ」


 「お散歩に行きましょう!」





 マサオミはゆかりと並んで街中を歩いていた。


 「んぅ〜!久しぶりに屋敷の外にでました!」


 ゆかりは両腕を頭上で伸ばす。すると何かに気がついたように小走りで道端に行き、草むらにしゃがみ込む。見上げるようにマサオミの方を振り向いて、ある花を指差した。


 「見てください!マサオミ様!可愛いです!昔はこれで花冠を作りましたね!」


 「シロツメクサか」


 「そうです!少し待っていてくださいね!」


 ゆかりは群生しているシロツメクサを少し摘み、慣れた手つきで花冠を作っていく。


 完成した花冠を持って、ゆっくりとマサオミに近づいて、マサオミの頭上に手を伸ばして花冠を乗せようとする。しかし届かない。

 ぴょんぴょんと小さくジャンプしても届かなかった。


 ゆかりは頬を少し膨らませて、マサオミの服の裾をつまむ。


 「.......しゃがんでください」


 「わかった」


 マサオミはゆっくりとした動作で片膝をついた。

 それをゆかりは満足そうに笑って、落ちないようにマサオミの頭に置いた。

 ゆかりの笑顔は先程とは違いとても自然で、10年前に見た笑顔に近いとマサオミは感じた。


 気のせいだったのか?


 「行きますよ!マサオミ様!」


 軽い足取りでゆかりはマサオミの手を握り、引っ張って歩き出した。


 

 昔遊んだ公園

 一緒に行っていたお菓子屋

 ゆかりが転んで泣き出した坂道

 ゆめのが疲れたとおんぶをせがんだ通り

 

 行く場所は全て、10年前にゆかりと遊んだ場所や、一緒に行った場所


 マサオミも昔の記憶を思い出していた。脳裏に浮かんでいるのは、泥だらけになっているゆかりとゆめのの姿だ。


 「ここで遊んだ」


 「え?ああ!この砂場懐かしいですね!泥だらけになりながらトンネルを掘ってました!」


 「そうだな」


 「その後、屋敷に帰った私とマサオミ様、ゆめの様と一緒にお母様に怒られましたね!その後浴室に3人まとめて入れられました!」


 「ああ」


 ゆかりはマサオミのそんな淡白な反応でも嬉しいのか、頬を緩める。

 そしてまた歩き出した。


 マサオミは何が嬉しいのか、自然に口角を上げ、目を細めながら手を握るゆかりの顔を見る。


 先程の作り笑いではないように見えた。


 ゆかりはマサオミの視線に気づき、小首を傾げながらマサオミに聞いた。


 「マサオミ様?どうしたのですか?」


 「なんでもない」


 「.....そうですか!帰ったら一緒に大福を食べましょう!」


 「ああ」


 そこから1時間ほど散歩を続けた後に屋敷に戻った。ゆかりはマサオミの手をグイグイ引いて、早く行きましょう!と言うように応接室へ向かう。


 「マサオミ様!今日はいっぱい大福を作ったのです!一緒に食べましょう!」


 応接室に入り、されるがままのマサオミをソファに座らせた後、ゆかりは一度退室してお茶と大量の大福を乗せたお盆を持ってやってきた。

 慣れた手つきで湯呑みをマサオミの前に置き、お茶を注ぐ。湯呑みからは温かそうな湯気が立ち昇る。


 そしていつも通りマサオミの隣に座り、笑いながらマサオミを見て言った。


 「では召し上がりください!」


 「ああ」


 マサオミは積まれている豆大福を手に取り、口に運んだ。口内に甘じょっぱい味が広がる。


 「うまい」


 ゆかりは嬉しそうに微笑みながら、空いたマサオミの左手を右手で握る。

 マサオミは特に気にせずに大福を食べ続ける。


 10数分が経過した。


 ゆかりはまだ大福を食べ始めることはなく、マサオミの顔を見つめ続けていた。流石のマサオミも疑問に思う。行動には出ていないが、脳内では首を傾げていた。


 手に持って大福を置いて、ゆかりの方へ顔を向ける。マサオミの瞳が大きく見開いた。





 ゆかりは涙を流していた。静かに微笑みながら、それでもポタポタと雫を膝上に落としている。


 「!、どうした?」


 「.....え?何がですか?」


 少しの沈黙のあと、ゆかりは今気がついたように焦って服の袖で目元を拭う。

 そして、左手で口元に触れて、口角を上げて見せる。


 「すみません!多分疲れですね!」


  「.....だが」


 「私も食べますね!どうですかマサオミ様!美味しいですか?」


 「ああ」


 気にするな、と言うことだろうか。だがなぜ涙を......

 もしかして体が痛いのか?どうすればいい。俺にできることは


 そうだ。


 マサオミは右腕をゆかりの腹に伸ば.....

 そうとして止めた。


 ゆかりは、女性の体に触れるのは良くないことだと言っていた。これはできない。なら何をすればいい?わからない。


 マサオミは考え続けた。たまに大福を食べているゆかりを見ながら考え続けた。

 答えは出ない。何をすればいいのかも。何を言えばいいのかもわからない。どうすることもできなかった。



 あれから時は経ち、マサオミとゆかりは共に夕食を食べ終わり、マサオミが帰ろうと立ち上がる。


 その間会話は少なく、ただひたすらにゆかりがマサオミを見つめているだけだった。


 ゆかりに見られている時は、安心していたのに今日はなぜだか安心できなかった。ずっと疑問が頭を回り続けていた。


 ゆかりは立ち上がる前にマサオミを引き留めた。


 「お待ちください。マサオミ様」


 体を停止させて、座り直す。


 「なんだ」


 ゆかりは懐に手を伸ばし、ラッピングされた一輪の花を取り出した。それを両手で大事そうに握り、マサオミへ差し出した。


 「マサオミ様!これを受け取ってください!」


 マサオミは大人しくその花を受け取り、ジッと花を見る。ゆかり色の星形の花、気品が感じられた。


 「桔梗の花です!」


 マサオミは花から顔を上げて、ゆかりの顔を見た。


 なんだ。その表情、なんなんだ。

 

 マサオミはずっと考えていた。朝、顔を合わせた時から同じことをずっと.....


 ゆかりの様子が4日前からおかしいことには気がついていた。気がついてはいたが、何がおかしいのかはわからなかった。


 それでも初めて見るものは何もなかった。だから大丈夫だろうと思っていた。ゆかりは再会した時からずっと変だったから


 でも、これは知らない。こんな顔を見たことがない。マサオミの知っているゆかりの表情は、いつも微笑んでいたけど鮮やかだった。


 マサオミにはわかっていた。再会したあの日から、ゆかりは微笑んでいたけど、微笑んでいなかったことを


 その感情の意味はわからなかった。でも気づいていたのだ。ゆかりが嬉しそうなことも、悲しそうにしていることも、なんとなくわかっていた。

 それでも、こんな顔はしていなかった。


 なにかを諦めたような、そんな笑顔をしていた。


 わからない。わからない。なんだそれは。知らない。


 「マサオミ様、花冠と桔梗の花。大切にしてくださいね!」


 ゆかりはマサオミに近づこうとして、やめた。伸ばそうとする右手を抑えるように左手で握る。


 「私を...........いえ」


 ゆかりは何かを言おうとしてやめた。

 そして笑顔を消す。完全な無表情になった。


 「.....北点傭兵団団長、ザイテン様。本日この時より依頼は終了とします。」


 その表情は、貴族としてのゆかりのものだった。とても冷たく、冷徹で、感情が感じられない。


 「なぜだ」


 「.......話はこれで終わりです。どうぞお帰りください。」


 それだけ言うと、ゆかりはマサオミの横を通り過ぎて、部屋から出る直前に背を向けたまま


 「もう来ないでください」


 マサオミは使用人に屋敷を追い出された。


 桔梗とシロツメクサの花冠だけを持って


 私練乳が好きだったんですよ。そうです。いちごにかけて食べるアレです。練乳が好きすぎた幼少期の私は直飲みしていたんですけど、それを父に見られてしまったんです。普通に怒られました。

 全部練乳のせいです。

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