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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

魔王と勇者は恋仲です

魔王と勇者は恋仲です。~光の聖女が来訪です【中編】~

作者: 万千澗
掲載日:2026/05/06

【魔王と勇者は恋仲です。】

https://ncode.syosetu.com/n7762kg/

【魔王と勇者は恋仲です。~光の聖女が来訪です【前編】~】

https://ncode.syosetu.com/n0269lf/

 朝陽が顔を出してから数時間が経過し、交易都市サンドリアは人で賑わい活気に満ちる。

 見つめていると吸い込まれそうな青空で生気が籠る光を放つ太陽は、点々と薄く浮かぶ白雲を無視するには十分な存在感を示している。


 空から注がれる栄養分に喜んでいるかのように騒めくサンドリアの東部にある森林地帯。

 港湾都市テルダムとの間に生い茂るこの森は瘴気が薄いため魔物の数は少なく、生息している魔物も新人冒険者が相手に出来る程度のものだ。


 そんな平和な森を目の前に集結する三人の少女。

 

 かつて“魔王”と呼ばれた少女――マオ。

 腰まで伸びたその艶やかな黒髪は漆陶のように陽の光を美しく反射させ、人を惑わすには十分な魅力を持つ深紅の瞳が目の前の森を不敵に見据える。

 膝上で丈が揺れるスカートとピシッと決まったホワイトシャツは若々しく、黒のロングコートと膝下まで伸びたブーツが大人の魅力を醸し出す。


 今もなお人類最強と称される“鎧の勇者”――ユウ。

 透き通るような青い瞳と一切の穢れがない雪のような白い髪はその毛先が紺色の襟元で静かに揺れる。

 同年代の少女よりは高い身長と、全身に纏う白銀の鎧が威圧感と圧迫感を出してはいるが、ショートパンツとハイソックスの間に僅かに見える色白の肌が、少女の魅力を強烈に印象付ける。


 そして聖騎士最高戦力にして女神の依り代とも謳われる“聖女”――ルミナス。

 小柄な体を純白の清い装束が包み込み、緑の中に一際映える白百合のような汚れなき存在感を引き出している。

 その一本一本に価値が付きそうなセミロングの柔らかな金髪は肩から胸元に掛かり、前髪の隙間から神秘的な美しさを覗かせる瞳は普段は芯のある強さを感じさせるが、今はどこか眠たそうに気力がなかった。


「ルミナス、大丈夫? あんまり眠れなかった?」


 陽光の明るさとは対照的なルミナスの曇り顔をユウはその澄み渡る青い瞳で覗き込む。

 突然視界に映り込んだユウの顔、その端麗なインパクトにルミナスの心臓は強く打ちつけられて数歩後退り、赤くなった顔を手で隠して平静を取り繕う。


「い、いえ大丈夫です。今目が覚めましたので」


「ふん、不眠は美容の大敵だ。それに寝ないと大きく育たないぞ」


 マオはルミナスに自身のプロポーションを見せつけるようにしながら挑発する。

 しかしルミナスはこれまた自信に満ちた顔で答えた。


「心配ご無用。わたしのお母様はマオさん以上に抜群の容姿をしてます。同じ血を引いてるわたしも将来的には安泰なのです。幼児体型とかロリ様とか聖女ちゃんとか散々弄ってくれた人達を見返すのが今からでも楽しみです」


「その言い草だと私以外にも言われてたんだな……」


 聖女という大層な敬称を持つルミナスの虚しい計画にマオは憐憫の視線を送る。

 その視線に少々気恥ずかしさを感じながら、ルミナスは仕切り直すように今日の目的を確認した。


「それで今から何をするんですか? わたしが手伝うという事は女神様の力が必要ということですよね?」


「そう。アタシがサンドリアの冒険者ギルドに登録しに行った時、ちょっとした依頼を受けてね。この森で大型魔物の影を見たっていう情報を受けてサンドリアの一級冒険者パーティーが調査しに行ったんだけど森で行方不明になったのよ」


「この森でですか? ですがこの森にはそれほど強力な魔物は生息していないはずですが……」


「一級冒険者パーティーの行方不明事件についてはこの森にいた魔族の仕業で解決したわ。ただそもそもの大型魔物の影っていうのが引っかかってね。アタシの感知スキルでも反応しなかったし、何度か調べてはいるんだけど進展なしなのよ」


「見間違いという可能性は? 新人パーティーの場合ストレスに慣れてなく、滝の音と魔物の呻き声を聞き間違えたなんて話もあるそうですし」


 ルミナスは冷静に可能性を提示するが、その可能性はすでにユウの中にもあるようで。


「もちろんその可能性もあるわ。一応その影を見たってパーティーに話を聞いたけど気が動転してるみたいだったから。けど、その可能性を証明するには他の可能性を払拭しないといけないのよね」


 消極的事実の証明。

 存在しないということを証明することは極めて困難だ。


「お姉様の言っていることは理解できますが、お姉様の力で見つからないのであればもうお手上げでは? わたしの感知能力はお姉様よりも劣りますし」


「それがそうでもないのよ。マオが少し心当たりがあるみたいでね」


 ユウに話を振られてマオはとある魔族を思い浮かべる。


「ああ。そいつは実体を影に、影を実体にする魔法を使っていた。あいつなら森の影に魔物を潜ませることも可能だ。ユウや私があぶり出そうとすればこの森そのものを消し炭にすればいい話だが、そのプランはユウに怒られたから却下だ。そこでお前の出番ってわけだ。聖典の中には広範囲に浄化の光を展開するものがあっただろう。それでこの森一帯を浄化してくれ。広すぎて無理というのであれば無理強いしないが」


「あまり甘く見ないでもらえます? 森一帯に力を使うことくらいどうってことありません。ですがあの技は効果範囲こそ広いですが、威力はそれほど強くありません。その魔物にダメージを与えられるかどうか……」


「それは問題ない。あくまで正体をあぶり出すためにつつくのが目的だ」


 件の森林地帯は大の大人でも土地勘が無ければ迷うに十分な広さを誇る。

 これほどの範囲に力を使うのは聖騎士長や教皇ですら難しい。

 だがこの場にいるのは人類最強と魔王。

 聖女の力に驚くことなく話を進める。


「分かりました。では始めます」


 そう言ってルミナスは数歩歩いて森へと近づく。

 金色の錫杖を構え、目を閉じて呼吸を整える。

 それは集中しているというより祈りを捧げているようで。


「“聖き御声を響かせる女神様よ・我が祈りを導きたまいて・影を祓う聖天の煌輝を注ぎ給え

”……聖典第七章四節――聖赫玲瓏(セイカクレイロウ)


 ルミナスの身体から溢れる光の力。

 一切の穢れがない澄み切った活力みなぎる波動に、大気は歓喜を表すかのように震え、大地は心地よさに浸るかのように鎮まっている。

 玉のような声から発せられる祈りに反応するかのように、森林地帯の中央、その頭上に太陽の如き存在感を見せつける巨大な光球。

 

 その輝きは常人であれば手で目を覆ってしまうほどだが、その光はとても優しく温かい。

 閃光耐性のあるユウは聖女として力強さを感じさせるルミナスの背中に微笑み、魔族にとって毒となる浄化の光をマオは何食わぬ顔で見つめる。


 森全体が太陽の光を浴びているかのように青々と輝き、葉擦れの音はまるで歌っているかのように感じさせる。

 

 自然の生命力が満ち満ちている中、恵みの光源を黒い一閃が切り裂いた。


「なっ――――」


 突然のことにルミナスの研ぎ澄まされた集中力が驚きでプツリと切れる。

 光球は森全体を照らすほどに高く、そして大きい。

 それに込められた力の密度は凄まじく、簡単にどうにかできるものではない。


 それをいとも容易く切り裂き、二つに割れた光球は散り散りに光の粒子となって霧散する。

 状況が分からず立ち尽くすルミナスだが、呆気に取られている余裕などない威圧感が森の奥から感じ取れてすぐさま身構える。


「まったく……忌々しい力で我の気分を逆撫でするのはどこの誰だ?」


 その足音は重々しく、踏み出すごとに大地の悲鳴が聞こえるようだ。


「数百年ぶりの地上だが、最悪の門出ではないか」

 

 その声は不機嫌そうで、魔物の唸り声以上の威圧感を感じさせる。


 海から陸に上がってくるかのように、その存在は影の中から姿を現した。

 身長は二メートルを超える巨漢、全身を包み込む黒曜の輝きをした漆黒の鎧は骨董的な価値と呪物的な雰囲気を混在させる。

 前に突き出ている兜から覗かせる眼光は不吉の象徴のように赤く、見られた側は猛獣に睨まれている気分だろうが、向こうは目前の存在を狩りの対象どころか石ころ程度の興味しか持っていない。


 存在の輪郭をぼやけさせる、力強く可視化された禍々しい魔力が全身から溢れて、ルミナスの聖なる力が対抗するように呼応する。


「ほう、あれほどの力……騎士団の仕業かと疑ったが、いるのは人族が一人と女神の盲信者が一人と……何故魔族がここにいる?」


 その存在はマオの姿を見て怪訝な感情を向ける。

 魔族が人族とつるむのは珍しいけれどあり得ない話ではない。

 だがすぐそばに女神の祝福を受けている存在が控えている。


 彼女の身体から漏れる聖なる力は魔族にとっては毒でしかない。

 利があっても関わらないのが魔族としての本能であり習性だ。


「マオさん、この魔族とお知り合いですか?」


 マオが心当たりがあると言った場所にこの禍々しい存在が現れた。

 目の前の騎士風の存在が魔族であることは女神の信徒でなくとも理解できる。

 後ろで控えるのは仮称だったとはいえ魔族の王と呼ばれた存在。

 そして目の前の存在もまた、魔族の王に引けを取らない存在感。

 ルミナスに聞かれてマオは冷静に答えた。


「黒騎士、暗黒騎士、亡霊や悪霊……奴に付けられた名は数多く存在するが、最も通りのいい名を言うのであれば――――六冥尊が一人、“影軍(えいぐん)のシャディルデア”」


「シャディルデア!?」


 マオから語られる名前にルミナスは戦慄せざるを得ない。

 数百年前、その魔族は国を築き北方の大地を支配していた。

 北方区域が高濃度の瘴気で包まれているのはその名残とも言える。

 

 ただ当時の文献などは少なく、北方区域として魔王が君臨した以降のイメージが強すぎるあまり、そのほとんどの歴史は眉唾物の伝説と化している。

 

 しかしながら女神の祝福を受けた聖騎士団所属の身として、世界を導く存在である聖女という身として、ルミナスは知っている。

 その伝説として語られた話は全て空想のものではないことを。


「当時では考えられないほど発展した文明、一国を一夜にして滅ぼすことのできる軍事力。教会の歴史として確かに存在していた北の帝王。教会の戦力では手に負えず、シャディルデアの国と不可侵の協定を結んだという記録がありました」


 教会が魔族と協定を結ぶなど言語道断だ。

 しかしそうせざるを得ないほど、シャディルデアという魔族の存在は大きかった。

 ルミナスの認識にシャディルデアは兜の下に笑みをこぼす。


「ほう、懐かしい話をするではないか。”存在していた”ということは今は表では抹消された記録なのだろうな。まあ無理もない。不可侵の協定と言えば聞こえはいいが、その実態は我が侵攻しない代わりに人間の生贄を月に百人用意させたのだからな」


「なっ――――」


 それはルミナスですら知らない話で動揺を隠せない。

 女神の祝福を賜った身として、教会は民を守る為に在らねばならない。

 だが当時は多くを救うために少数を犠牲にせざるを得なかった。


 その選択は理解は出来るが、ルミナスにとっては簡単に納得できるものでもなく、シャディルデアの言葉を疑ってしまう。

 しかしながら、シャディルデアの口から語られた教会の消し去りたい歴史を後方で控えるマオが肯定する。


「信じられないかもしれないが奴が言っていることは事実だ。私が知る限りでも教会は奴に万の人族を提供している」


 まるで見たことがあるかのような口ぶりにシャディルデアはマオに目を向け記憶を辿る。


「つまり貴様は我の城に出入りしていたということか? はて、貴様のような魔族に身に覚えが――――」


 思い出した、というより何かに気が付いた沈黙。

 シャディルデアは兜によって表情が見えないが、カタカタと鎧から音がするほどの小刻みな震えがシャディルデアの感情を表していた。


 それは歓喜のようでもあるが、憎悪のようにも感じ取れる。

 気が付き、疑って数秒、そしてシャディルデアの中で確信に居たり高らかに笑った。


「フハハハハハ!! その影、その魔力――――そうか貴様か。それが貴様の真の姿ということか! ならば正体を隠していたのも合点がいく」


「久しいなシャディル。百年ぶりか?」


 友人とかわすような掛け合いに、ルミナスは警戒を強める。

 そしてユウは冷静にマオに訊ねた。


「随分と親しげだけど、アイツはマオの友人?」


 ユウがマオに向けた問いかけ。

 しかしそれに答えたのはマオではなくシャディルデアだった。


「親しげ? 友人、仲間、知己……我が此奴に向けるのは殺意と憎悪。我の最も忌み嫌う存在であり、宿敵とも言えよう」


 冗談とは到底思えないほどの怒気が声に込められて、表情が見えずともシャディルデアの殺意は全員が感じ取れた。


「マオ、アイツに一体何したのよ……」


「はて……まったく身に覚えがないんだがな」


 マオはシャディルデアとの記憶を掘り返すが、向けられた感情にまったく身に覚えがなく首をかしげる。

 その様子はシャディルデアが苛立ちに声が震えるのに十分だった。


「覚えてないだと? 貴様が我にした所業は数多くあるが、我が最も許せないのが我が魔法を侮辱したことだ!」


「待て、本当に身に覚えがないんだが?」


 シャディルデアの怒りにマオは濡れ衣だと抗議する。

 しかしながらシャディルデアの怒りはとても勘違いとは思えないもので、仲介するようにユウが割り込んだ。


「ちなみにアイツの魔法ってどんなの?」


「奴は影から実体を生み出し、実体を影に取り込む。まあ見た方が早い。シャディル、お前の魔法を見せてやれ」

 

 今シャディルデアは怒り心頭だというのに、マオは無神経に命令する。

 その態度が余計に怒りを募らせるも、シャディルデアは冷静に対応した。


「よかろう。我が魔法、しかとその目に焼き付けるといい。実影魔法(シャドウマジック)――【影霊顕現(エピファネイア)】」


 シャディルデアから感じ取れる禍々しい力が渦巻くのを感じ取り、敵意や殺意は無さそうだがルミナスは身構えて臨戦態勢を取る。

 どこからともなく響く馬の嘶き。

 徐々に近づくドコドコと激しい足音に呼応するように、ルミナスは緊張で鼓動が速くなる。


 そしてシャディルデアの横、森の影から丘を駆け上がるように黒馬が前足を大きく上げて飛び出した。

 幻聴のように反響していた甲高い声も、今では周囲を威嚇するようにはっきりと力強く声を上げる。

 象のような巨躯、大地を抉りかねない筋肉質な足、赤い目つきは鋭く荒々しいものの、落ち着いた尻尾や凛とした佇まいは騎士のよう。


 影が形作る漆黒の剛体をシャディルデアと同じく全てを飲み込む暗闇の如き魔力が包み込んでいる。

 もしこの馬を魔物として捉えるのであれば、一級冒険者が相手してようやく勝てるかどうか。

 それほどの威圧感を黒馬は醸し出していた。

 

「あれがシャディルの実影魔法。生物だろうが植物だろうが、影を取り込み自由に実体化出来る魔法。この魔法がよく出来ているのは、実体化したものはシャディルの支配下に置かれるが完全にコントロールするわけではない。だから魔力消費は召喚時や取り込み時のみというコスパの良さ。それに召喚された生物は疲れを知らず、食事や睡眠も不要。奴が治めていた国が高い文明力と軍事力を持っていたのはこの魔法の力が大きい」


 本来文明が発展するには人口はもちろん、その人口を支える食料や資金、人そのものの疲労や睡眠など様々なものが必要になってくる。

 しかしシャディルデアの魔法によって召喚された生物は食事や睡眠は不要、休憩なしで働かせても文句を言わず、雨が降ろうが嵐が来ようが行動可能。

 すなわち資金、資材さえあれば最速で文明を作り上げることが可能だ。


「なんて恐ろしい力。このまま放っておくわけにはいきませんね」


 シャディルデアの総戦力がどんなものか測り知れない。

 疲れを知らず恐怖を知らず躊躇を知らない、そんな軍団がもし周囲の都市を襲い始めたとしたら――。

 各都市の近衛兵、冒険者ギルドや聖騎士団、他の種族の自警団など合わせても対処しきれない。

 鎧の勇者と聖女が揃う今この場で何とかしなければ、いずれ被害は甚大なものとなる。


 逃がさないと言わんばかりにルミナスは構えるも、シャディルデアの眼中に聖女はいない。


「この百年、忘れもしない。我が影の軍団。漆黒の装備、その圧倒的機動力、手足をもがれようと動く生命力、あらゆる勢力を蹂躙出来る数の暴力。我が崇高なる魔法を、貴様は……貴様は――――まるでゴキブリだなとぬかしおった!!」


「あっ……」


 シャディルデアの怒声にマオは心当たりがあったのか腑に落ちた表情をした。

 その様子にユウもルミナスもマオを見て同じ感想を抱いた。


 ――それはマオ(マオさん)が悪い……。


「人の魔法を盗む貴様には分からんだろうが、本来魔族にとって魔法とは生涯をかけて探求するテーマとも言える。我が魔法もまた例外ではなく、どの魔法よりも優れて偉大だという自負がある。それを貴様は害虫と同じだと……」


「いや、私は精一杯褒めたつもりで……」


「だとしたらマオのセンスが悪い」


「おいユウ、なんでお前まで私の味方じゃないんだ」


「ま、まあゴキブリさんは益虫の側面もありますから……」


 シャディルデアはもちろん、ユウやルミナスでさえマオの肩を持つものはいなかった。

 ルミナスが言葉を繕いながらフォローを入れるのが唯一の配慮だった。


「この百年、我は貴様に受けた屈辱を晴らすため、そしてそもそもの始まりである雪辱を果たすために力を蓄えてきた……」


 シャディルデアから漏れ出す邪悪な覇気。

 空気に悪寒が走り、大地は怯えて震える。

 

 その嵐のように荒々しく渦巻く魔力の波動に、ルミナスだけでなく今度はユウすらも警戒を強める。


 しかしそんな二人よりも、シャディルデアの眼中には今もなお淡々としているマオしか見えておらず、宣戦布告の指を差す。


「さあ、我から奪った根城、返してもらうぞ!!」


 シャディルデアの宣戦布告に、マオは数秒の沈黙。

 そして何かを思い出したかのように口を開いたかと思えば、今度は今までの飄々とした態度が嘘のように目を泳がせた。

 その様子に戸惑うシャディルデアだが、勢いよく宣戦布告した以上マオの出方を待つしかない。


 ルミナスもまた、その状況に困惑する。

 ユウはとある可能性を感じ取りマオに視線を流した。

 マオはユウの視線を受け取り小さく頷くと、悪事がバレた子供のように頬をかきながらシャディルデアの方を向き、


「……スマン、あの城消滅した」


「は? ……はぁあ!?」


 騎士のように古風で厳格なシャディルデアの様相から想像もつかない素っ頓狂な声が漏れる。

 怒りに声を震わせることはあっても厳格な雰囲気を保っていたシャディルデアだったが、マオのカミングアウトに動揺を隠せない。


「し、消滅? 我が財力と建築技術をもって作り上げ、砲弾の雨ですら防ぎきるあの傑作の城が……消滅? はっ、ぇえ……はぁ?」


「一年前に勇者がやって来て、その戦いでな。塵一つ残ってないから崩壊でも瓦解でもなく消滅した」


 と、消滅した原因その一が理由を語り、


「ていうかあの魔王城ってマオのじゃなかったのね……」


 と、消滅した原因その二が城を思い出す。


「いやでも私は奪ったつもりはないぞ。お前が良い感じの城を建てたから居座ってたら勝手にお前が出ていって、てっきり私にくれたものだと……」


「なわけなかろうが!!」


 当時のやり取りを知らないユウとルミナスも、おそらくシャディルデアの言っていることが正しいのだろうと小さく頷く。

 

「我が出て行っただ? 勝手に居座っては好き放題に使いまわし、最初は一室程度で我が放っておいたのをいいことに、徐々に浸食を広め、挙句の果てには文句一つ言わせてもらおうとした我を魔法で転移させて追いやったのは貴様だ!!」


「……あぁ、確かにお前が居なくなったのは確かにあのタイミングだったような……」


 マオは当時の事を思い出す。

 その時にはすでに魔王城の玉座がある大広間に居座り、本来シャディルデアが座るはずの椅子を我が物顔で座りながら本を読んでいた。

 そこで怒り心頭で扉を強く開けたシャディルデアが何かいろいろ叫んでいた気がするが、読書に集中するために魔法で東の方へ飛ばした記憶はある。

 

 それ以降、シャディルデアは城に帰ってくることはなかった。


「挙句の果てにこの我を差し置いて魔族の王? 貴様はどれほど我をコケにすれば気が済むのだ!!」


「「それは本当にマオ(マオさん)が悪い」」


 ユウとルミナスはついに思っていたことを口に出してしまう。

 さすがにマオも悪いと思ったのか、申し訳なさそうにはしている。


「ほらマオ、ちゃんと謝りなさい」


「……すいませんでした」


 ユウに優しく頭を押されて、マオは頭を下げる。

 ユウもまた腰を曲げて軽く頭を下げてシャディルデアに謝罪する。


「本人も反省しておりますのでどうか気を鎮めてくれない?」


「貴様は其奴のなんなのだ……」


 シャディルデアにとってマオは忌む相手とはいえ、仮にも宿敵と呼べる相手。

 そんな相手が人族と一緒に居るだけでなく、あろうことか頭を下げさせられている。

 そして人族から感じる圧倒的な存在感。

 ようやくシャディルデアはユウをしっかりと認識した。


 威圧するために人族なら吐き気を催す魔力をぶつけてみるも物怖じすることもない人族。

 数百年生きていて、このような人族に会ったことはなかった。


「貴様、一体何者だ?」


 シャディルデアの眼光がユウを目の前に鋭く光る。

 本来なら萎縮してしまうほどの睥睨をユウは気にも留めない。

 

「アタシはユウ、見ての通り人族よ」


「何故人族如きが魔族を従える? 何故人族如きに魔族たる貴様が従う?」


 魔族は利用価値があれば人族とつるむこともある。

 だが魔族としてのプライドが人族の下になることを本来許さない。

 魔族なら誰もが抱く純粋な疑問をシャディルデアはマオにぶつける。


「私はコイツのものであり、コイツは私のものだ。従属でも隷属でもない対等な関係――恋人ってやつだな」


 まさかの回答にシャディルデアは言葉を失う。

 

「恋人……。フフ、フハハハハハ!! 魔族と人族が恋仲? なんの茶番だ? 我ら魔族は他の種族とは分かり合えぬ。これは文化的でも、価値観でも無い。生物として我らは相容れぬ存在だ」

 

 魔族は瘴気の濃い場所を好み、魔法は瘴気を生み出す。

 それは他種族にとって害であり、魔物にとっては空気そのもの。

 生物として共存できる存在ではない。


「確かに、私達魔族は他種族と共存するにはいろいろと不便な生命体だ。だが不便ということは不可能という訳ではない。共存に必要なのは歩み寄りだ。私達が魔族としての在り方を自制すれば共存は十分可能だ」


「それはつまり魔力を使わぬということか? 魔法を探求しないということか? 他者を利用しないということか? あまりに滑稽だな。何故我らが人族如きに迎合せねばならぬ? 何故我らが種族的アドバンテージを抑えねばならぬ? 他が我らに従い、ひれ伏し、媚びる。共存の道はこれしかあり得ぬ」


「見解の相違だな。実に魔族らしい」


 魔族とは自分がすべてであり、他人はたとえ同種であろうと自身の為の道具でしかない。

 マオの方が異質な論であることをマオ自身も理解している。

 だからこそシャディルデアに理解してもらおうとも思っていない。


「だが貴様が現を抜かしているのもまた事実。ではその覚悟を見定めさせてもらおう。そこの女神の手先と貴様の恋人を殺せ。さもなくば我は人族……いや獣人やエルフなども踏まえた人類そのものを滅ぼす。手始めにあの街を滅ぼそうか」


 シャディルデアはサンドリアを指す。

 その条件にルミナスは驚き、ユウは冷静に状況を見守る。


「そこの人族らは貴様の所有物だろう? 自らの所有物を破棄してでも無関係な人類を守るのか、それとも無関係な人類を見捨て、自らの所有物を守るのか。理想か本能か、貴様はどうする?」


 人類を見捨て、自身のものを選ぶ。

 それは魔族の本能である己が欲望に従うと同義で、マオの語る共存の道はあくまでマオが取捨選択の自由を持っているが故のものとなる。

 それはシャディルデアが言った他種族が魔族に従う力関係での共存と同じだ。


 だが人類と対等な共存を望んでいることを証明するためには、マオはユウとルミナスを殺すという魔族として非合理的な選択を取らねばならない。


 と、言うのがシャディルデアの狙いなのだが――――、


「は? シャディル、お前は何を言ってる? ユウを殺すわけがないだろう。そこの小娘は……まぁ考えといてやる」


「ちょっとマオさん!? なんでわたしは悩むんですか?」


「いや私からユウを取ろうものならついやってしまう可能性が過ぎって断言出来なかった」


「ついみたいな軽い感じで殺意を抱かないでください!」


 あれほどの啖呵を切っておきながら結局は自分のものを選ぶ魔族らしい姿に、シャディルデアはつまらなそうにため息をつく。


「フン、高尚な理念を掲げようが、立派な理想を抱こうが所詮貴様は魔族だったということか……」


「勘違いするな。お前の出した話はいろいろと前提が破綻している」


「何?」


「お前の話は私達が人類の生殺与奪の権を握って初めて成り立つ。だが生憎、私もお前も人類を殺すことは出来ない。子供が玩具の剣で大人を人質に取り交渉しようとしているようなものだ」


 マオの言っていることがシャディルデアには理解が出来なかった。

 だがマオに侮られているような言い回しにシャディルデアの苛立ちは募るばかりだ。


「我が人類を殺せないだと? 貴様の比喩では我が人類を滅ぼすには実力不足と言っているように聞こえるが?」


「その通りだ。ここにユウがいる限り私達魔族は人類に手を出すことが出来ない」


 マオはユウの肩に手を乗せて自慢げに語る。

 だがユウの実力を測りかねているシャディルデアにとってはマオの言葉は理解に苦しむ。


「フン、たかが人族に何が出来る。確かに異様な雰囲気を感じ取れてはいるが所詮は人族。其奴に比べればまだ女神の信徒の方が可能性がある」


「それは聞き捨てならないな。良いだろう。ユウの素晴らしさについて教え込んでやる。そこに座れ。まずユウの扱うスキルは人族の中でも――」


「やめんかい!」


 プレゼンを始めるマオをユウは恥ずかしげに頬を赤らめながら頭を叩いて強制的に止める。

 不満げな眼差しをユウに向けるマオだが、展開される茶番のようなやり取りにシャディルデアは大きく息を吐く。


「実にくだらん。これ以上の問答は時間の無駄のようだ。ならば人類を皆殺しにし、貴様の理念と理想の崩壊をもって我が復讐としよう」


 シャディルデアの邪悪な魔力の波動に呼応し、生み出された影の馬が前足を上げて大きく嘶く。

 何か来ると感じたルミナスは警戒をさらに強め、ユウすらも構えるほどではないものの意識を集中させる。


実影魔法(シャドウマジック)――【影世界(コスモス)】」


 先ほどまでの快晴が嘘のように、世界に蓋がされる。

 曇天と言うには禍々しく悍ましい黒雲。

 光が荒々しく迸り衝撃波が轟く空を見上げて第一に抱く印象は雨の兆しではなく世界の終焉。

 

「マズいッ――」


 何かを察したマオは両手を空に向ける。

 練り上げられる高密度の魔力がマオの魔法発動の余波として空気を震わせる。

 シャディルデアの邪悪な魔力とマオの高濃度高密度魔力に挟まれて、緊張感がルミナスの鼓動を強く早く打ち付ける。


再現魔法(トレースマジック)――領域術式(テリトリースペル)拒む圏域(リジェクション)】」


 マオから高濃度に圧縮された魔力が放出されてサンドリアの街全体を覆う魔法陣が展開される。

 突然の天候変異と突如として空に描かれる模様にサンドリアの街は混乱とパニックに陥っていた。

 だが今のマオにデリケートな配慮などする余裕もない。


 サンドリアの第二層までは完全に、第三層の一部すら下に置く巨大な魔方陣。

 その魔法陣からカーテンのように虹色の輝きが下りてサンドリアの街を覆い隠す。

 半透明で反対側が見えるとはいえ、サンドリアの人々に緊張感と閉塞感をより一層与えてしまう。


「マオさん! 一体何したんですか? あまり派手なことをするとサンドリアがパニックに……」


「そこは仕方ない。奴の魔法が完成する前に私の魔法を完成させる必要があった」


「シャディルデアの魔法と言うのはあの空と関係が?」


「シャディルの魔法は実体を影に取り込み、影から実体を生み出す。そしてシャディルの影の実体が生み出されるのはあいつの影と繋がる影。さっき使ったシャディルの魔法は空を黒雲で覆い奴の魔法発動テリトリーを広げる。対して私が使ったのは外部からの魔法や女神の祝福といった非物理的干渉を拒絶する魔法だ。これなら奴の影の実体がサンドリアに現れることもない」


 マオとシャディルデアの魔法の中身を知りルミナスは戦慄する。

 相手は魔法で一国を作り上げた大魔族。

 今見せているのは馬の影のみだが、おそらく人型――影の兵士も生み出せるはず。

 シャディルデアの影につながる影から生み出されるのであれば、曇天によってすべての影がシャディルデアにつながった今、シャディルデアはサンドリアの街中に直接影の兵士を生み出せる。


 そうなれば混乱と殺戮の地獄絵図だ。

 マオの魔法は領域によってシャディルデアの魔法の干渉を拒絶している。

 とりあえずサンドリアにシャディルデアの影の兵士が生み出されることはなくなったのだが、


「まだ安心出来ないぞ。直接干渉はムリだが侵入出来ないわけじゃない。影の兵士が外からサンドリアに入れば結果は同じだ」


「そういうことだ。我が影の戦力は十万を超える。さて、どこまで耐えられるか見ものだな」


「十……万……」


 圧倒的戦力にルミナスの心は絶望で揺らぐ。


「マオさん、あの次元を分ける魔法でわたし達を飛ばせば街に被害は出ないのでは?」


「あれは無意味だ。奴と私達を別世界に飛ばしたとしても奴の魔法発動は止められない。影を伝ってサンドリアのある世界に戻られて終わりだ」


「ルミナス、もうやるしかないわ。マオはここで、アタシは北側、ルミナスは南側。あの魔族の魔法がサンドリアに侵入するのを阻止するわよ」


「ですがお姉様、シャディルデアの魔法の理屈なら西側にも手を回さないと」


「それなら問題ない。西にはギルドとサンドリアの私兵を回す。手始めに【拒む圏域(リジェクション)】が完成する寸前にギルドに居た冒険者っぽい連中を西側に転移しておいた。今はまだ状況を理解してないだろうが、影の兵士が襲ってくれば嫌でもすべきことを理解するだろう」


「そんな勝手な……」


 用意周到なのか行き当たりばったりなのか、マオの手回しにルミナスは突然巻き込まれたギルドの冒険者に同情の念を送る。

 トイレ中に飛ばされた戦斧のゲーゲルにその同情が届くことはないのだが。


「じゃあユウ、聖女。転移させるから任せたぞ」


「マオこそ、皆を任せたわ」


「ああ。再現魔法(トレースマジック)――転送術式(ワープスペル)返送(レシーブポイント)】。ごく稀に転送先で身体がバラバラになるから気をつけろ」


「ちょっと待っ!? 気を付けてってそんなものそもそも――――」


 ルミナスの抗議を最後まで聞かずして、マオの魔法は発動する。

 ユウとルミナスの足元に魔方陣が現れて、浮遊感が二人に伝わる。

 特定の位置に瞬間移動する魔法で、サンドリアの第一層と第二層を隔てる壁の門四ヶ所に移動ポイントを設定している。

 

 ユウの足なら北門まで数分で移動出来るが、ルミナスを南門に届けるついでにユウも飛ばす。

 足元から徐々に消えていき、ユウとマオはお互い信頼のアイコンタクトを交わしてユウは北側に転移する。


 ルミナスもまた、いろいろと不安が残るも今はシャディルデアの脅威が先だと判断し、大人しく転移を受け入れる。

 視界の下から徐々にぼやけて来て、瞬きをする頃には完全に違う場所に立っていた。


 見ていた森林地帯は広々とした平原に変わり、後ろを振り向けばマオの魔法で覆われたサンドリアの街が見える。

 かなりの距離が離れてもなおひしひしと感じるシャディルデアの邪悪な魔力の位置からして、ルミナスがいるのはサンドリアの南側。


 このままサンドリアを背にまっすぐ向かえばいずれは観光都市ヤマトに辿り着く位置。

 それはつまり、ここで食い止めなければ被害はサンドリア以外にも及ぶことを意味する。


 とりあえず肉体は無事なことにホッとするも、安心する余裕はない。

 ルミナスが構えたのは海から陸に上がるように、曇天で生み出された影から人型の影が大量に姿を現したからだ。

 体格や武器は十人十色、人型だけでなく小型から大型の魔物も影となって現れる。


 見えるだけで千は優に越え、シャディルデアの言葉が嘘でないのなら一方向から来る軍勢は約二万五千。

 サンドリアの街中に出てこない分目の前の敵に集中出来るが、気がかりはやはり西側だ。

 

「北はお姉様がいるから問題ないでしょうし、東も……まあ仮にも魔王。六冥尊に後れは取らないでしょう。一刻も早く片付けて西側に応援に向かわないと」


 サンドリアは北方区域が壊滅してから比較的魔物や魔族の被害が減少し、優秀な冒険者のほとんどが大陸西部に行ってしまっている。

 都市の私兵は対人の訓練は積んでいるが、魔族や魔物に対する経験は冒険者より少ない。


 今サンドリアの防衛戦線で一番薄いのは西側だ。

 西の防衛線が瓦解すればそこから影の兵士がなだれ込む。

 そうなればこの戦いはたとえシャディルデアを打倒したとしてもこちらの敗北だ。


「”光源に坐します至高の女神様よ・我が祈りを抱きとめたまいて・高庇賜る聖域の扉を顕現させ給え”……聖典第十章二節——聖天使(アマノミツカイ)


 ルミナスは構えて祈りを捧げる。

 女神の祝福を受け、光の力がルミナスの身体を巡る。

 捧げた祈りに呼応して空に数十メートルはあろうかという巨大な門が現れる。

 白亜の扉に金の装飾が施され、神秘的な雰囲気を纏っている。


 重厚な音が響き渡り、その扉は重々しく開かれる。

 奥から眩い光が差し込み、ポツポツと影が増えていく。

 扉から姿を現すのは純白の翼を背中に持ち、穢れなき白銀の鎧を身に纏う兵士達。

 剣、槍、弓、槌などその兵種は多種多様。

 

 シャディルデアの影の兵士が闇の傭兵とするならば、ルミナスが呼び出した彼らは光の守護者。

 全く対照的な二つの勢力が、混ざり合うように激突する。


 地上はもちろん空中すらも戦場と化し、猛りや叫びなどは一切ないが、剣戟と地響きが戦場の苛烈さを物語る。

 

 ルミナスは戦場を見据えて敵勢力の分析に集中する。

 聖天使(アマノミツカイ)は女神の守護者たる白き軍団を呼び出す。

 聖典の最高位である第十章の技というだけあり、圧倒的な数的物量もそうだが、一体一体の実力に違いはあるものの、ルミナスの場合最低でも二級冒険者に匹敵する実力を持っている。

 そしてルミナスが呼び出せるのは教皇よりも多く、その数一万。


 半数は西側に回せると踏んでいたのだが、ルミナスの想定と異なり戦況は芳しくないのが現状。

 この南側は問題ないが、西側に戦力を回す余裕がない。

 影の兵士も実力はピンキリな点と、動きも元の生物や人の動きが再現されている点から、影の兵士は元の生物の実力がそのままトレースされている。

 そして青白い光が轟いて色濃い影が出来た瞬間、その影からまた影の兵士や猛獣が現れる。

 その影は他の影と違い実力は段違いで、守護者達が複数でかかってようやく倒せている。

 おそらくは生成されるための影が濃ければ濃いほどその実力が跳ね上がるのだろうとルミナスは分析する。


 南側だけでも単純な数は倍以上の想定。

 差し引きした平均で一体につき敵二、三体を倒せるかというと微妙なところだ。

 加えて影の兵士は徐々に追加されるように出てくるので、南側に二万五千体という単純計算もあくまで予想の域を出ない。

 もっと多いかもしれないし、もっと少ないかもしれない。

 となればルミナスがここを離れるわけにもいかない。


「一刻も早くこの場を片付けなければなりませんね」


 西側の防衛が怪しい以上、南北東で少しでも多く敵の戦力を削り、西側に回す予定だった影の兵士を南北東に回させるしかない。

 錫杖を構え、祈りを捧げる。


「“黎明を開く至浄の女神様よ・我が祈りを照らし給いて・闇を穿つ白き光を解放させ給え”……聖典第九章一節——放射聖閃(ホウシャセイセン)


 ルミナスの祈りが届き、錫杖の先が白く輝く。

 劈くような高鳴りを響かせながら、錫杖の先端を乱戦中の戦場に向ける。

 その行動を察したかのように、守護者達は一斉に飛び上がり空へと退避。

 

 ルミナスは身を捻り、錫杖を横に一閃させる。

 浄化する一条の白色光が放たれ、錫杖の動きに合わせて横に薙ぐ。

 地上に居た影の兵士たちは浄化の剣で横に両断され一掃される。


「わたしも本格的に加勢すれば何とかなりそうですね……」


「果たしてそれはどうかな……」


 その声はここに聞こえるはずのない声。

 鼓膜が刺激される度、首元に刃物を突き付けられるような威圧感と圧迫感。

 身の毛がよだつ不敵な笑い声は思い描いた計画を不審に陥らせる。

 

「どうして……ここに……」


 ルミナスにいろいろな可能性が過ぎる。

 六冥尊が一人、影国のシャディルデアの姿が確かにそこにあった――――。




 *****




 サンドリアの南側が数対数の戦場になっている頃、北側では静かな戦いが繰り広げられていた。

 数体の黒い影が襲い掛かるも赤子の手を捻るように軽くあしらうユウ。

 その美しい身のこなしはまさしく平原に咲く一輪の白い花。

 

 だがユウの表情は苦虫を噛み潰したように苛立ちを露わにしていた。

 

 ユウにとってこの影の兵士を倒すことは造作もない。

 影の濃さによる実力の変化、影の持ち主の特徴の継承、影の兵士の大体の数。

 シャディルデアの魔法としてはルミナスと同じ条件のはずなのに、攻め方はまったくの対称的。

 

 数体ずつ、しかしながら途切れないように影の兵士が送り込まれる。

 南側が万と万の戦場ならば、北側は一人と数人が何戦も繰り返されている。

 

 それがユウにとってはやりにくいことこの上ない。

 影の兵士数体はユウにとっては一秒かからず倒すことが出来る。

 だがそれは一秒間に倒せる数も多くてその数体ということ。


 いっそのこと二万五千体が一斉に来てくれればこの北側は数秒で片付く自信があるのだが、こう少数で来られては必然的に北側の防衛に時間を要する。

 ただの雑兵の人海戦術ではなく、戦略性を持った動きをするシャディルデアの統率が活かされた魔法。

 ユウ本人に対しては何ら脅威ではないが、防衛が要のこの戦いにおいては非常に厄介だ。


「やっぱり先に本体を叩いた方が良かったかしら……」


 さすがのユウでもシャディルデア本体を叩くのには時間を要する。

 その間にサンドリアが攻め込まれたらという可能性を考えて、シャディルデアは手数の多いマオに託すことにしたのだが、この采配は結果的にユウという戦力を特定の位置に留める結果となった。


 ユウの後悔を待たずして、背後から現れた存在の一撃をユウは振り返ることなく剣で受け止める。


「ほぅ……只者ではないとは思っていたがこれはなかなかやるではないか」


「アンタこそ、召喚系は本体が弱いってのが物語のセオリーなはずなんだけどね」


 ユウの何倍も大きい躯体から放たれる斬撃をユウはその細腕で軽々と受け止める。

 だが軽く受け止めつつもさっきまで戦っていた有象無象とは違う芯のある重い一撃にユウはようやく振り返りその相手を睨みつける。


「アンタは分身かしら?」


 輪郭が黒く靄がかかるも視界に焼き付くその存在感。

 騎士の甲冑を身に纏うも、放たれる威圧感は邪悪そのもの。

 見た目や声は影国のシャディルデアそのもので、慧眼スキルも本物と断定している。


 だが本体はマオが相手をしている。

 マオが倒されるということはまずないと断定して、シャディルデア本体が影を経由して移動するなら足止めが目的として達成されている北側ではなく、ルミナスのいる南側か防衛戦力が最も薄い西側のはず。

 

 であればここに現れた理由として最も説明がつくのは、東西南北すべてにシャディルデアが存在しているということ。

 そこまで読んでも分身と確定しきれないのは、ユウの慧眼スキルが本物と断定してしまっているからだ。


「影の分身という立場上本体とは言い難いが、我はシャディルデアという存在。そういう意味では本物と言えよう」


「へぇ……じゃあアンタを狩ればシャディルデアという存在を倒したことになるのかしら?」


「試してみるか?」


 ユウは身を捻り背後に剣を一振り。

 剣圧が空気を切り裂き地面を抉るも、シャディルデアはそれを躱す。

 

「なかなかに鋭い剣筋。人族はスキルを扱うらしいが、その剣から……いや身に纏う鎧からも力を感じる。それが聖宝具というものか?」


「聖剣エクスパンド。剣圧を増幅させる程度だけど、力を使ってもすぐ崩れないからお気に入りよ。あと安かった」


 勇者細胞が一定以上覚醒すると顕現する固有武器である聖宝具(せいほうぐ)

 本来は一人につき一つ聖宝具が現れるが、ユウの聖宝具はユウ本体という特殊な状況。

 その能力はユウが扱う武器や防具を聖宝具に変える。

 武器屋で安く買った中古品の剣でも、ユウが扱えば立派な聖宝具になる。


 ただしユウが聖宝具に変えた物は力の発揮回数が決まっており、それを超えると武器が崩壊する。

 魔王城と呼ばれた城を一撃で半壊させた槍は一度使っただけで崩れ落ちてしまった。


「聖宝具使いと剣を交えるのは久しいな。直近の人族は魔骸具(まがいぐ)とかいう聖宝具の贋作を扱う者ばかりだったからな。簡単に倒れてくれるなよ」


「その言葉そっくりそのまま返してあげるわ」


 緊張感が一気に跳ね上がり、数秒の間を待って両者が激突する。

 二人の剣戟は鋭く、早く、力強い。

 剣が交わる度、空気が歪み、踏ん張る大地が耐えきれずひび割れる。

 相手の攻撃を躱せば、押し出された大気が周りを巻き込む。

 そういった二次災害がシャディルデアに加勢しようとする影の兵士を減らしていく。


 シャディルデアもその状況を理解し、最終的にはユウとシャディルデアは一対一で対峙していた。

 北側の戦力を他に回したとすれば、ユウとしてはさっさと北側のシャディルデアを片付けたい。

 そんなユウの思いとは裏腹にシャディルデアはかなり手強い。


 膂力も剣筋の鋭さも勘の良さもユウの方が上回っているはずなのに、なぜかシャディルデアを攻めきれない。

 

「解せない……という面持ちだな」


 数千にも渡る剣戟。

 打ち合った両者は一度距離を取る。

 一呼吸置いたシャディルデアはユウの表情に愉悦の笑声を甲冑の奥から響かせる。


「ええ。すべての能力においてアタシが勝っている。慧眼スキルの情報は確かなはずなのにどうも攻めきれない。何かタネがあるわね」


「御名答。ここまで我と相対することが出来た貴様への褒美として教えてやろう。我の魔法――【影読(ミメシス)】は影に含まれた情報を読み取り、動きを予測し能力値を模倣する。貴様は我が戦った人類、いや魔族を含めて我を越えて最強と言えよう。だがサシでの戦いであれば我は貴様と同等、いやそれ以上の能力を我は発揮することが出来る」


「そういうこと。でもそれだけじゃないわよね? その動き、アタシの動きのほかにいろいろ混ざってるわね」


「ほぅ、人族にしては中々に鋭いな。貴様の推察通り、我は影を喰らいその影の能力を我がものとする。貴様の影はさぞ美味であろうぞ」


 シャディルデアは兜の奥で笑う。

 シャディルデアにとってユウの影は今まで喰らったどの影よりもそそられる御馳走に見えた。

 

「貴様の影を喰らえば我はまた進化する。それも過去の比ではないほどにな。奴との決着をつける前の腹ごしらえには上等な逸品だ。我の糧になれること、誇ってよいぞ」


「そういうアンタはアタシにとって経験値にすらならないこと、十分に恥じなさい」


 二人は構え、再び激突する。

 シャディルデアの黒剣の刃と、ユウの聖剣エクスパンドの刃が衝突する度、天覆う黒雲が揺らめき剣圧でヒビのように割れる。

 

 相手は自分の能力を模倣し、他の影によってプラスの能力も持ち合わせた存在。

 本来なら十分な脅威のはずなのに、ユウは一切シャディルデアを脅威に感じていない。

 

 マオと戦った時は得体のしれない力への警戒心が収まることがなく、攻めきれない状況への焦燥感は募り続け、戦うにはこの世界は脆すぎると苛立ったものだ。

 

 だがシャディルデアは魔族としての位は同じはずなのに、あの時の感情が一切感じられない。

 どうしても他の魔族と同じと思えてしまう。


「……っく!」


 それとは対照的にシャディルデアの内心は穏やかではなかった。

 シャディルデアもまた攻めきれないという焦りはあれど、それとは別の違和感が生まれる。

 

 徐々に鋭さが増していくユウの剣筋、打ち込まれるほどに重くなる剣圧、刃を突きつけられているような威圧感は慣れるどころか強くなる一方。

 相手は人族だというのに、相手は劣等種であるはずなのに――――、


 ――――何故、我が攻め込まれている……。

 ――――何故、我が圧倒されている……。


 【影読(ミメシス)】は問題なく使えている。

 顕著になっていくユウの能力値に比例して、シャディルデアもまた強化されている。

 それでもユウの能力値の上昇に比べて、シャディルデアの上昇は徐々に鈍くなり、やがて止まって、あろうことかマイナスにまで働きつつあった。


「――っぬぉ!?」


 ユウの一閃を受け止めたシャディルデアの巨体が吹き飛ぶ。

 背中で一度衝撃を受けつつも、すぐに身を捻り甲冑で覆われた巨躯に似合わない軽やかな身のこなしで受け身を取る。

 

 追撃を警戒したシャディルデアは片膝をついた状態ですぐさま構えるも、優位に立つユウは追撃はおろか構えを解いて膝をついたシャディルデアを見下ろしていた。


 人族に片膝をつくだけでなく、見下されている現状にシャディルデアのプライドはズタズタだ。

 

「……どういうカラクリだ。なぜ我が膝をつき、貴様を見上げている? なぜ貴様の能力値が上がっているというのに、我は不調に陥っている?」


「立場が逆転したわね。兜の下は解せないって面持ちかしら? アンタの魔法についても教えてもらったし、アンタが抱えている違和感に答えてあげるのが騎士道ってやつかしら?」


「まさか我が人族ごときに教えを乞う時がこようとはな。だが認めるしかあるまいな。貴様は我より数段上手。敬意を表し、聞かせてもらおうか?」


 シャディルデアは立ち上がり構えを解く。

 互いに殺意はぶつけ合えど、問答の時に剣を構えるのはシャディルデアの儀礼に反すると言ったところか。


「人族の耐性スキルは経験を経て適応をもって勇者細胞が進化することで身に付く。アンタの【影読(ミメシス)】でアタシと同等の膂力と動きが出来たとしても、二発も打ち合えばアタシは順応してより強くなる。いわば自分耐性と言ったところかしら」


「それはもはや人族を代表として説明するにはふざけたスキルだな。貴様はすでに人族の領域から外れている。この我が不調に陥っているのがその証拠だ。不調の正体は【影読(ミメシス)】による能力値の上昇速度に我自体のポテンシャルが追い付かず肉体と意識にギャップが生じていたということか」


「自分の魔法が首を絞めることになるなんて間抜けね。マオならこんなことにはなってないわ。そんなのじゃ一生かけてもマオには勝てないわよ」


 その名を出され、シャディルデアは沸き上がる激情を押し殺した。

 人族に初めて感じた敗北感も、マオへの憎悪もすべて糧にして魔力を練り上げる。

 シャディルデアの中に高密度な魔力が収束するのを感じたユウは再び気を引き締める。


「……さて、六冥尊の底も知れたしそろそろ終わりに――――」


 刹那、ユウは自身の身体に起きた異常に僅かに顔をしかめる。

 体はおろか、指先一つ動かすことが出来ない。

 辛うじて視線を動かせる程度だ。


実影魔法(シャドウマジック)――【影縛(ペリオリズモス)】。我の奥手にして最終手段。影を縛り動きを封じる。今まで対峙した相手では魔法発動の条件が厳しい故に発動に至るまでに決着がついていたものだ。我自身もこの魔法は無抵抗の相手を殺すのであまり使いたくはなかったがそうも言ってられないのでな。だがこの魔法を使わせた時点でこの戦いは貴様の勝利と言って良い。この世界では無理だが黄泉の国で自慢してもらって構わんぞ」


「いいの? そんな魔法を使ってもなお負けた場合アンタの自尊心とか崩壊するんじゃない?」


 一切身体が動かせないというのに、ユウの表情には死への恐怖どころか余裕すら見て取れる。

 シャディルデアは剣先を天に向けて構え魔力を込める。

 黒剣に集約した魔力が黒紫の輝きを放ち、溢れ出る瘴気に空気が汚れる。

 ユウが何のスキルを隠しているか分からない以上、止めは高濃度の魔力で肉体を塵にして一気に勝負を決める。


「これで終わりだ。楽しかったぞ、おそらく我が生涯で最強の人族よ」


 シャディルデアは高密度に魔力の収束した剣を縦に振るう。

 一振りで放たれた魔力の斬撃はすでに荒れた大地をさらに抉り、瘴気に満ちた大気を押しのけて真空を生み出し、劈くような音波が世界に響き渡る。


 決着はついた。

 と、シャディルデアの殺意が薄れたその瞬間、シャディルデアの禍々しい魔力の斬撃が横一線に切り裂かれて霧散する。

 シャディルデアがそれを認識したその時には、腸辺りを両断され大地踏み抜く下半身から零れるように上半身がずれていく。


「――なぜ動ける……」


 崩れる肉体から漏れる微かなシャディルデアの問いに、背後で剣の血を落とすように一振りして鞘に納めるユウが冷静に答える。


「影縛り耐性よ」


「……それはまた……デタラメな……スキルだな……」


 そう言い残し、シャディルデアの肉体は霧散した。

 だがこれは本当の決着ではない。

 消えたシャディルデアと入れ替わるように、また影の兵士が続々と生み出されてサンドリアに侵攻を始める。


 切った感覚はあれど、やはりあれはどこまで行っても分身の存在。

 シャディルデア自身がまだ生きている以上、この防衛はまだまだ続く。

 そしてユウの実力が分かった今、再びシャディルデアが出てくるとは思えない。


「多分アタシはこの戦いが終わるまで足止めくらうわね……」


 ――あとは任せたわよ、マオ。


 ユウはそんな思いを抱きながら、影の軍隊へと突っ込んだ――――。


読んで頂きありがとうございます。

他にも作品を書いてますのでよろしければ。

【婚約破棄されたあたしを助けてくれたのは白馬に乗ったお姫様でした】

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