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花やかな毒

作者: 藍の色
掲載日:2026/01/26

笑顔という花を咲かせているアイドルと、それを応援している自分のお話。

誰かの夢を背負い、花のように笑顔を咲かせる。

それを偶像(アイドル)とくくってしまえば、よくあるものだなんて纏められてしまうかもしれない。

それでもその笑顔を独り占めしてみたいと思うのは、あまりにも自己中心的なことなのだろうか。


そうして彼女は、今日もステージの上で可憐に舞う。

その艶のある唇から一音一音、声が漏れ出していく様は……まるで


『花を吐いているようだ』



ーーーー


決して凡人なんかが触れられやしない彼女の名前は、水無月すいれん。

花の名前をモチーフにしたアイドルユニットの中で、目立つ立ち位置に居る彼女は、透き通るような黒髪をたずさえて見るものを魅了した。

儚い表情を得意とする彼女(すいれん)は、いつも少し眉を下げて、愛おしい誰かを見つめるような目線を向ける。

なんて切ない表情なんだ……

そう思った次の瞬間にはにっこりと口角を上げて、目を細めて楽しそうに笑っている。

俺はそんな彼女(すいれん)の豊かな表現に、釘付けだった。


決して凡人なんかが、触れることなんてできやしない……

そうしていつも通り仕事に向かう電車の中で、新しく出たMVを再生しながら、マスクの下ですいれんの表情に感嘆していた。

今日一日仕事に行って、帰ったら夕飯を食べながら生配信を見て、それから……

そう考えていると、いつもの通勤道に一人の女性が道端にうずくまっていた。

大丈夫ですかと声をかけようものなら、きっとセクハラだなんだと騒がれてしまうだろうか。

そう思いながら一度は軽くスルーしたものの、苦しそうに呻く声がどうしても気になってしまった。

善意と保身の狭間で揺れながら、優しい女性が介抱してくれますようにと思いながらも、コンビニで水を買ってその女性の近くに置いたのだ。


「あの、大丈夫ですか?えっと、そこのコンビニで買ったばかりなので、置いておきますから……」


そう言うと口元を押さえていた女性がこちらを見上げるが、その目はよく見覚えのある、あの


「す、」

「すみま、せん。きもちわる、くて」


彼女のすみませんに被った『す』の文字を、びゅっと息を呑みながら体の中に押し戻す。

間違いなく『水無月すいれん』だ……。そう思ったのも束の間、ごほっごほっとうずくまって咳き込む彼女が、苦しそうで見ていられなかった。


「だ、大丈夫ですか。病院、タクシー、救急車を」

「そんなことしたら、ごほっげほっ!」

「あぁ、えっと、何か薬は」


そう言った途端に、彼女の前に、ドス黒い花が散らばった。

真っ黒で毒々しいその花の様子を見ても、なぜか気持ち悪くはならなかった。


「う、どくが」

「毒?」

「この花は毒なんです、絶対にさわらないでください」


そうして彼女が、咳き込んだままのうるんだ目でこちらを見上げた時、俺はぎゅっと心臓が掴まれる思いで彼女と数秒見つめあった。


「わたし、人の嫌な気持ち、吸い取っちゃうんです」

「嫌な気持ち……」

「嫉妬、憎悪、嫌悪、羨望、執着……それが溜まったら、こうして気持ち悪くなっちゃって、花を……毒花を吐いてしまうんです」

「……それでこんなにも」


そういうと、彼女は少し驚いた顔をした。


「気持ち悪い、って言わないんですね」

「あ、いや。気持ち悪いなんて思っていないので」

「初めてです、そんなこと言われたの」


そうして彼女は僕があげた新しい水を、ごくごくと音を立てて飲んでいた。

それはまるで、枯れた花が恵みの雨にひたるように、生き返る思いだっただろう。

ただ、気持ち悪さに胸を抑えた彼女ですら、どの角度から見ても美しかった……


たとえ、毒の花を吐いても、すいれんの美しさは変わらない。

彼女の個人的な秘密は、もちろん誰にも言わずにこのまま黙って立ち去ろう。

そう胸に秘めて背中を向けて去ろうとすると、律儀な彼女が俺を一度呼び止める。


「すみません、あなたはなんで……」

「え、」

「なんで、暗い気持ち、抱えてないんですか」

「どういうことですか?」

「人って、必ず心に暗い気持ちありますよね。そういうのを吸い取ってしまうから、わかるんです。あなたからその気がないことが……そんな人間、出会ったことなくて、驚いちゃって」


そう言って、彼女がたじたじしながら俺を見つめるから。

俺は思わず、少し明るい顔をしてこう言った。


「自分は『花』を見ていると、元気になったり、明るい気持ちになったりするんです」

「花……ですか?」

「中でも、一番可憐な『すいれん』を見ていると」


そう言うと、彼女は少し不思議な表情をした後、顔を真っ赤にさせながら目を丸くしていた。

そんな表情は、今まで一度も見たことがなかったから、俺は一人で嬉しくなった。

これ以上、彼女が他人から、暗い気持ちを貰わないように……

すいれんの毒を、浄化できるような人間になりたいと願った。



ーーーー


そうして彼女は、今日もステージの上で可憐に舞う。

その艶のある唇から一音一音、声が漏れ出していく様は……まるで


『愛を吐いているようだ』



(終)

初投稿の作品を読んでくださり、ありがとうございました。

このお話は、花の毒と人間の感情の表裏一体をとりあつかった、お話です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


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