真実の愛が欲しいなら
最も無用の長物なのは何か。
あなたも一緒に考えてみてほしい。
※約2,500字です。
愛なんか知らないまま徒然なるままにとやらで、どこかに行けないかな。
なにも考えずに乗り込んだ電車はおそらく全席ボックス席で、木製のものが多いせいか懐かしい匂いがした。
観光地に向かう電車なんて何年振りに乗ったかな。
なんとなく通路側の席に腰を下ろし、1フレーム遅く過ぎる景色に目を遣っていると、無情にも色づき始めた木々の中を進んでいき、紅葉は勝手に色づくからいいななんて呟く。
――次は……駅。……駅。
スピーカーかマイクが古いのか、肝心な部分が聞き取れない。
それは他の乗客も同じなんだろうけど、誰も――そう言えば乗り込む時も人はいなかったな。
観光客のどよめきも聞こえないこの車両は乗り降りに不便なんだろうか。
仕事にも恋愛にも愛想をつかされてるのに、これ以上追い詰められると私の心が荒みそうだ。
こういう時は景色でも眺めて、自分の内側に目を向けて悩みの解決の糸口を――
「電車乗れてよかったな~。一本後ろだったら始業時間に間に合わないんだぜ?」
「ハイハイ、よかったですね。じゃあ、ニサワさん手前どうぞ」
足音がしたからつい聞き耳を立ててしまったけど、ジャケットスタイルで清潔感があるビジネスマンが2人乗ってきた。
1人はニサワさんと呼ばれている、上司? 先輩? と思われる30代半ばの男性で、若干鳥の巣っぽいヘアスタイル? が似合っている。
一方は部下なのか30代前半の私と同世代ぐらいの男性で、重い前髪が似合っていて頭の良さそうな人という印象がある。
2人は私の座っている席の通路を挟んだ隣のボックス席に座り、窓側の席に荷物を置くなり仕事の話でもするのかと思いきや、
「ソゴウさんは最近どうなの、恋人いないとか言ってなかった?」
プライベートの話をし始めたので、ギョッとした私はなるべく2人が目に入らないよう景色に目を向ける。
紅葉を見ていれば自分とも向き合えるし、きっと愛想をつかしたモノたちも戻ってきてくれる筈。
ていうか会社の人とそんな話する!? いや、それが普通で私が愛想つかされてる人間だからズレてるだけかも。
これで少しでも刺激になったし、せっかくだから今日の出来事を日記に書きたいけど、ニサワさんとソゴウさんって漢字どんな字書くんだろう。
仮に二沢さんと、ソゴウ――調べてみたら色々出てきたけど、十河さんでいいか。
じゃあ少しの間でも目を休めて、終点まで行ったら少し観光でもして帰ろうかな。
そのうちどうすればいいか~なんて答えは出るよね。
・・・
「――真実の愛が欲しいならさ!」
あれ、これは二沢さんの声?
「だから真実の愛はそんなんじゃ手に入りませんって!」
これは十河さんのものだ。
いつまで寝ていたのだろう。
景色に目を遣ると、先程よりも高い建物が減ってきている。
それにしても2人は何の話で盛り上がっているのだろう。
愛の話?
「十河さんは海外での経験もあって、お金もたくさんある」
「はい、まぁ否定はしませんけど」
「だから変な女も寄ってくる」
「……まぁ、そうかもしれませんね」
「だから貯金をゼロにしないとじゃん? じゃないとお金を持ってる十河さんを見ちゃうから」
「う~ん」
「で、でっかい鳥居を建てんだよ」
「だからなんで鳥居なんですか」
「大きすぎると建築基準法の問題はあるけど、木製でたしか1本数百万で建てられるから十河さんに因んで10本建ててもいいし」
「だから」
「そしたら寄ってきた女性にも、俺この鳥居建てるのに全部使ったから今貯金ゼロなんだけどって言えんじゃん」
「えぇ……」
「変な女の部類でそれでも素敵ですって言う人なんてほぼ居ないし、確実に真実の愛が手に入るよ?」
「妙な説得力ありますけど、鳥居じゃなくたっていいじゃないですか」
「これはさ、一般的に要らないモノじゃなきゃ駄目なんだよ。家とか車とか価値のあるものじゃ、それで寄ってきちゃうから」
「まぁ、はい」
「で? 観光名所にもならないぐらいの規模で、貯金を使いきれるぐらいって言ったら?」
「あぁ、じゃあそれなら噴水はどうですか? 観光名所にもならないでしょうし」
「あ~、噴水は面倒だよ? 隣の人に訊く?」
「いやいや聞かなくていいですし、なんで面倒さを知ってるんですか」
「あれ建てるだけじゃなくて、それまでのポンプとかの工事も維持費も水の管理もあるから」
「えぇ?」
「じゃあさ、壊す時どうする? 鳥居はさ~お祓いは必要にしたって解体して終わりだけど」
「噴水だってそうじゃないんですか?」
「ポンプとか水とか工事した分どうするの? そう簡単じゃないんだよ?」
「そう言われましても……仮定の話ですし」
「じゃあ鳥居だね!」
「じゃあって……そもそも真実の愛がそれで手に入るかなんて分からないですし!」
「え~? 俺はこんなにも十河さんの為を思って言ってるのに~」
「一切思ってないですよね、それ!」
十河さんは全く納得いってないみたいだけど、一理あるんじゃないかな。
って、これ盗み聞きどころのものじゃないよね。
申し訳ないです。
でもここまで聞けたから、二沢さんが間接的にでも説得してくれたから私の中で答えが見つかった気がする。
――次は……駅。……駅。
相変わらず聞き取れないアナウンスに十河さんがそそくさと席を立ち、
「ほら、駅着きますから」
ニヤりと笑う二沢さんを急かす。
その後2人が車窓に目を遣った時十河さんと目が合い、
「どうもお騒がせしてすみませんでした」
と、何度も頭を下げられてしまったけど、私は今愛想笑いをするのが限界だった。
本当は感謝したいくらいだけど、2人の中では結論が出ていないから私は黙って見送った。
駅に降り立った2人はそれからも議論を続けている様子だったけど、姿が見えなくなる寸前に私は頭を深々と下げ、
「ありがとうございました」
と、きっとまだ2人の温もりが残る席に向かって呟いた。
真実の愛が欲しいなら。
車も家も持たずにお金を使い切って真実の愛を手に入れられるなら、最も無用の長物なのは何か。
私は今まで仮定の話すら考えないようにしていたけど、考えてみることがスタートだから。
あなたも一緒に考えてみてほしい。
読了いただきまして、ありがとうございます。
他の作品にも目を通していただけたら大変うれしく思います。




