第三話 ブリットモア町の騒動1
あわよくば、ビーの脚力でユウマに追いつけるのではないかと思ったが、隣町のブリットモアに到達するまでにユウマの背中を見いだすことはなかった。
トウマに時間を費やされてしまったことが改めて悔やまれた。
ブリットモアの町を囲む城壁が見えてきた。あの町にはいい思い出も、あまりよくない思い出もあった。
「ビー、小さくなってくれる?」
私はビーの背から降りてからお願いした。
焦って先を急ぐあまり、ビーを巨大なベヒーモスの姿にしてしまったが、その姿を見られたら騒ぎになってしまうだろう。
幸い、ここまでの道中、魔獣は何度か出没したものの、ヒト族にも魔族にも遭遇しなかった。
ブリットモアの町の入口となる門に、門兵はいなかった。
国境沿いの町である以上、魔族の攻勢を受けていることは間違いない。それなのに門兵も置かないというのはどういうことだろうか。
不審に思いながらも、私は小さくなったビーとともに門に近づいていった。
もしかしたらユウマが滞在しているかもしれないという淡い期待、少なくとも彼の足跡を見出せないかという期待を持っていた。
少し開いた門の隙間から騒がしい音がした。
警戒しながら、私たちが通れるだけの空間を作るために門を手でゆっくり引いた。
逃げ惑う人々が目に飛び込んできた。
一人の若いヒト族の女がこちらの開いた門に気づき、胸に抱きかかえた幼い子どもとともに走り寄ってきた。
「この門の外には魔獣がいる。ここから出てはだめ」
私はそう警告したが、それでもこちらに向かってくる。
「助けて……」
魔獣がいることがわかっていて、こちらに逃げてくるとは。よほどひどい魔族に追われているのか?
「町が襲われているんです。夫が殺されてしまいました……このままではこの子も……」
女は涙で顔を汚しながらも、子供を守ろうとする強い意志が感じられた。
やはり魔族の侵攻の真っ最中だったか。門兵まで動員しているのか?
しかし、通常であれば、この城門を閉めて応戦するべきでないのか?
何か違和感がある。あるいは別の場所から侵入を許したのか?
いずれにせよ、ユウマがいればこんな騒動にはなっていないはずだ。彼は今ここにはいないのだろう。
できれば、先を急ぎたいところだが……なぜか、そのまま去ろうと考えることができない。
ユウマなら必ず彼らを助けるだろう。魔族の私が魔族の軍勢を撃退する? 今までウィルクレスト村でもやってきたことだ。だが、それはユウマと暮らしていくためだった……
彼がこの町を通過しているのであれば、何かを聞いている可能性がある。
手がかりを得るためにも、やはり彼らを助けるか。
何か変だ。私はこの女と子供を助けたいと思っている? ユウマの行方の手がかりのためという打算ではなく?
なぜか私はこの気持ち自体がユウマの行方を追うための手がかりになるのではという予感がした。
ビーが小さな体で私の右足を前に押してきた。
おまえはいつでも私がどうするべきかわかっているみたいだ。
「案内して」
女は来た方向を指さした。
騒動の中に戻りたくはないだろうが、ここに残るほうが危険だ。門も開いてしまっているので、魔族だけでなく、魔獣が入り込んできてしまう可能性もある。
「私の後ろに隠れていていいから、一緒に行こう。そのほうが安全だと思う。私は戦闘に慣れた……冒険者……だから、大丈夫。絶対に守るから。あなたも、その子も」
女はうなずき、私は女が指さしたほうに向かって歩いていった。マントの中ではデスブリンガーの柄を握った。
進むほど、喧騒や怒号が大きくなっていく。女が抱えた子供が泣き始めた。
目立ってしまうと狙われやすくなるおそれがあるが、それでも私が守るしかない。
すると、魔族に遭遇する前に、ヒト族どうしが争っているところに遭遇した。
争いというよりは一方的な攻撃だ。十人以上の武装した男たちが、剣や槍を振りかざし、武器を持たない人間を追い回していたのだ。
「魔族に襲撃されているというときになんてことを……」
私はつい口に出してしまった。
「魔族? 魔族もいるんですか?」
女は怯えた表情をし、抱いた子供をさらに強く抱きしめた。
「え? あなたが魔族に襲われていたんじゃ……」




