回想3 勇者召喚、異界、マナティア(前編)
勇者はヒト族が行う召喚によってこの世界にやってくる。
召喚された勇者はさまざまなスキルや高いステータスを持ち、魔族にとっては最大の天敵だといえるだろう。
二十年前、魔族領からヒト族の領地に入り、ブリットモアの町の宿に滞在している間、その勇者召喚によってこの世界にやってきたユウマからたくさんの話を聞いた。ユウマのことは何でも知りたかった。
特に、印象的だったのが、ユウマの故郷の「ニホン」という国のことだった。
世界樹は「チキュウ」と呼ばれる異界の星との間に通路をつないでおり、勇者召喚ではその星の住人が転送されてくるらしい。そのチキュウの中でも、特にニホンという国では異世界転送の知識をもつ者が多く、召喚後も勇者になじみやすいらしく、世界樹の異界側の入口そのものがニホンに設置されているのではないかということだった。
魔族にとっても虚無樹が同じような仕組みで魔界から魔王が「異界送り」されてくるため、異界の概念の理解は難しくなかった。魔王から異界についての話を直接聞いたことはないが。
しかし、チキュウやニホンという国については初めて聞くような話ばかりでとても興奮した。
ニホンでは「ガッコウ」という、誰もが知識を学べる場所があるらしかった。「センセイ」が「セイト」と呼ばれる子どもたちに文字や歴史や「カガク」というものなど、社会で必要となる(中にはそんなに役立たないものもある、とユウマは言っていた)知識や考え方を学ぶのだという。
そして、そのガッコウで授業を受けているときに突然ユウマは勇者として召喚されたということだ。
ユウマはガッコウ以外でも独自に書物を読みあさり、異世界についての知識も十分にもっていて、この世界に召喚されたときもすぐに状況と勇者の使命を理解したという。
ユウマの知性はすでにニホンにいるときに磨かれていたんだね、と私が言うと、ユウマはガクリョク(この世界で言う戦闘力?)は低くて、ニホンでは目立つこともなかったと言っていた。でもものを深く考えるのが好きで、本も好きで、歴史やカガクの知識は確かに多くあった。それを知性と言ってくれるならうれしいと言った。でもエルフ族の大賢者や魔王にはかなわないだろうとも。
私はそんなことはないだろうと本気で思った。この世界に関する知識ではかなわないかもしれないけれど、ユウマには何か違う種類の知性があり、そこから生まれるやさしさがあった。私はこの世界で同じような存在に会ったことがなかったし、それを知ったことが、ユウマを愛したきっかけだとも思っていた。
ニホンの食べ物も興味深かった。魔獣猪のワイルドボアの味に似ているブタという家畜もいるらしいし、食用の鳥や牛も好んで食べるという。わざわざ果実や野菜をヒトが育てて(ノウギョウというらしい)食べるらしく、ユウマも特にコメというものが好きらしい。ショウユやミソも恋しいと言っていた。
中でも驚いたのが、海の生物を火も通さずに生のまま食べる文化があるということだった。私は海を見たことはないのだが、海の魔獣は禍々しいという印象しかなく、それをそのまま食べるなど、魔族の中の蛮族ですらしないだろうと思い、少しニホンが怖くなった。
「コメとショウユがあると最高なんだよ」と言って、とてもさみしそうにするユウマを見ていると、かわいそうなような、嫉妬のような、複雑な気持ちになった。
いつかこの世界でも、コメや彼の好物に近い食べ物が作れたらいいと思った。生の海獣は遠慮してほしいところだけれど、一緒に海には行ってみたいと思った。
それから、ニホンでの恋人の話も聞いた。
私とは違い、戦闘よりも書物を読むのを好む女性だったようで、それで気が合ったのだと言う。私との共通点といえば、「気が強いところかな」とユウマは言った。
戦いが得意なだけで、気が強いわけではない。ユウマはわかっていないと私は怒った。それに、得意な戦いでもユウマには勝てない悔しさもあったかもしれない。
「ニホンの恋人にまた会いたいと思う?」
ニホンに帰ることなどできないだろうと思って、私はそんな意地の悪い質問をした。
「まあ、そうだね。会えるなら会いたいとも思うよ。恋人だけではなくて、家族や友達ともね」
「そう、でも戻ることはできないし、あなたは前を向いて、この世界で生きていかないといけない。私が支えてあげる」
「ありがとう、アナ」と答えたユウマは、少しさみしそうにも、少し照れたようにも見えた。
かつての恋人の話を聞いても、そんな意地悪な気分になっただけだ。一夫多妻、多夫一妻が当たり前の魔族の私にとって、嫉妬のような感情はなかった……本当にそうだろうか。
話を聞いている間、胸の奥のどこかで、針を刺されたような痛みを感じていたのではないか? ユウマがニホンに帰りたい気持ちが少しでもあることを不満に思っていたのではなかったか?




