最終話 双樹の下で(破)
「これは、あなたの残酷さが招いた結果よ」
ビーを失い、フタバも失いつつあり、ユウマも自ら死を選ぼうとしている。私はこれ以上、こんな世界で生きる意味を見出すことはできない。大賢者サイランデルには申し訳ないが、こんな世界なら、さらに不幸を生み出す前に滅びさせてやる。
これこそ、世界を滅ぼして、世界をあらゆる不幸から解放させることこそ魔族の存在理由なのだ。
ユウマがどうしても世界を救うというわがままを通すなら、私も世界を滅ぼすというわがままを通させてもらう。
ユウマと私の実力差は歴然としている。それでも私は一つだけ、ユウマにも勝ち得る策を持っていた。
ユウマにも、誰にも見せたことがない強力なスキルを一つだけ持っているのだ。
私は魔力がほとんどない。しかし、全くないわけではない。
このわずかな魔力をすべてデスブリンガーに注ぐことで、私はその唯一の攻撃スキルが使える。
ユウマに私の剣が届く可能性があるとすれば、このスキル以外には考えられなかった。
奇しくも、それはビーの超究極魔法と極めて似た性質を持ち、魔力によって生命そのものを燃やすことになるため、私は生きている間に一度しかこの技を使えないのだ。これこそがデスブリンガーの本来的な使い方で、所有者と所有者の敵を区別せず、すべてに死をもたらすからこそのデスブリンガーなのだ。
死んだビーがその超究極魔法で魔王に大きな傷を負わせたように、私も勇者に攻撃を通してみせる。
発動前に、蝋燭によって造られた今のビーに、遠ざかるようにお願いした。ビーは心配そうに私を見たが、私の覚悟を察し、ユウマと私から、大きく距離を取った。
「魂喰葬刃」
私の魔力注入を契機に、デスブリンガーが黒い刃を一層深い暗黒に染め始めた。
身体から力が抜けていき、デスブリンガーに支配権が委譲されていくのを感じた。
「何をするんだ、アナ。よせ!」
暗黒の魔剣がその真の姿を見せた。
刀身から刃は失われ、剣の柄から、虚無樹のような純粋な暗黒が放出されていた。
その刃は対象を斬るための刃ではなく、触れたものが何であれ、ただ崩壊させる、絶対破壊のための刃なのだ。それは勇者の身体であろうと例外ではない。
今さらながら、この剣を授けた魔王ヴァルゼインが、私にこの使い方を期待していたのだと理解した。
デスブリンガーがユウマを標的として捕捉し、私の身体を動かし始めた。その身体能力は、フィオナの精霊の加護を受けていたとき以上の速度で動くほどだった。
「私」がすでに崩壊し始め、「死をもたらす者」に変容しているのを感じた。
こんな最期を望んでいたわけではない。しかし、私も所詮は魔族の女なのだ。望むものが手に入らないとなると、暴力と破壊という選択肢しか取れないのだろう。それを自覚させられたことも悲しかった。勇者と恋に落ちるなど、なんと無謀なことだっただろうか。
「君がいなくなったら、僕が世界を救っても意味がないじゃないか……」
それが狙いなのだ。私がどれだけの気持ちであなたを想っていたのかわかってくれただろうか? それは世界の崩壊にも勝るほどの想いなのだ。
ユウマは聖剣デュランダルを、腰に差した鞘から抜いた。
私が死に行こうとしているのに、あなたはまだ抵抗しようというのね。
デスブリンガーの暗黒の刀身が、ユウマに迫った刹那、ユウマがデュランダルで防ぐ。お互いの刀身がぶつかった瞬間に、大きな光が飛び散った。
デュランダルであっても「魂喰葬刃」状態のデスブリンガーでは破壊できると想定していたが、おそらくユウマもデュランダルに魔力を注ぎ、保護しているのだろう。その魔力の保護が破壊されて、光が弾けたか。ユウマの魔力の保護を削り続ければ、いずれデュランダルであろうと破壊できるはずだ。
デスブリンガーは構わず次の攻撃を繰り出した。デュランダルが攻撃を受けるたびに激しい光が弾けて飛び散った。一撃ごとに、ユウマは激しく魔力を消費しているはずだった。
ユウマのマントをデュランダルをかすめた。すると、触れた部分を中心にマントが大きく欠けた。「魂喰葬刃」は防御無視の即死・即破壊攻撃なのだ。ユウマの身体にかすりでもすれば私の、デスブリンガーの勝ちだ。
私の生命はすでにデスブリンガーに完全に委譲された。敵を、ユウマを破壊し尽くし、死をもたらすまで、「魂喰葬刃」状態のデスブリンガーは止まらないだろう。
「魂喰葬刃」が発動している限り、私の意識もこの地上に留まっているが、もう死の状態にあると言っていい。
鎮魂歌が終われば、私の魂はこの世界を離れ、ビーの待つ冥界へと旅立つのだ。
願わくば、ユウマの魂とともに冥界へと旅立ちたい。それが今この瞬間の私の最大の望みだ。
やがて、デスブリンガーが動きを止めた。
ユウマの魔力を込めたデュランダルの強烈な一撃が、私の手からデスブリンガーを剥ぎ取ったのだ。
ユウマは何重にも身体強化をかけ、デュランダルも強化したのだろう。そうでなければ、いくら勇者ユウマでも、「魂喰葬刃」状態のデスブリンガーに打ち勝つことなどできないだろう。相当な負荷を負ったはずだ。
史上最強の勇者をここまで追い詰めた者はいないはずだ。大善戦と言っていいだろう。
私の胸には、聖剣デュランダルが深々と刺さっていた。
痛みはまったく無かった。デスブリンガーの最後の優しさだろう。それは安らかな死の瞬間をもたらしてくれるのだ。
私の生命を賭けた最後の究極奥義ですら、勇者には届かなかった。私の生命などその程度ということだろう。もう悔いはなかった。
世界を救いたければ救えばいい。私の破壊の望みは絶たれたのだ。
もうどうでもよかった。
冥界でまた、皆と一緒に暮らせるだろうか。あの幸せな日々を取り戻せるだろうか。
きっとビーは冥界で私を待ってくれているはずだ。しかし、なぜこんな早く冥界に来るのだと怒るかもしれない。せっかく助けてもらったのに申し訳ない……
同じ死後の冥界に、世界樹に取り込まれるユウマは来てくれるだろうか? ニホンの冥界に呼ばれてしまったりしないだろうか。
双樹に造られた存在のフタバも冥界に来ることができるのだろうか?
「聖光還命」
死んだはずの私の目から涙が溢れてきた。涙の熱さを感じた。
気づくと、私に突き刺さったデュランダルから柔らかい光が私に注ぎ込まれてきた。
次第に身体に感覚が戻ってきた。
私は何が起きているのか把握できなかった。
私の生命はデスブリンガーに吸い取られ、死んだはずなのに……
「君のデスブリンガーが純粋な破壊の力を持つのと対極で、僕のデュランダルには、生命力を呼び戻し、高める力があるんだ。デスブリンガーに削られてもすぐに修復を繰り返して、何とか攻撃を防ぎ切れた。君の身体も、生命力を取り戻してもう完全に修復された」
特別な力を持つ剣はデスブリンガーだけではないのだ……
「問題は、僕の魔力をすべて吸い取られてしまうことでね、もうだめだ。僕はからっぽになった。しばらく動けそうにもない」
私を救うために、ユウマはあの無尽蔵とも思えた魔力を使い果たしたのだ。どれだけの魔力量が消費されたのだろうか。
そして、私は完敗した上に、生かされてしまった。
ユウマは私の想いを知った上で、まだ世界を救い、私に一人で生きていくことを強いようとしているのか……
もう嫌だ……




