第八話 エルフの大賢者(後編)
「やはりユウマと話をしてほしいところじゃな。おぬし一人で抱えるには重すぎる問題じゃろう。蝋燭の使用はやつの責任じゃ」
「では勇者の居場所を教えてください」
「焦るでない。まだユウマが双樹の狭間にたどり着くまでもう少し時間はあるじゃろう。今話したとおり、大賢者として、わしは世界のすべての存在の幸福に責任を負っておる。そのためには世界の存続が大前提なんじゃ。おぬしがその存続の阻害要因となるようなら、おぬしの幸福よりも、世界の存続を優先せねばならんのじゃ」
「私は邪魔をする気はありません。ただユウマに会って、彼を取り戻したいだけなんです」
「そこが問題なんじゃ。わしもおぬしをユウマに会わせてやりたいんじゃが、おぬしにユウマを取り戻されるのは困るんじゃ。勇者は個人に奉ずる者ではなく、世界に奉ずるものなんじゃよ。そこは認識してくれるかの?」
「私はそれが納得できないんです。勇者だって自分の幸せを追求する権利があるはずです。勇者であっても、世界よりも自分の幸せを優先すべきだと思います」
「じゃから、世界そのものが消滅したら個人の幸福も何もないじゃろう?」
「勇者一人にそれを背負わせるのが間違っているんです」
「勇者にしかできんのじゃ」
「なぜです?」
「厳密に言えば、魔王でもよいんじゃが、ユウマはそれをよしとせんかった。やつは魔王討伐をやめおったからの」
ユウマが魔王討伐をやめたのは、間接的には私の責任だ。しかし、それが誤ったことだったとは今でも思わない。
魔王ヴァルゼインの言葉を思い出した。それは呪いの言葉のように思えた。魔王は自身やユウマを「贄と言ったのだ。
「勇者か魔王が犠牲にならないといけないんですね?」
「厳密に言えば、勇者も魔王も犠牲にならないとこの世界は維持できん」
「だから、それはなぜなんです? 彼らを犠牲にせずに世界を救う方法を探したっていいじゃないですか?」
「異界の身体でないとだめなんじゃよ」
「え?」
「世界樹と虚無樹は異界の身体からしかマナを生成できんのじゃ」
「それはつまり……」
「マナはこの世界を構成する根本になっておって、そのマナから万物を生成しておる。それが枯渇したら、万物の創造は止まり、形あるものがすべて崩れ去るということじゃ。
そもそも虚無樹が異界との門を開いて、世界樹を招き入れたのが、この世界での万物創生のきっかけじゃ。つまり、世界樹はそもそも異界から召喚されたもので、異界のマナを使って万物を創造しておるのじゃ。世界樹の創造物からマナを取り出すことはできん。不可逆なのじゃ。じゃから、マナはこの世界に必須のもので、世界樹は常に異界の身体が内包する膨大なマナを必要としている。つまり、勇者と魔王がその糧になるしかないのじゃ」
「そんな……」
「勇者が魔王を討伐し、魔王の身体を捧げることで、世界樹がマナを得て、世界が維持されてきた。同様に魔王が勇者を討伐すれば、勇者の身体がマナの糧とされるのじゃ。その循環を途切れさせることは許されん」
「じゃあ、ユウマが魔王討伐をしなかったから、世界樹の創造の力が弱まっているのね……」
「そうじゃ。ユウマには魔王を討伐するだけの力があった。しかし、やつはこの世界のその理に従うことをよしとせんかった。おかげで世界の危機となったわけじゃ」
「じゃあ、ユウマは……」
私は最悪な想像をした。ユウマはきっと彼にとって不可避な選択をしようとしているのだ。頭が真っ白になった。その選択をユウマが撤回することはないだろう。
「そうじゃ。やつは魔王の代わりに、世界樹の供物となろうとしとるんじゃ」
「いやっ!!」
私は思わず叫んだ。
そんなことを受け入れられるわけがない。
「私が魔王を討伐してくる」
「無理じゃろう。ユウマ以外に、今の魔王を討伐できる者がこの世界にいるとは思わん。次の勇者召喚が成功するのを待つ猶予もない」
「じゃあ、ユウマを説得して魔王討伐に向かわせます」
「まあ、それができればよいが……その時間もないじゃろう。それに、わしは、おぬしがユウマに会うことで、ユウマが世界樹の供物になることもやめ、魔王討伐もしないという判断をしてしまうことを懸念しておるのじゃ」
それは私が望んでいることそのものだった。ユウマが犠牲にならなければ存続できない世界なら、消えてしまえと思っていた。
「必ず説得します」
「大賢者相手に嘘をつくことはおすすめできんな。説得の自信などないじゃろう? おぬしはユウマのことをよく知っているはずじゃ。やつは自分より先に他人を犠牲にすることをよしとせん。たとえそれが魔王であってもな」
そのとき私に一つの案が浮かんだ。
「そのとおりです。でも、ユウマの判断基準は他にもあります。もし二つの選択肢がある場合、彼は彼の価値観に従って、選択をします。魔王討伐を選ばざるを得ないような選択をさせればいいんです」
「ほう。それは自信がありそうじゃな」
「一つお伺いしていいですか?」
「なんじゃ?」
「勇者は魔王討伐をする理由はわかるんです。魔王を世界樹に捧げてマナに還元して、世界を維持するという目的は明確です。ですが、魔王が勇者を倒そうとする理由は何ですか?」
「マナどうこう以前に、勇者はヒト族が魔族の侵攻を受け、蹂躙されることをやめさせるために戦うのじゃ。魔王討伐は、魔族の侵略を止めるための最大の方法だから勇者は戦うのであって、魔王を世界樹に捧げることはただの勝利の儀式でしかない。
それは魔王にとっても同様なのじゃ。魔王も魔族も、本能的にヒト族を攻撃し、略奪するのであって、勇者はそれを阻もうとする最大の天敵じゃ。勇者を排除する理由は明確じゃろう? 勇者撃退により、魔王は虚無樹に勇者を捧げて勝利を祝う」
「魔王は勇者を捧げることで世界樹のマナを増幅させることを厭わないのですか?」
「世界樹が虚無樹に対して優勢である場合、勇者の肉体から世界樹のマナは生成されん。マナは世界樹ではなく、虚無樹に還流し、虚無樹が破壊の力を強めるのじゃ」
「つまり、もし魔王が今、勇者を殺しても、世界樹にマナが流れる今の状況で、双樹の核に勇者の身体を捧げることはないということですか?」
「それはわからん。歴代の魔王も勇者も、この世界の仕組みを理解する者はほとんどいなかったからのう。そこも含めて、今回は例外が発生してしまっておる。ユウマはこの仕組みを完全に理解して、自ら犠牲になろうとしているし、魔王も何かを察して、世界樹とわしへの直接攻撃に出たのじゃろう」
「最後にもう一つだけ教えてください。サイランデル様には、私とユウマの物語の結末が見えているのですか?」
「もう一度言うが、全てをお見通しなわけではない。世界樹の加護を間近で受けているので、蓋然性の高い未来をある程度、予見することはできるのじゃがな。
まず、ベヒーモスが犠牲となった時点で、世界が崩壊せずに済むことは確定したと言っていいじゃろう。それが意味することは魔王か勇者か、どちらかが間違いなく世界樹の供物となるということじゃ」
「供物になるのは魔王ではないのですか?」
「確定はまだしていない。ただ、いまだ勇者が供物になる可能性のほうが高いのは間違いない。隠しても仕方ないので言うが、おぬしがユウマを止められるとは、わしは思っておらん。ユウマに会わせてやろうと決めつつあるが、それはヒルダに免じて、という理由が強い」
「それでもいいんです。私はユウマに会いさえできれば十分です」
「行く前に一つだけ言わせてくれ。わしも好き好んで勇者を犠牲にしようとしているわけではないんじゃ。わしらの、この世界の勝手な都合で異界から召喚して、その上、贄にしておるんじゃからな。大賢者の業は深い。わしがこの役目をいつ次の代に引き継いで死なせてもらえるのかはわからんが、その後は地獄にでもどこにでも行こう。わしのこの世界での心の苦しみに比べれば、どんな地獄であろうとましじゃろうと思っておる。わしの覚悟の深さも知っておいてくれ。もし世界の存続に不都合になりそうなことがあれば、わしは全力を持ってそれを阻止するじゃろう」
「なぜそこまでするのですか?」
「おぬしと一緒じゃ。おぬしがユウマを愛するように、わしはこの美しい世界を愛している。何万年もその愛が揺らぐことはなかった。これからもないじゃろう。誰にもそれを否定させはしない。それが大賢者なのじゃ」
「わかりました。では、私の覚悟も見届けてください」
サイランデルは微笑んで頷いた。
また私を見透かすような目になっていた。
「おぬしたちの愛も、わしにとっては美しい世界の一部なのじゃ。できれば、死ぬなよ」
「双樹の狭間には、世界樹と虚無樹がマナを補給するための『核』がある。虚無樹から世界樹が召喚されたまさにその結節点じゃな。その『核』の場所におぬしを転移魔法で転送してやろう。
今、ユウマはそこに向かっておる。ユウマがその『核』に触れたら、その身体が『核』に吸収され、それで終わりじゃからな」
「わかりました。本当にありがとうございます。大賢者サイランデル様」




