回想8 諍い
ユウマとの暮らしは幸せではあったが、万事順風満帆でいい思い出ばかり、というわけではなかった。
特にフタバが誕生してからは、たびたびユウマと口論になることもあった。
フタバに魔力があるのかよくわからなかった私は、フタバが将来困ることのないよう、剣術を教えようと思っていた。
ところがユウマはこれに反発し、フタバの自主性に任せてやりたいことをやらせるべきだと主張した。特に人を傷つけるような技術をあえて身につけさせることはないと言った。
剣術は身を守るための技術だし、村兵のような職業に就いて生活の糧にできると言い返すが、フタバにそんな危険な職業に就かせる必要はないし、剣術が必要のない村であるべきだと、ユウマは折れなかった。
ユウマは理想論ばかりを振りかざしているように私は思えた。世の中はそんなに甘くはないし、現実的なことを考えなければ生きてはいけないと私は強く思っていた。
あるとき、ユウマに黙って、フタバに「剣術を教えてあげようか」と誘ってみたのだが、フタバには「そんな女の子らしくないことは嫌だ」と断られ、私は一度引き下がることになった。
同じような口論はビーを巡っても行われた。ビーも家族の重要な一員であることはもちろん共通認識としてあったのだが、そうであるがゆえに、どういった役割を担わせるかが争点になった。
私にとって、長く相棒だったビーの戦闘力と異常検知の能力をよく知っており、村兵の仕事に役立つことは間違いないと確信があった。
ところがユウマは、仕事は私たち二人だけでも十分対応できるし、ビーに兵士のような役割をさせることはない。ビーは根が優しいので、もっと平和的な役割に携わるのがよいと反論した。より具体的には、フタバの教育をはじめ、双樹教会の子どもたちの世話をさせることを提案した。
私はビーの特性で重視すべき点を魔獣としての強さに見いだし、ユウマは人格者、知恵者としての側面に見いだしており、そこが主な争点だったのだと思う。
ただ、正直に言うと、ビーがフタバばかりに気を回すことに対する嫉妬と、フタバがビーばかりを頼りにすることに対する嫉妬があった。
これに関しても、ユウマや私よりもビーのほうがより賢く、ビー自身のほうが正しい判断ができるのだという結論に至った。
実際のところ、ビーは普段はフタバの送り迎えと双樹教会の子どもたちの世話や護衛をしつつ、強力な魔族や魔獣が複数現れるなど、異常事態には村兵の仕事を手伝ってくれた。
私たちの思っている以上のことができるビーの役割を、私たちが決めるなどおこがましいことだった。
ユウマとの間で、中でも大きな口論になったのは、私の正体をウィルクレスト村の人々に明かすかどうかについてだった。
私はブリットモアの町で、ヒト族の人々がどれだけ魔族を嫌っているかを知った。ウィルクレスト村にも、同じように魔族に強い嫌悪を覚える人々が多くいるだろうことが想像できたため、ずっと言い出せずにいたのだ。
私は絶対に今の生活を失いたくないという気持ちが強く、そのためであれば窮屈な思いをしようと構わなかったのだ。
「誰だって苦手な人はいるし、好意的な人もいるよ。アナはアナとして自由に生きていくべきだ」
「私は何よりも今の生活を守りたいの。そのために不自由なことくらい我慢する」
「それもいつか無理が出てきてしまうよ」
「角を隠すくらい無理でも何でもないわ」
「隠し続けるのはそんなに簡単なことじゃないよ。もし魔族であることを隠していたことがわかってしまったら、皆に余計な警戒をされてしまうと思うんだ。だから最初からそれを明かして、敵意がないことをわかってもらっておいたほうがいい」
「魔族であることがわかってしまえば、私から明かそうと、後から他人によって知られようと、結果は一緒よ。それなら少しでも長くこの生活が続けられるように隠し通したいの」
「そんなことはないよ。双樹教は、ヒト族と魔族の共生を理想としているんだから、他の町とは違う。魔族の中にもよい魔族がいると信じている人たちが多いから、理解を得られるよ。この村に来たときに、司祭だってそう言っていただろう? もう長いことここにいて、アナは村兵として皆の信頼を得ているんだし」
「フタバも魔族の子だって知られたら絶対嫌な目にあってしまうと思うの。そんなの耐えられない」
争点ははっきりしていた。
魔族がこの村で受け入れられるかどうかだ。
ユウマだって、魔族が受け入れられる確信があるわけではないだろう。私も、知り合いが増えてきて、もし受け入れられるなら素晴らしいと思うけれど、それ以上に、その知り合いたちの私を見る目が変わるのが怖かった。
「僕はヒト族だし、アナより先にこの世界からいなくなる可能性が高いだろう。だから、アナやフタバがその後も幸せに暮らせるような環境を整えておきたいんだ。もし君たちを受け入れられない人がいるなら、僕がいるうちに対処しておきたいんだよ。わかってくれないか」
大事な問題だということは認識していたのだが、ユウマが異常とも言えるほど必死だったので、私は少し違和感を覚えていた。
「何でユウマがいなくなった後のことなんて考えないといけないのよ!」
このとき、論点がすでに変わってしまい、私は魔族であることを明かすことよりも、ユウマが自分の死を意識していることに腹が立っていた。
ユウマが何かよからぬことを考えているのではないかということを予感もしていて、強く反発してしまったようにも思う。
この件についても、私たちの力の及ばないところで解決を見ることになった。
魔族最強の剣士であっても、世界史上最強の勇者であろうと、抗うことのできない、見えない大きな力に翻弄されているような気がした。
結論が出ないまま、私たちは村で最も信頼していた村民である、双樹教会の司祭ヨナスに相談することにした。
私たちの話を聞いたヨナスは、驚いた顔をした。
私が魔族だと気づいていなかったのかと思って焦った。村に来た日に、ヨナスは私の種族を知っているようなことを言っていたが、まさか魔族だとは思っていなかったのか。
しかし、私のこの推察は誤っていた。
「まだ誰にも言っていなかったんですか?」
ヨナスは、私が魔族だといまだ誰にも明かしていなかったことに驚いていたのだ。
「村の人は皆知っていますよ」
私とユウマはひどく動揺し、そしてすぐに安堵した。
「確かにそんなことを話題にすることでもないですからね。話題に上がることがあるとしたら、アナさんがヒト族の文化に戸惑うことや困ることがないかというくらいで。皆、いい人たちですよ。心配しないでください」
私たちは、何か大きな力に翻弄され、また守られてもいるのだということを知った。




