第七話 世界樹への道(後編)
目を覚ますと、子犬の姿のビーが私の頬を舐めていた。
体の痛みは消えていた。痛みが死後の世界に引き継がれないのはありがたい。
周囲を見ると、木々に囲まれており、森のようだった。エルフの大森林は死者の世界にもつながっているのだろうか。
「目が覚めたのね」
何者かが声をかけてきたので、そちらに顔を向けた。
私の知る唯一のエルフ族の女性、フィオナがいた。
「あら、フィオナ? あなたも死んだの?」
「死んでないわよ。私も、あなたもね」
「え?」
「このベヒーモスの子があなたを連れて帰ってきてくれたのよ。とても似ているけれど、あのビーちゃんとは違う子なのかしら」
「ビーよ」
「そうね、ビーちゃんだわ。
とにかくびっくりしたわ。精霊魔法で眠らせていたはずなのに急に起きて、巨大化したと思ったら森に走り出していっちゃったのよ、この子。止める暇なんてまったくなかったわ」
「私が守ろうと思って、助けに来てくれたのね。虚無樹のところで、魔王に殺されかけていたところを助けてくれて……」
「ああ、それで、ビーちゃんは亡くなったのね……」
フィオナは何を言いたいのだ?
「ここはエルフ大森林ではないの? もしここが死者の世界ならビーは死んでいるし、ここが死者の世界でないのなら、ここでビーは生きているじゃない」
ビーは生きている。魔王の強烈な魔法攻撃を浴び続けた上に、超究極魔法エクリプス・メテオを発動したビーが生きていることは本当に不可解なことではあったが、私はその理由を深く考えたいとは思わなかった。
ビーが生きているという事実だけに固執したかった。
「……そうね。生きているわね。よかった。あなたも大丈夫? 精霊魔法で傷は治しておいたけれど」
確かに体の痛みは完全に消えていた。体も動きそうだ。
私は立ち上がった。
「大丈夫そう。ありがとう、フィオナ」
「これからどうするの? 魔王に殺されかけたってことは、勇者はいなかったんでしょう?」
そうだ。生き延びたからには、ユウマを追わなければいけない。
しかし、魔王からは有益な情報は得られなかった。どう彼を探したらいいのか検討もつかない……
「わからない……どうしたらいいの……」
「ねえ、アナ、聖女ヒルダはサイランデル様に会うようあなたに言ったんでしょう? 紹介状まで書いてもらったんだし。どうしたらいいのかわからなかったら、サイランデル様に助言をいただくべきだと思うわ」
そうだ。ヒルダは、私が必ずユウマに会えると言っていた。大賢者への紹介状とともに。
「うん、フィオナ、大賢者のところに案内してもらえる?」
フィオナは少し寂しそうな表情をした。
「一緒に行きたいけれど、私は契約でここを離れられないわ。でも風の精霊が導いてくれるから、行ってらっしゃい」
「わかった。ビー、申し訳ないけれど、大きくなって、私を乗せて行ってくれる?」
ビーがうなずき、巨大化した。
「じゃあ、風の精霊の加護を与えるわ」
フィオナが精霊魔法の詠唱を行い、ビーに精霊の加護を付与した。
私はビーの背中に乗り、フィオナに礼を言った。
「気をつけてね。サイランデル様によろしくね」
そう言葉をかけてくれたフィオナが、少し心配しているように見えた。
ビーが走り出すと、突風のような速度になり、周囲の景色がどんどん後ろへと流れていった。
この速度なら、世界中のどんなところでもすぐにたどり着けそうだと思った。
まもなくその大樹が見えてきた。森の他の木々よりもずっと背が高いようで、まだ距離はあるはずなのだが、木々の隙間からその姿が見えたのだ。
近づくたびにその巨木は大きく見えてくるのだが、なかなかたどり着かない。
フィオナの精霊の力で、ビーが正しい方向に進んでいるのは間違いないはずなのだが。
よく見ると、それは一つの巨木ではないようだった。無数の巨木が複雑に絡まって、一つの大樹のように見えているのだ。
ビーが走るのを止めた。目の前にはうねりを帯びた巨木があった。世界樹という一本の大樹を構成する巨木の中でも、いっそう大きな幹を持った巨木だった。何千年、何万年、何億年と生きてきた木なのか想像もつかないが、そのたくましい幹はヒト族や魔族という存在をつまらない、ちっぽけな存在だと言っているように思えた。
それでも、その巨木は世界樹という大樹を構成する中の一本にすぎず、近づいたことで、もはや世界樹の全体の姿は把握できなくなっていた。




