回想7 フタバとビー(後編)
フタバは順調に成長していった。
成長していっても、幸いフタバの角は伸びず、髪の毛で十分隠せる程度の、こぶのようなふくらみがあるままだった。
「なんだか君に申し訳ない」とユウマが言った。
ヒト族の社会にいるのだから、ヒト族らしく見えていいと私は思っていたので、なぜユウマが申し訳なく思うのか理解ができなかった。
二歳になると、言葉も話し、立って歩けるようにもなった。初めての言葉を発したときは感激したが、その言葉が「ビー」だったのにとても嫉妬した。しかし、フタバに呼ばれたビーがあまりに得意げにフタバに歩み寄っていくのを見て、文句は言わないことにした。
魔族よりも明らかに成長が早いのは、ヒト族の血が入っているからだろう。角の短さを見ると、ユウマの血のほうが濃いのかもしれないと思ったが、ユウマは血は平等に入っていると言い張った。
フタバの二歳の誕生日にももちろん蝋燭に火を灯した。フタバにはこの蝋燭の火の匂いが染み付いているのではないかと思った。質のよい木炭を焼いた残り香のようなその匂いは、ユウマだけでなく、私も好きだった。
ユウマは次に蝋燭を灯す日をいつも心待ちにしていたように思う。
それは、その特別で神秘的な蝋燭の火を見て、火の香りを楽しみたいという気持ちもあっただろうけれど、蝋燭を使うことを忘れないように自分に言い聞かせているようにも思えた。
五歳にもなると、フタバは活発に動き回るようになった。双樹教会で、文字を学び、歌を覚え、絵の描き方を学んだ。
歌も絵も上手いのかどうかよくわからなかったが、その歌声を聞き、絵を見ると、楽しい気持ちになった。
それは特別な才能なのかもしれないと思った。世の中には剣を振るい、魔法を扱う以外の重要なこともあるのだと知った気がした。
フタバはユウマとの絆そのものでもあり、それ以前にただ純粋に愛すべき存在だということを今さらながら確信した。
父や母がなぜ私を捨てたのか、ますます理解ができなくなっていった。
「結婚するならビーがいい」
フタバがそんなことを言うようになった。
言葉を理解できるビーは、誇らしいような、照れたような、とにかく嬉しさが顔から滲み出てくるのだった。
「ビーはおじいちゃんだからやめておきなさい」とたしなめるのだが、それが何だと言わんばかりにフタバは無視するのだった。
確かにビーみたいな人だったらきっとフタバも幸せになれるだろうな、とも思ってしまう自分がおかしかった。
ビーはフタバの相手をよくしてくれた。普段から遊び相手はもちろん、仕事でユウマも私も遅くなるときは、ビーがフタバを迎えにいってくれたりもした。私やユウマ以外にも心を許せる存在ができて、日々が充実しているようだった。
フタバは十歳を過ぎると、双樹教会で、歴史や、マナ学を学ぶようになり、その知識を自慢げに披露するようになった。
そうした教育を受けたことがない私は少しうらやましく思ったが、フタバの話を聞くだけでも楽しかった。
この世界には、まず虚無樹だけがあって、あるとき、虚無樹が気まぐれで、世界樹を生み出し、世界樹が地上を作り、生き物たちを生み出すようになったが、虚無樹はそれを破壊することを喜び、世界樹は虚無樹の破壊に屈せずに創造を続けるという神話的な話から始まった。
虚無樹はやがて、別の世界への門を作り、破壊を好む魔族を呼び込み、ついには魔王という最大の破壊者まで連れ出してくるようになった。
世界樹もたまらず、知性の高い生物を作り出し、魔王に対抗する勇者を召喚させた。
勇者は魔王の討伐に成功することもあれば、魔王に返り討ちにあうこともあった。
歴史上、何人もの勇者を返り討ちにする魔王もいれば、一人で複数回の魔王討伐に成功する勇者もいた。
いくら強い勇者でも、魔王に比べると圧倒的に寿命が短く、多くても三回の討伐が限界だった。
それに比べて、強力な魔王は何代もの勇者撃退に成功した例もあった。特に現代の魔王ヴァルゼインはすでに五人の勇者撃退に成功しているとのことだった。
それでもヒト族が支配されずに済んでいるのは、世界樹の加護がまだ健在だからなのだという。
しかし、魔王を討伐しうる今代の勇者は、すでに魔王討伐を止め、引退していた。もし次代以降の勇者が魔王討伐に失敗し続けたら、ついにヒト族は魔族に支配されることになるのだろうか。
そうしたら私たちの生活はどうなってしまうのだろうと少し不安になった。
「何があっても僕が必ずおまえたちを守るから大丈夫だよ」
一緒にフタバの話を聞いていたユウマが言った。
確かに、ユウマがいる限りは、私たちも、このウィルクレスト村の人々も、魔族に支配されることはないだろうと思った。
「大した危険もないし、あなたに勝てる人なんてこの世界にはいないじゃない。まあ、頼りにしているわ」
ユウマが寿命を迎えたら、ヒト族は無事ではないかもしれないが、ユウマがいなくなった世界のその後にはあまり興味が持てなかった。
フタバのマナ学に関する話も興味深かった。私たち生物が生きていられるのも、世界樹がすべての形あるものの源となるマナを生成し続けているからで、万が一世界樹が活動を止めたら、生物どころか、万物が維持されなくなるようだ。虚無樹の役割も重要で、世界樹によって形あるものだけが生成されるようになると、マナが枯渇し、形あるものが形を維持できなくなるため、虚無樹が負のマナを生成することで、形あるものが増殖し続けるのを抑制し、正のマナが枯渇するのを防いでいるということだった。
ユウマが以前、世界樹と虚無樹の関係について話をしていたのを思い出した。彼はこの知識をすでに持っていたのだろう。しかし、それは虚無樹は世界樹が生成した世界を動かす助けをしているという話で、フタバの話と少し内容が違っていたような気もするので、たぶん真実はわかっていないのか、人によって捉え方が変わるのかもしれないと思った。
「世界がもし最期を迎えても、ビーのことは忘れないし、パパとママのことも覚えておいてあげるからね」
フタバはそんなことを言って、まだ子どもなんだな、と思った。
「そうだね。世界が無くなったとしても、僕たちはきっとお互いのことを忘れないようにしよう」
ユウマもそんなことを言い出したが、冗談で言っているような顔ではなく、その真剣な表情が何だかおかしかった。
マナ学は魔力も研究の対象にしていた。
魔力は自然界のマナを操作するための力で、やはりマナの一形態なのだということだった。世界樹の正のマナは守護や癒しの魔法を主に司り、虚無樹の負のマナは主に破壊の魔法を司っているとのことだった。
魔力のない私にはあまり関係のない話かもしれないが、仕組みを知るというのは面白かった。
それにしてもマナはどのように生成されているのか、その仕組みも少し興味があった。ものを学ぶと新しい疑問が出て、きっとその疑問を追求することでより深い知識を得ていけるのだと思った。
フタバは十三歳になると、少し難しい年頃になってきた。
ユウマや私のことがわずらわしいのか、家にいても自分の部屋にこもりがちになった。
不満があるのなら、言ってくれればいいのに、とも思ったが、ユウマは「理由もなく何もかもが気に入らない年頃なんだよ。そっとしておこう」と、あまり気にすることもなかった。
ビーだけは特別扱いで、フタバの部屋に招き入れられており、ユウマと私に「任せておけ」という顔をするのだった。
それでも十四歳の誕生日には、ケーキにつられてフタバは私たちの前に現れた。いつものように蝋燭に火を灯し、ケーキを囲んでお祝いをした。
ケーキをお腹いっぱい食べたフタバは上機嫌にいろいろと話をするのだった。
その話の中で、将来何をすべきなのか、夢が見つからないとフタバは言った。
「夢なんてなくなって、何者にもならなくたって、おまえはこの世界に確かに存在するフタバだ」
ユウマはそうフタバに言うのだが、フタバが納得しているようには見えなかった。頼りない大人たちだと思われている気がした。
二十年間、日々を過ごしていく中で、フタバとビーが、私たちの生に彩りを与えてくれていたのは間違いない。
「ずっと、四人でこうして暮らしていけるといいね」
私がそう言うと、ユウマは微笑んだが、なぜか少し寂しそうに見えた。
そして、その一年後、フタバが生まれてから、十五本目の蝋燭の火を灯す日を迎えた。




