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さよならは双樹の下でーー勇者と魔族の禁忌の愛  作者: Vou


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第一話 旅立ち

 昨日は何でもない一日だった。


 ユウマは寝起きが悪かった。なかなか起きようとしない彼にビーが飛び乗り、次第に巨大化すると、その重量にびっくりして彼は起きる。

 その様子をフタバが笑って見ていた。

 よくある朝の光景だった。


 朝食の後、フタバを村の教会に預け、ユウマと私は手分けをして国境の巡回を行った。

 私たちの暮らすウィルクレスト村は国境の南側に位置し、北側に魔族領が広がっていた。

 巡回の合間にもたびたびユウマは教会に寄り、フタバだけでなく、身寄りのない子どもたちの世話もした。

 何も異常はなく、何事も起こらず、昨日の巡回は終わった。


 家への帰りに、フタバの誕生日のケーキを買った。

 ビーも含め、四人で夕食をとり、湯浴みをして、フタバとビーが眠りについた。


 二人が眠ったのを確認して、ユウマと私も一つの寝床で横になった。

 夜警が緊急の鐘を鳴らすこともなく、穏やかな夜だった。


 ユウマは眠る前に「フタバが成人か」と感慨深げに言っていた。

 私も、彼の吸い込まれるような漆黒の髪の中に白いものが混じっているのを見て、時の流れを感じた。

 彼のそうした変化も私には愛おしいものだった。


 ユウマがどこに向かったのか、ぼんやりと思い浮かぶことはあった。

 一つは魔王城だ。近ごろは魔族の襲撃は途絶えていた。しかし、このウィルクレスト村が例外であって、ヒト族の領地の多くは攻め込まれ、疲弊し、劣勢にあると聞いた。

 ユウマが勇者の任務を放棄したことで、次の勇者召喚が行われているはずだが、その結果は聞こえてこない。考えうるのは、魔族が占拠に失敗を重ねているこの村を諦め、迂回して王都への道を進もうとしているということだった。

 ユウマは今度こそ戦いを終わらせるべく、魔王のもとに向かったのだろうか。私とビーに出会って魔王討伐を断念し、そのことによって戦争が長期化し、犠牲者が増えたことを後悔しているのではないか。

 もしユウマが魔王に会いに行ったとしても、魔王を殺すことはできないだろうと思う。二十年の時を経ても、彼の考えが変わったとは思えない。彼は魔王と話し合うのだろうか。私がそうだったように、戦いを諦めさせることができると考えているかもしれない。


 もう一つの可能性ーーこの世界で彼の拠りどころがあるとすれば、ヒト族の王都か、世界樹(ワールド・ツリー)か、どちらかだろう。

 しかし、今さら王都に戻るとは思えない。彼はこの二十年、一度も王都に帰りたいと言ったことも、素振りを見せたこともない。むしろ彼は自分が召喚された王都という場所を嫌ってすらいた。

 そもそも彼の本当の故郷は別にあるのだ。


 やはりユウマは世界樹を目指しているのだろうか。あるいは虚無樹(アビス・ツリー)の方に向かっているということもありうるだろうか……

 私は虚無樹が何を世界にもたらしているのか正確には知らないが、魔族にとっては世界樹と同じように崇高な存在だ。

 フタバの名前の由来の半分であることを考えると、名付けたユウマも何かを知っているのかもしれない。


 旅に出向くための準備に取りかかった。


 ユウマと二人で蓄えた小さな金貨の袋を手に取る。


 勇者として成功していれば、ユウマは巨万の富を築けたに違いない。

 貴族にもなれただろう。あるいはヒト族の姫と結婚して、王にもなれたかもしれない。

 彼なら、ヒト族だけでなく、魔族やエルフ族も含めて、世界を支配する力だってあっただろう。


 ユウマならきっと素敵な世界を築いたに違いない。


 しかし、私はユウマが決して支配者などにならないことを知っている。

 彼は権力をひどく嫌っていた。

 権力は人を変えてしまう。他の人が無条件で自分に従うことに酔わされてしまう、と彼は主張した。

 きっとユウマ自身が権力者に振り回され、したくもないことをたくさんしてきたことを思い返していたのだろう。

 勇者として魔族を殺すことも、自分に強いられ、だがしたくなかったことの一つだったに違いない。


 旅路にわずかばかりのお金も必要だろうが、もう一つ持っていかなければならないものがあった。

 デスブリンガー(死をもたらす刃)。勇者には決して届かなかった魔剣だが、何人もの戦士を屠り、血を啜ってきた魔剣だ。

 ユウマのもとにたどり着くためには必要となるだろう。

 私はヒト族の敵であり、魔族にとっても裏切り者だ。どちらにも狙われかねない。もちろん魔獣にも出くわすだろう。


 それから、双樹の灰の蝋燭を一本荷物袋の底に入れた。

 フタバとはしばらく離れ離れになるが、この蝋燭がフタバとの繋がりになってくれる気がした。


 私たちが暮らすこのウィルクレスト村は、ヒト族の村でありながら、魔族の私にも優しかったと思う。

 私以外にも、村には、子どもの魔族が何人か保護されていた。


 魔族領とヒト族の境界に存在するこの村は、魔族や魔獣の襲撃を頻繁に受けた。

 ユウマと私は村兵としてその侵攻を防ぐ役目だった。もちろん彼は魔族を殺すことは嫌がったのだが、村人が殺されることも、ましてや村人に魔族と戦わせることが耐えがたく、やむを得ず、攻撃してくる魔族を撃退し、殺さざるを得ないことも少なくはなかった。

 かつての私のような魔将級の魔族であれば、ユウマであっても、ましてや私では、単純に無力化し追い返すということは難しく、被害を広げないために止めを刺す必要があったのだ。

 

 ときおり、無謀にも子どもの魔族が少数で襲いかかってくることもあった。やむを得ず殺してしまった魔族の子どもらが、そうして復讐にやって来るのだった。

 私やユウマにあらん限りの罵詈雑言を浴びせ、覚えたての剣術や魔法を使い、全力で攻撃を仕掛けてくる。

 もちろんそのような攻撃が通るようなことはなく、ほとんどの子どもは逃げ帰るのだが、おそらく帰る場所もない子どもは最後まで抵抗した。私たちはそういった子どもたちを捕縛し、力を封じたうえで保護し、このヒト族の村で、ヒト族の子どもと同じように住まわせるのだった。

 孤児として教会に預けられたその子どもたちの様子を見るのが、ユウマの日課の一つだった。


 魔族の私は差別を受けることもあったが、少なくとも住むことを許され、役割を与えられていた。

 魔族の侵攻の最前線で、その脅威に怯える村が私を受け入れてくれたのは、ユウマのとりなしがあったからだ。私も彼と一緒にいるために、この場所を守るために、可能な限りこの村に尽くしてきたつもりだ。

 私の居場所はもうこの村以外にはないだろう。ここから外に出ることは怖い。それでもこのままユウマを失うことは受け入れられない。

 いずれユウマは私より先に寿命を全うするだろう。そのとき私はどうするだろう。老齢のビーも、ヒトの血を引くフタバも私より先にいなくなるだろう。そうなれば私もこの世に未練はなくなるだろうが、今はまだそのときではない。


 魔族領とヒト族の領地の国境に沿って東に向かえば、やがてエルフの大森林、そして世界樹にたどり着く。

 まずはそこを目指そう。


 魔族の角を隠すため、フードのついたマントを羽織る。すっかり私のもののようになったが、もともとはあの人の、勇者のマントだ。

 ローブの内側で、鞘に収めたデスブリンガーを腰に差す。そして金貨の入った小袋を握りしめる。


「ママ、出かけるの?」


 身支度をする私に、フタバが尋ねた。


「フタバ、私はパパを探しに行ってくるから、しばらく教会にいて」


 フタバは不安そうな表情を浮かべた。私の胸は張り裂けそうになる。

 それでもユウマの不在は耐えられない。私はどうあっても彼にまた会わなくてはならないのだ。


「……早く帰ってきてね」


 フタバを連れ、家を出ると、小さなビーがとことこと走り寄り、後ろからついてくる。そして東の方角に鼻を向け、尻尾を振った。


 ユウマと二十年過ごしたこの家は、決して大きくはなかったが、居心地はよかった。

 いや、家などなんでもよかったのだ。私にはユウマが、ビーが、そしてフタバがいた。

 これ以上、望むものは何もない。

 だが、その中の一人でも失われるのは耐えがたい。


 教会の司祭にフタバを預け、金貨の小袋を渡した。

 万が一、私がここに戻って来られなかったときのために、フタバと魔族の子どもたちの養育費としての寄付だ。

 ユウマも私も不在の間、魔族の侵攻がないことを祈る。しかし、ユウマが何も考えずに村を離れたとは考えられず、むしろ魔族の侵攻をやめさせることが彼が村を離れた目的の一つであるという考えが誤っているとは思えなかった。


 司祭は「双樹の加護のあらんことを」と祈りを捧げてくれた。

 この教会もまた、私たちにとって特別な場所だった。


「行こう、ビー」


 ユウマと一緒でなければ、私がこの村にまた帰ってくることはない。

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