回想6 魔族のアナ4
魔将には大きく二つの役割が与えられることが一般的だった。
一つは魔族兵を率いて、ヒト族の領地に攻め入ること、そしてもう一つは魔王城の防衛にあたることだった。
私はヒト族の領地に攻め入ったほうが武功を挙げやすいのではないかと考えたが、そうとも限らなかった。
ヒト族の町の兵士はそれほど強力ではなく、侵攻自体がそれほど難しくない。そのため、町を占領する程度だけでは、そこまで大きな武功を挙げたとは認められにくいのだった。しかし、より深く攻め入るほど、魔族領からの距離が遠くなり、必要な物資が届きにくくなる問題もあるのだが、それ以上に、なぜか魔族兵の力が弱まっていくのが最大の問題であった。おそらく魔族に力を与える虚無樹からの距離が遠くなるためか、王都周辺に張られている結界のためか、あるいは両方の要因だろうと言われており、魔族がヒト族より魔力も膂力も強力なのに、ヒト族を制圧しきれない大きな要因でもあった。
私とビーに与えられた役目は魔王城の防衛だった。
ヒト族を攻める役割と比べ、魔王城の防衛は武功を挙げる機会が多かった。魔王城には私が想像した以上に多くの来客があり、私は何十年もの間、その対応を務めることになった。
多かったのは、ヒト族の冒険者や軍隊の侵攻で、魔王城まで到達できるほどの力のある戦士たちがやってくるため、並の魔族ではとても敵わない。そのため、魔将級の者が魔王城の防衛にあたるのだった。
大規模な軍隊が襲ってくる場合、魔力の強い魔将が大規模攻撃で撃退し、個の力で攻めてくる冒険者や小規模部隊は私とビーが対応することが多かった。
中には強力な敵も来るのだが、デスブリンガーを手にした私と、世界最強の幻獣であるビーは無敵だった。
腕に覚えのあるヒト族の冒険者たちは確かに実力のある者たちばかりであった。しかし、私の鋭く的確な剣技の速度についてこられる者はなく、デスブリンガーの斬撃に耐えられるほどの防御ができる者もいなかった。ある程度人数がいても、巨大化したビーが長大で強靭な尾での攻撃で一掃した。剣士は剣を振るう前に倒れ、盾役も防御しきれず、魔法使いは詠唱する間もなく一閃されていった。
魔王城内でも、私とビーの名声は瞬く間に広まり、魔王ヴァルゼインも私の活躍に満足しているようだった。
ヒト族以外にも、魔王城に招かざる客はやってきた。使役されていない野生の魔獣たちだ。魔王城には魔王や幹部たちをはじめ、魔将や魔族兵など、魔力の高い精鋭たちが揃っており、世界の中でも極端に魔力密度の高い場所になっており、野良の魔獣が引き寄せられやすかった。頻度だけで言えば、ヒト族の襲撃よりも多かった。
そうした魔獣についても、大きな群れであれば、魔法使い系の魔将が対応したが、単体、または少数の群れであれば、私とビーが優先して対応した。ヒト族相手と同様に、ほとんどの魔獣は簡単に一蹴した。
ある日、普段のように魔王城門内で待機していると、ビーが何かに気がついたかのように急に立ち上がり、魔王城の外に駆け出した。私は慌てて後をついていった。
城門の外に出てみると、遠方から何かが上空を飛来し、魔王城に近づいてきているのが見えた。
次第に大きな翼をはためかせて飛ぶ魔物の姿がはっきりしてきた。
ドラゴンだった。
ときおり、魔界から迷い込んだドラゴンがやってくることはあった。だが、そのドラゴンは何か様子が違った。
ドラゴンの強い魔力に気づいたのか、他の魔将たちも何人か城門付近に集まり始めた。
「エンシェントドラゴンだ……」
誰かがそう呟いた。
エンシェントドラゴンといえば、魔界でも最古のドラゴンで、虚無樹の加護を多く蓄積した強大な魔物で、幻獣ベヒーモスとも肩を並べるほどの強さを誇るはずだった。
今まで魔王城防衛の任務で戦ってきた中でも、最強の難敵であることは想像に難くなかった。
エンシェントドラゴンが魔王城に到達する前に迎撃しようと、魔法使い系の魔将が城壁の上に立ち、詠唱を始めた。
素早い詠唱ののち、巨大な火球や雷がエンシェントドラゴンに向けて一直線に放たれ、直撃した。
さすが魔族の精鋭たる魔将といったところだった。
煙幕が上がる中、エンシェントドラゴンは何事もなかったかのように再び姿を現し、魔王城に向かってきた。
そして次の瞬間、大きく口を開けた。
ブレスが来る、と思った瞬間、私は視界を遮られた。巨大化したビーが私を庇ったのだ。
ブレス攻撃が終わったのか、ビーが私から離れ、上空を見上げた。ビーは無傷ではないだろうが、致命的なダメージは受けていなさそうだった。
私もそちらを見ると、変わらず、エンシェントドラゴンは悠々と空を飛んで魔王城を伺っていた。
このままでは魔王城に突入してしまう、と思った。
魔王ヴァルゼインなら撃退できるだろうが、魔王の手を煩わせるわけにはいかないし、魔王城への被害も無視できないだろう。
しかし、私の剣では飛翔するエンシェントドラゴンには届きようがなく、攻撃のしようがなかった。
他の魔将に頼らざるを得ないが、ブレスでの被害がどの程度だったのかわからなかった。
すると、ビーが私を足の後ろに隠し、詠唱を始めた。ダーク・メテオの衝撃から私を守ろうとしているようだ。
ビーが魔法を使おうとするのは、魔王城防衛の任を受けてから初めてだった。
それだけの難敵だとビーも認めていたのだろう。
ビーの足の陰に隠れたまま様子を伺うと、エンシェントドラゴンも、私とビーが無事なのを認めたのか、空中でこちらに向き直り、再びブレスの態勢に入ったようだった。
エンシェントドラゴンが大きな口を開けたそのとき、暗黒に染まった天空から漆黒の巨岩石が降り出した。そのすべてがエンシェントドラゴンを目指して飛来した。
一つ目の隕石が直撃し、さすがのエンシェントドラゴンも姿勢を崩し、ブレスはこちらではなく、何もない中空に放たれた。
凄まじい勢いで広範囲の空を焼くブレスは相当な威力であるに間違いなかった。私は城門の上にいた魔将が全滅しているだろうことを確信した。私とビーでなんとか対処しなければならない、と思った。
ビーの召喚した隕石が続けざまに炸裂すると、ついにエンシェントドラゴンは地上に墜落した。さらに隕石は降り注いだ。
ダーク・メテオが完了した瞬間を見逃さず、私は全力でエンシェントドラゴンが墜落したその場所に駆け出した。
山のように積まれた巨岩石が動き出し、崩れ始めた。無事であるはずはないが、エンシェントドラゴンはまだ生きて、巨岩の山から這い出てこようとしているのだ。私は岩石の動きを見極め、エンシェントドラゴンがいるであろう箇所に素早く近づいた。
やがて巨岩石の隙間から、弱々しくエンシェントドラゴンが顔を出した。
私はそれを見逃さず、全力でデスブリンガーを振り下ろした。
強い手応えだった。
エンシェントドラゴンの首が、巨岩石を伝って地面に向かって落ちていった。
エンシェントドラゴンは強かった……ビーのダーク・メテオがなければ、撃墜はできなかったし、デスブリンガーでなければ首は落とせなかっただろう。
エンシェントドラゴンの首が地面に到達するや否や、ビーが倒れて、小さくなっていった。
私は驚いてビーに駆け寄った。
ビーはその背中に大きな火傷を負っていた。その上、生命力をふりしぼって魔力を使い果たしたのか、呼吸が弱まっていた。
私は慌ててビーを抱えて城内に走り戻り、治癒室に向かった。
そのときは運良くすぐに治癒師が対応してくれたため、ビーは順調に回復していったのだが、その間私は気が気でなかった。
私はビーに、今後無理に私を庇ったり、メテオを発動したりしないようにと言い、私もそんな状況にならないよう、注意するようになった。
ビーを失うくらいなら、私が死んだほうがよほどいいと本気で思った。
その後、エンシェントドラゴンと戦った他の魔将たちがすべて最初のブレスで殺されていたことが確認された。
私はエンシェントドラゴン討伐の功績により、筆頭魔将に任命され、魔王城の防衛責任者となった。
ヒト族の精鋭部隊も強力な魔獣たちも、私はビーと、そして他の魔将たちを指揮し、すべて撃退した。
魔王の私に対する信頼も日に日に増していっただろうと思う。
そして運命の日を迎えることになった。
魔王ヴァルゼインからの指令が下りた。勇者を魔王城門前で撃退せよ、とのことだった。
勇者を倒せば幹部に取り立てられることは間違いなく、側近として、これ以上ない地位を確立できる可能性も高かった。
そんな思惑を抱きながら、私はユウマと出会うことになり、そのつまらない思惑を粉々に粉砕されることになったのだった。




