回想6 魔族のアナ2
「幻獣」は森の中から姿を現した。虚無樹は本当に魔獣を生み出しているのだと思った。その魔獣が生物の匂いを嗅ぎつけ、森の外に出てきたのだ。
その魔獣は四本の足で歩いていたが、森の背の高い木々に負けない高さの体躯だった。
明らかに今まで戦ってきた魔獣とは違った。
魔獣は私たちの姿を認め、真っ直ぐ向かってきた。
私たちの目の前までやってくると、私たちは顔を大きく上に向けて、その魔獣を見上げていた。
魔獣の頭には二本の鋭い先端の角が天を向くように生え、全身には分厚い筋肉をまとい、太い鞭のような尾が伸びていた。
自分たちの何十倍もの大きさの魔獣を前に私たちは身動きを取ることもできなかった。
魔獣は大きな咆哮を上げた。
何人かの仲間が威圧により、その場に倒れた。
私は何とか精神力を保とうと、咆哮の威圧に抗った。
と、前衛の位置を取っていた私の背を誰かが強く押した。私はつんのめり、一人魔獣の足元にまで押し出された。
振り返ると仲間の一人が後ろに走り、逃げ出していた。
魔獣は私には目もくれず、何かを呟いていた。
詠唱?
魔族の詠唱とは異なるようだったが、何か言葉らしきものを形作っていた。
私は呆然と、この魔獣には高い知能があるのだと思った。
魔獣の巨大な角が黒ずみ始めた。その禍々しい黒に憧憬すら覚えた。
私はここで死ぬのだと思った。そのことに関して、特に何の感慨もなかった。弱い者は強い者に殺される。その単純な世界の理が作用することに清々しさと喜びさえ感じていた。
魔獣の角の先のはるか天空が黒ずみ始めた。
何かが来る、と思ったその刹那、巨大な漆黒の岩石が地上に降り注ぎ、凄まじい衝撃を発生させた。
以前どこかで聞いた究極魔法の一つ、「暗黒隕石」だろうかと思った。
最期の瞬間に神々しい破壊の結晶を目にし、私は恍惚としていた。
気づけば、魔獣の前方一帯が、深淵から降り注いだ隕石で覆い尽くされていった。
私以外の四人の仲間たちは、避けようのない究極魔法の前に跡形もなかった。
そして、魔獣の足元にいた私は、衝撃に全身が痛んでいたものの、隕石の直撃は免れ、生は助かったようだった。
そして、その巨大な魔獣が横に倒れ、また衝撃が発生した。
魔力を使い果たしたのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、私も気を失った。
気がついて目を開くと、そこにあの巨大な魔獣はすでにいなかった。
代わりに、小さな子犬が寝転がっていた。よく見ると、子犬の耳のように見えたものはあの角が小さくなったもののようだった。
私は直感的にそれがあの巨獣だと悟った。
巨大な体躯を顕現させるのにも魔力が必要だったらしかった。
本能的に助けなければと思った。
この弱った子犬のような魔獣であれば、簡単に殺すことができたはずだ。なぜ助けようと思ったのかその頃はわからなかった。
しかし、私はその魔獣の強大な破壊の力への敬意とともに、どこか孤独の寂しさを感じ取っていたのかもしれない。それが自分の心性と共鳴していたのだと思う。
きっと虚無樹によってこの世界に召喚される前に、魔界でひどい目にあって、傷ついて、目に見えるものすべての怒りを覚えていたのかもしれない、と思った。魔獣の凶暴性を考えると、そうした魔獣こそ、虚無樹が好んで召喚するのではないかと思った。
私は体の痛みをこらえながら立ち上がり、倒れた子犬の魔獣に近づき、抱きかかえた。とてもあの巨獣とは思えない軽さだった。
魔獣は目を覚まし、私に抱きかかえられていることに気づくと、私の腕に噛みついた。
しかしその力も弱々しく、より哀れみを誘った。
私は一度、魔獣を地面に横たえ、携帯していた皮袋に入った水を取り出し、魔獣の口元に持っていった。
最初は警戒していたが、その賢い魔獣はすぐに私に敵意がないことを悟り、水を飲み始めた。すべてを飲み切るまで無心に飲み続けていた。
それから、ここに来るまでの間に狩った魔獣の生肉の拳ほどの塊を与えるとこちらもきれいに平らげた。
魔獣は「ビー」と弱々しい声を上げた。
私はその鳴き声が「ありがとう」と言っているように聞こえて、とても気に入り、この魔獣をビーと呼ぶことにした。
それがその後の大親友となるベヒーモス、ビーとの出会いだった。




