回想6 魔族のアナ1
百五十年ほど前、私はこの世界に生を受けた。
父親は強大な魔力と優れた剣技を持ち、魔族の中でも一目置かれる存在で、魔王政府幹部の一人だった。父は何十人もの妻を持ち、私の母はその中の一人だった。
母は魔力が弱かったが、その美貌により父の目に留まることができたのだった。
その二人から私は生まれたわけだが、私には魔力がほとんどなかった。そのため、父が私に興味を持つことはほとんどなかった。
魔族の価値観では力が何よりも重要であり、力さえあれば、権力を含め何でも手に入れることができた。私は愚かな者が、自分が愚かだと気づかずに権力を持ったらどうなるだろうと疑問に思うことがあった。私が父に抱いていた印象はそういったものだった。
母も、私が子どもの頃は最低限の世話をしてくれたが、成長するにつれて、私に魔力の発芽がないことを認めると、早々に私を世話することを諦め、次の子どもを授かるべく、父や、ときには他の有力魔族に近づく活動に勤しむようになった。
私が後に筆頭魔将になると、ようやく父は私の存在を認識するようになったが、私が自分の娘だという認識はなかった。
私が婚姻関係や、子どもを産むことが不毛だと考えたのはそういった幼少期の記憶があるためだ。
魔族の男に恋心を抱くようなことも一切がなかった。父親のような男や、魔族の文化自体を軽蔑していたのだと思う。
私だけではなく、魔族社会で才能のない子どもが力を持つ親に捨てられるのはごく一般的なことで、父の子どもたちが例外なわけではなかった。
そうした子どもたちは、子どもたちで社会を形成する。子どもたちだけで徒党を組み、ときに大人の魔族から盗み、弱いヒト族を襲い、魔獣狩りを行い、何とか生きる術を見出すのだ。
もともと才能がないと見限られた子どもたちが中心になるため、それは簡単なことではなく、そうした子どもは次々と命を失い、また次々と捨てられた子どもが補充されていった。
仲間としての絆も希薄で、単に利用し合う仲間であり、自分が生き残るために、仲間を裏切ることも日常だった。
そんな捨てられた魔族の子どもたちの環境で生き残るためにも、やはり力が必要であった。
私は自分に魔力がないことを自覚していたので、迷うことなく剣技を磨くことを早い段階で決めていた。 まだ父の家にいた頃に、がらくたのように無数にあった武器の中から一振りの剣を見つけ、それを使って剣技の練習をしていた。父が師になることはなかったが、ときおり見る機会のあった父の剣技を見よう見まねで模倣した。
他に何もすることがなかったので、ひたすら剣の練習をした。子どもには重い剣ではあったが、次第に筋力もつき、剣筋も鋭くなっていくのが感じられ、私は夢中で練習を重ねるようになった。
とはいえ、実践経験もなく、魔力のように見せやすい力もなかった私は早々に家を出ていくことになった。
家を追い出されて、魔族の捨て子社会の構成員となってからも私は鍛錬を怠らなかった。
実践に身を置かざるを得ない環境で、私は磨き上げた剣技により、魔獣を狩り、ヒト族を殺した。
魔族の大人も殺すことに成功し、私は子ども社会の中でも一目置かれる存在となっていった。
私はその小さな社会でリーダーのような存在となっていった。魔獣やヒト族や大人を殺すたびに自分が偉大な存在に近づいていき、まるで魔王になったようなつもりになっていたように思う。
私の所属する捨て子集団は魔族の中でも名が知られるようになってきており、「深淵の子ら」という異名までつけられるようになった。
名が知られてくると、捨て子以外にも、野心と実力を持つ子どもたちも加入するようになり、組織として強固にもなってきた。
私を含め、組織の中でも実力のある者であれば、並の魔獣は問題なく狩ることができ、ヒト族の兵士や冒険者相手であってもまず負けることはなかった。
あるとき、「深淵の子ら」の名をさらに知らしめるようにと、幻獣を狩る計画が発案された。幻獣を倒したとなれば、魔王や魔王の幹部の耳にも入り、「深淵の子ら」の魔族内の地位が高まるだろうという思惑があった。
計画といっても杜撰なもので、エルフ大森林の虚無樹が世界樹に干渉することで魔獣が発生しているという通説に従い、虚無樹の近くに行けば幻獣と呼ばれる強力な魔獣が出現するので、それを討伐するというだけのものだった。
幻獣が実在するのかもあやふやで、幻獣がどのような存在でどう討伐するかの作戦も何もなかった。
それでも、魔王や幹部であればともかく、魔獣であれば私は負ける気がしなかった。
私たちは五人の精鋭でエルフ大森林に向かった。エルフ族への攻撃は魔族の間でも禁忌であったため、大森林の中までは入らず、ただ何となく虚無樹に近づくことだけを考えていた。
エルフ大森林に近づくほど、確かに魔獣は強くなっていった。それでも私の鍛え上げた剣技や、強い魔力を持った精鋭の魔法で、大きな苦戦もなく進むことができた。
やがて森の姿が見えてきた。
森の中には入れないため、その付近で出現した魔獣を幻獣と見なして討伐し、終わりとすることにした。実際のところ、そこまでの移動と戦闘により、すでに皆、疲弊しており、潮時だった。
そして「幻獣」は現れた。




