第五話 虚無樹への道2
「目が覚めた?」
頭が重かった。
瞼を開き、声のしたほうを向くと、そこにエルフ族らしき女がいた。私の角が魔族であることを示すように、エルフ族は尖った形状の耳をしていた。
その女は長い黄金の髪を持ち、人形のような、作り物めいた儚げな美しさがあった。
その神秘的な美しさは、私にあの蝋燭の灯を思わせた。
「申し訳ないけれど、少し眠ってもらっていたわ。あなた、魔王の援軍だと思ったんだけど……」
「違う! 私は……」
……私は何なのだ? 魔族でありながら、もはや魔族の組織には属しておらず、魔王を援護する者でないことは間違いない。
かと言って、ヒト族の社会に溶け込みながらも、ヒト族を積極的に擁護するわけでもない。
魔族もヒト族もなく、ただただ、ユウマとフタバとビーと穏やかに暮らしたいだけの女なのだ。
「少なくとも敵ではないみたいね。ヒルダ様の紹介状は読ませてもらったわ。サイランデル様に会いたいのね。でも今はそれどころじゃないのよね」
そうだ、ヒルダはサイランデルへの紹介状を書いてくれていた。
しかし、今はサイランデルよりも優先しなければならないことがあった。
「私も大賢者ではなく、魔王に会わなければならない」
私は立ち上がろうとして、足に力が入らないことに気づいた。
「少し休んだほうがいいわ。あなた、よほど急いでいたのかは知らないけれど、疲労の蓄積が異常よ」
「私は行かないと……」
体を思うように動かすことができず、焦りが募った。
「その子もぼろぼろじゃない。無理よ」
傍らではビーが小さく丸まって眠っていた。
「その子、あなたを守ろうとして必死だったわ。今はこんなかわいい姿だけど、さっきまで恐ろしい姿で驚いたわ。ベヒーモスなんて実在したのね。この森の中でなければ、間違いなく私は殺されていたわね。今は精霊の魔法で眠ってもらっているわ。そのうち体力は戻るとは思うけれど、もうだいぶ年老いているのね。あなたもその子が大事なら、一緒にいる時間を大切にしないといけないわ」
「私は魔王のところに行かないと……」
「魔王に会って何をするつもり? いえ、何ができるの?」
魔王とユウマが対峙しているところに割って入って私に何ができるのだろう? 私も魔王に殺されるだろうか……それでも……
「私は……ユウマに会わないといけないの」
「ユウマ? あの勇者?」
「ユウマはここに来たのね?」
エルフの女は思案するような顔をした。
「自己紹介していなかったわね。私はフィオナ。この森の門番みたいなものよ。この森に入る者は全て見ているわ。
勇者なら来たわ。あなたが森に来るすぐ前にね。勇者ならあなたみたいな魔族と違って無条件でこの森に入れるしね。魔族が勇者を追うってことは、勇者討伐……ってわけではないのよね?」
もう少しで間に合ったのか……もう少しだったのか……
「ユウマは私の恋人なの。魔王に会ったら殺されてしまうかもしれない」
「は? 魔族が勇者の恋人? どういうこと?」
「あの人は魔族との争いを望んでいないの。魔王を倒そうともしないでしょうね。だから魔王に殺されるんじゃないかと思って……」
「そうなの? あの勇者、二十年前に突然魔王討伐をやめて、こんな状況になって、またのこのこやってきて、今度こそ魔王を討伐してくれると思って通したのに……」
「何が起きているの? 魔王は何をしようとしているの?」
「魔王は虚無樹の力を使って、この森を制圧しようとしているわ」
やはり魔王はエルフ族を支配するつもりなのか?
「魔王はエルフ族がいなくなったら世界がどうなるかわかっているの?」
「さあ、どうでしょうね。私は魔王の考えていることはわからないし、目的もよくわからないわ。ただ、ここを攻撃しているのは事実よ。サイランデル様が結界を維持して守っていて膠着状態が続いていたんだけど、虚無樹の力が強くて、少しずつ侵攻を許しているの。勇者が魔王をどうにかしてくれると思ったのに……」
「ユウマは……勇者はどんな様子だったの? 何を話したの?」
「そうね、あなたにこんなことを言っていいのかわからないけれど、私には心を失っているように見えたわ。私も何千年も生きてきて、この森にやってくるヒト族を多く見てきたけれど、あれは死ぬことを何も思っていないヒトの顔だったわ」
「そんな……そんなことあり得ない」
私はそれを認めたくなかった。
しかし、私はそのことも考えていたはずだった。
ユウマの置き手紙にはそのことが示唆されていたはずだ。
彼は何かを覚悟し、私たちとの永遠の別れを決めていたのだ。
心を殺し、この世からいなくなって、何かを成し遂げようとしていたことはわかっていたのだ。
「行かないと」
体はまだ重いが動くようにはなってきた。
地面に手をつき、続けて膝を立て、何とか立ち上がった。
「あなたが勇者に魔王討伐を促してくれる?」
「やれるだけのことはやる。私たちが生きる世界そのものがなくなっちゃったら元も子もないからね」
そう言うと、フィオナが大きく息を吐いた。
「私も何もできない自分に腹が立っていたところよ。少しでも助けになるといいけれど」
フィオナが何か詠唱すると、私に向かって、ふっと風が吹いた。
「風の精霊の加護を付与したから、普段よりもずっと速く動けるわよ。道に迷うこともない。精霊が導いてくれるわ」
体の疲労は抜けていなかったが、体が軽く感じられた。
「ありがとう」
「まさか魔族に精霊の加護を与える日が来るとは思わなかったわ。必ず生きて帰ってきてね。できれば、エルフ族と世界も救えるとありがたいわね」
私は微笑んで頷いた。
私もまさかエルフ族と協力することがあるとは思ってはいなかった。
「この子は置いていく?」
ビーはまだ眠ったままだ。
ここまでひどく無理をさせてしまったことを改めて申し訳なく思った。
「うん、あなたが見ていてもらえる? 必ず戻ってくるわ」
ビーをここで一人にさせておくわけにはいかない。必ずここに戻ってこなければという気持ちを強くした。
「わかったわ……」
フィオナは何かを言いかけて、その言葉を飲み込んだ。




