回想5 双樹教会(後編)
ウィルクレスト村での仕事に関して、ユウマも私も、難しさを感じることはあまりなかった。少なくとも、魔族と魔物との戦闘において、手強い相手と対峙することはなかった。
ヨナスが話していたとおり、魔王が戦略的に標的にすることはないようで、単にヒト族を害して略奪することを目的とした野盗のような魔族がときおり現れたり、人の匂いにつられてやってくる魔獣が出現する程度だった。
何よりも難しかったのは、教会とユウマの方針で、なるべく命を奪わずに追い返すために手加減をしたり、無鉄砲な子どもの魔族を相手にすることだった。
やむを得ず殺してしまうこともあったが、村を守るという村兵としての最大の目的は果たし、何とか仕事をこなすことはできていた。
ときおり、食べられる魔獣を仕留めたときには、村の人々と分け、自宅で私が調理して食べることもあった。
私の料理の腕前も、最初は肉を焼くくらいしかできなかったのが、次第に少し手の込んだスープなども作ることができるくらいにはなった。
失敗することも多かったのだが、ユウマはおいしくなさそうな顔をしながら、必ずおいしいと言うのだった。そんなときは申し訳ない気持ちになったのだが、それも楽しい思い出の一つだった。
村兵の仕事をすることで給料を得ることもできた。
ウィルクレスト村は、大賢者の庇護下にある自治区として、双樹教会が村の運営をしており、王都からの徴税はなく、寄付の形で村人たちが村の運営費を教会に納めるのだった。
村を守る村兵には教会から給料が支払われた。ユウマが魔王討伐のために与えられた軍資金から考えると、決して大きな金額ではなかったと思う。
それでも私たちは、お金を使った贅沢の仕方も知らないくらいだったので、わずかばかりの給料でも生活にはまったく問題はなかった。
買うものといえば、簡単な食材と生活に最低限必要な雑貨程度で、魔獣肉も村兵の仕事を介して定期的に手に入るため、その給料で十分賄え、少しずつ貯金を蓄えることもできた。
あるとき、ユウマと村の市場を散策していた。二人での買い物は私の大好きな時間でもあった。
「アナ、何か欲しいものはない? お金もだいぶ貯まってきたし、たまには贅沢してもいいと思うよ」
そうは言われても、何も欲しいものなど思いつかなかった。私はユウマとこうして静かに暮らせるだけで、それ以上の欲などなかったので、「何もない」と答えるしかなかった。
「ヒト族の女性は欲しいものが尽きないものだけどね」とユウマは笑ったが、少し残念そうでもあった。
「ヒト族の女性は何を欲しがるの?」
「きれいな服とか装飾品とかかな」
私は自分の身につけているものを見た。
戦闘を意識した、質素で実用的な黒の装束。動きやすいので、昔からずっと同じこの装束を好んで着ていた。身につけるものは、実用性以外に備えるべきものはないと思っていた。
「何でそんなものを欲しがるの?」
「うーん、よくわからないけれど、素敵なものを身につけると、気分が良くなって、周りの人も喜ぶからじゃないかな」
「ユウマも私がきれいな服を着たら、嬉しい?」
ユウマは少し恥ずかしそうにした。
「アナが良ければだけれど、そうだね、アナはきれいだから、素敵な服を着ているアナも見てみたいかな」
それを聞いて私も気恥ずかしくなった。
「じゃあ、ユウマが服を選んで」
「えぇ、僕はそういうの苦手なんだよな……」
そう言いながらも、ユウマは市場の中に服を扱っている店を見つけ、私の服を物色し始めた。困ったような顔をしながら、服を眺めるユウマがとても愛おしかった。
やがて諦めたのか、店主に、「この娘に似合う服を見繕ってくれないか」とお願いした。
「恋人ならあんたが自分で決めてあげないとダメじゃないか」と店主は返しながらも、いくつか候補を挙げ、その中から、ついにユウマが一つの服を選んだようだった。
それは質素ながら、美しい真っ白なドレスだった。「魔族らしくない色ね」と笑いながら感想を言ったが、ユウマが選んでくれたことがとにかく嬉しかった。
家に帰ってから、私は待ちきれず、さっそく買った服を着てみた。
服は私の体にちょうど合う大きさだった。着てみて急に恥ずかしく、不安になってしまった。こんな白いドレスを自分が着ることがあるとは思わなかった。私にこんなドレスが私に似合うはずがない。ひどく間違ったことをしているのではないかという不安に襲われたのだ。
「すごくきれいだよ、アナ」
そうユウマが微笑んだ。
「そう?」
本当はその一言だけで嬉しかったが、もっと何か言ってほしかった。
「花嫁みたいだ」と言ってすぐに、ユウマは私が結婚によい印象を持っていないことを思い出したのか、「つまり、アナとずっと一緒にいたいってこと」
私は有頂天になって、ユウマを抱きしめた。ウィルクレスト村では幸福な思い出がたくさんあったが、その中でもこの日は特別だったと思う。ユウマに本当にふさわしい女性に生まれ変わったような気分だった。
ウィルクレスト村での幸福な生活は続いていき、五年ほどが経った。
ユウマはまだまだ若々しかったが、男としての逞しさが増し、優男の青年という印象は薄れていった。私はユウマのそんな変化を見るのも好きだった。
その頃、ユウマが私との間に子どもが欲しいと言い出した。
正直な気持ちとしては、私は子どもに興味はなかった。ユウマと二人の暮らしは楽しく、子どもはむしろ邪魔になるとすら思っていた。
その上、私自身が親との関係が希薄だったので、婚姻関係と同じように、親子関係というのがよいものだと思えなかった。
それでもユウマが子どもに固執するようなので、ヒト族と魔族の間に子どもはできない、と告げた。それは事実だった。ヒト族と魔族の間には、生物としての隔たりがあり、事実として子どもはできないはずだった。実在する、そんな子どもに会ったこともなかった。
ユウマはそんなことはないと言い張った。聞けば、司祭ヨナスが、ヒト族と魔族の間に子どもをもうけるための方法を知っているというのだ。
私はそれを信じず、それで本当に子どもができるのであれば、子どもを持ってもよいとユウマに言った。
そんなやりとりをした翌日、村兵の勤務を終えてから、司祭ヨナスのいる双樹教会を二人で訪ねた。
教会の中に通され、礼拝堂でユウマから相談の内容を静かに聞いたヨナスは優しい微笑みを私たちに向けて言った。
「双樹は種族を超えて世界を支え、ときに奇跡を起こします」
ヨナスは少し待つように私たちに言い残し、礼拝堂の奥に行った。
そして戻ってきたときに一本の蝋燭を手にしていた。
「この蝋燭を灯して、今晩はお過ごしください。大賢者様が双樹の加護による秘術で作成した蝋燭です。きっとあなたたちの望むものが授けられます」
そう言ってヨナスはユウマに蝋燭を渡した。
その晩、私たちは言われたとおりに双樹の蝋燭を灯した。
神秘的な青白い火が灯った。
ユウマはその蝋燭の灯りの美しさをとても気に入ったようで、長い時間ずっと眺めていた。
そのせいで、普段よりも遅い時間に私たちはベッドに入ることになった。
翌日、特に何も起きた気配はなかった。睡眠時間がいつもより短くなったためか、いくらか気怠い目覚めだった。
しかし、私はそのとき妊娠していたのだった。蝋燭の効果があったのだ。
次第に私のお腹がふくらんできて、仕事も休むことになった。
ユウマは仕事を続けながらも献身的に私の世話をしてくれた。
やがて女の子が誕生した。
子どもを持つことに反感すら覚えていた私だったが、無事に出産をすると、大きな感動に包まれた。
あり得ない奇跡を目の当たりにしたのだ。
ユウマと私の絆が、実体を持った子どもとしてこの世に顕現したのだ。




