回想4 ブリットモア町での暮らし(後編)
「なんだ、おっさん。邪魔すんじゃ……あ、ヨアヒムさん、すんません、はい、失礼いたします」
そう言うと三人はそそくさと退散していった。
私もその場を去ろうとすると、「ちょっとお待ちなさい」と女のほうが呼び止めた。
「うちに寄っていきなさい。お昼ご飯をご馳走するから。ね、あんたもいいでしょう?」
壮年の男のほうも笑みを浮かべてうなずいた。
「え? いえ、大丈夫です」
「そう言わずに、ね?」
女は強引に誘ってきた。さっきの男たちと変わらないな、と思ったが、男たちと違って、下心があるわけではないことは何となく察していた。
私が迷っていることを察したのか、ビーが私の前に出て、ヒルダのもとにトコトコと近づき、私を振り返った。
「ふふ、このおチビちゃんはあたしのご飯が食べたいって」
ビーがその気ならしかたない。私は根負けした。
その夫婦は、夫がヨアヒム、妻がヒルダと言った。ヨアヒムという名前に何か聞き覚えがあった気がして、それも警戒を解いた理由の一つだったかもしれない。
ヨアヒムとヒルダの家に向かって歩いていると、魔族を強く非難する言葉がまた耳に入ってきた。ユウマと一緒に町を歩いているときはまったく気づかなかったのに、今は「魔族」という言葉を次から次へと耳がとらえてしまう。
「何で皆、誰かを非難したがるんだろうね。仲良くしたらいいのにね。魔族だって悪い人ばかりじゃないのにね。そう思わない?」
私の心を見透かしたかのようにヒルダが言った。
「魔族のことは……よくわかりません。でもひどいことをしているのは事実だと思います」
「それはヒト族だって一緒よ。でも、ヒト族も魔族も、皆がおしなべてひどいなんてことは絶対にないわ。さあ、ここよ。工房もあってうるさいかもしれないけれど、許してね」
ヒルダが示した建物には工房があり、何人もの男たちが何か作業をしていた……
ユウマ!
私はそこにユウマを見つけ駆け寄り、人目も憚らず抱きついた。
「あれ? アナ!? 何で外に出ているんだ?」
ユウマは戸惑いながらも私を受け止めてくれた。
「あら、アッシュの知り合いだったのかい!? それはびっくりだねぇ」
ああ、そうだ、昨日のユウマの話に出てきた元「やくざ」の親分が確かヨアヒムという名前だった。
「もうお昼の時間だからアッシュも休憩に入りなさい。みんなも休憩してね」
ユウマも昼食に招かれ、二人で食卓の椅子に座り、ビーも私の横の床に座った。
ヒルダがスープの入った器を持ってきて食卓に並べた。
「お肉と豆のスープよ。いいお肉が手に入ったから。お口に合うといいけれど」
同じものが床に座るビーにも差し出された。ビーは嬉しそうに器を見たが、熱くてすぐには食べられないようだった。
ヨアヒムもやってきて、四人で食卓を囲んだ。
スープはとてもおいしかった。ヒト族の家庭の料理を食べたのは、それが初めてだった。愛情のようなものが料理に込められることを知った。
ビーも夢中で舐めたり噛んだりして、幸せそうだった。
「二人は結婚しているのかい?」
徐にヒルダが尋ねてきた。
ユウマがスープを吹き出した。なんてことを……
結婚というのは、魔族にとっては身を差し出す代わりに、庇護を受けるようなもので、私はあまり良い印象を持っていなかった。
「いえ、特に結婚しているわけではないです」
「じゃあ、恋人同士なのね」
「はい、そうです」
ユウマと私が同時に答えて、お互いを見て笑った。
ヒルダとヨアヒムも笑った。
「それなら、ウィルクレスト村に行くといいわ」
「え?」
「あそこなら、あなたたちに合ったもっといい仕事があるわ」
「いや、そんな。せっかく仕事を教えていただいたのにそんなすぐ辞めるなんてできませんよ」
「あなたのためじゃないわ。アナのためよ。この町はだめ。さっきも変な男たちに絡まれていたんだから。たまたま私たちが通りかかったからよかったけれど」
「……わかりました」
ユウマが折れた。
ウィルクレスト村ならあんな男たちも、魔族を嫌がる人もいないのだろうか?
いや、魔族が嫌いでないヒト族なんているわけがない。
「あなたもいいわよね?」
ヨアヒムは少し困った顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「なかなか筋が良かったから、ユウマにはここにいてほしかったんだが、しかたないな」
「双樹教会というところがあるからそこに行きなさい。仕事を紹介してくれるわ。あたしが紹介状を書いてあげるから」
「双樹教会ですか? エルフの大賢者の?」
「そうよ。知っているわね?」
「はい、知っています。でもなぜヒルダさんが双樹教会と関係があるんですか?」
「まあ、昔ちょっとね」
ユウマは知っているようだが、私は双樹教会なんて知らない。ヒト族の間では有名なのだろうか。
その後は食事を続け、ヨアヒムの昔の話で大いに盛り上がった。昔はさんざん悪さをして、魔族以上に恐れられていたようで、今も一部の男たちには恐怖と畏怖の対象になっているらしかった。
今の柔らかく穏やかなヨアヒムからは想像もつかなかった。
そんなヨアヒムが、聖女のヒルダが更生させ、今では、ヨアヒムがヒルダを畏怖しているらしく、一切逆らえないということだった。
それがまたおかしかった。
楽しい食事を終えると、ユウマはもう仕事をしなくてよいと言われた。
紹介状を書くから手伝えと言われて、ユウマはヒルダに別室に連れていかれた。
ヨアヒムは工房のほうに行き、私とビーはその場で待つことになった。
これから私たちはウィルクレスト村というところに行く。期待もあったが、不安も拭えなかった。もしウィルクレスト村も住むのにつらい場所であれば、今度こそ二人でどこか、魔族もヒト族も関係のない場所を探そうと提案するつもりだった。
ヒルダが戻ってくると、宿に戻って荷物をまとめるように言われた。明日の朝に出れば、陽が落ちないうちにウィルクレスト村に着くだろうということだった。
ヒルダと一緒に戻ってきたユウマは少し複雑な表情だったように思う。
しかし、私のほうを見て、微笑みを向けたユウマは、未来に希望を持っているように思えた。
私たちはきっと大丈夫だと思った。




