回想4 ブリットモア町での暮らし(前編)
二十年前、ブリットモアの町でユウマとの楽しい生活を送っていたが、楽しいだけの生活は長くは続かなかった。
お互いの本務を放り出して逃避行に出て、ユウマがヒト族の王から魔王討伐の準備金として与えられた金貨で生活をしていたのだが、宿に泊まり、食事をするだけの生活ではもちろんお金は減っていく一方だ。
つまり、仕事を見つけなければならなかった。
加えて、当時宿泊していた宿の主人が、何もせずあまりに長く逗留する二人に疑わしげな目を向け始めており、気まずいところもあった。
ユウマはまず冒険者ギルドに仕事を探しに行った。しかし、危険性を考慮し、冒険者パーティーでの登録でなければいけないと断られてしまった。
勇者の身分を明かせばパーティーでなくとも問題なく受け入れられそうなものだが、勇者が魔王討伐に行っていないことが明るみになってしまうので、もちろん身分は明かせなかった。
私とパーティーを組もうと提案したのだが、魔族だとわかってしまうと二人の生活を続けることができなくなってしまうから、私はできる限り一人で外に出るべきではない、と決して折れなかった。
次にユウマが興味を持ったのが鍛冶屋ギルドで、こちらにはたまたま鍛冶屋の徒弟募集があり、ユウマの就職はその日のうちに決まった。国境沿いの町で、兵士が日々魔族と戦っているため、武器防具の需要が大きく、鍛冶屋は常に人手不足になっているらしかった。
このときに、ユウマは「アッシュ」という偽名を使ってギルド登録を行い、今後、世間の前ではこの名前になった。
ユウマは私にも「アッシュ」と呼ぶように言ってきたのだが、「私が愛しているのはユウマであってアッシュではない」と突っぱねた。しかし、ユウマも頑なに主張してきたため、外ではユウマをアッシュと呼ぶことにしぶしぶ同意した。
ユウマが仕事を始め、日中は一人になるため、外出を禁じられてしまった。
何もせずに宿に留まり続けることになったのだが、これがまさに地獄だった。
退屈すぎるのだ。退屈はおそらくこの世で最高の拷問だと思った。ヒト族でもつらいだろうと思うのだが、魔族は欲望を制するのがより苦手だと思う。
部屋のベッドに寝転んで四肢をばたばたさせていると、私が苛立っていることに気づいたビーが近づいてきて、顔を舐めてきた。
それからビーはベッドから降り、宙返りを見せて、得意げな表情をした。
今度は走っては振り返ることを繰り返し、追いかけて来いと訴えてくるので、私はベッドから起き上がって走ってビーを追い回した。
その日はビーのおかげでなんとか乗り切った。
魔獣にお守りをされるとは、少し情けない気分にもなった。
ユウマが宿に帰ってくると、私は待ちかねたとばかりに話をするようねだり、彼は鍛冶工房での苦闘ぶりを披露してくれた。親方がもともとやくざ(「やくざ」はヒト族だけど魔族のように凶悪らしい)だったけれど優しいとか、初めての鍛冶作業でわけがわからず苦労したとか、楽しそうに話した。
ただ、慣れない労働のせいか疲れ切っていたようで、ベッドに腰をかけて少しすると意識を失うように眠ってしまった。今思えば、ユウマは少し人見知りする性格でもあったので、気苦労もいろいろあったのだと思う。
かわいそうだったので、起こさずに寝かせたままにした。彼の寝顔を見るのも好きだった。たとえ寝たままでも、いてくれるだけで退屈しないのに、と思った。
翌朝、ユウマはまた仕事へと出発していった。
私の心は決まっていた。もう我慢はできないし、ビーに気遣いさせるのも申し訳なかった。
私は宿の外に出た。もちろん、ユウマのマントのフードをかぶり、角は隠していた。
「一人での外出」ではなく、ビーも連れていけば二人で外出だからいいだろうという言い訳も考えていた。
それにこのままでは苛立ちが募って、そのうちユウマに当たり散らしてしまいそうなのが嫌だった。
ユウマとは何度も町を散策していたが、一人で外出してみるととても新鮮だった。
町には商店や屋台がたくさん並んでいた。好きなものを選んで買うというのが、魔族にはない文化なので、最初にヒト族の町を見たときはとても不思議だった。
魔族は階級によって与えられるモノが異なり、選ぶことはできなかった。魔族の社会で得られるものは限られているので、ヒト族から奪う、というのが魔族の自然な発想だ。
ただ、ヒト族の社会でも、お金がないと本当に好きなものは買えない。
そして本当に本当に欲しいものはお金でも買えないことがあることを私は知っている。それを維持するためにはやっぱりお金がいるということも。
そんな考えごとをしながら、歩いていると、ふと周りの声が聞こえてきた。
「……さんの旦那さん、魔族に殺されてしまったみたい。ひどい残忍な殺され方をしたみたい。いつになったら魔族はこの世から消えてくれるのかしら」
「今の勇者はすごく強いらしいから魔王も魔族も根絶できるかもしれないって」
「あら、勇者は殺されたって話よ。魔族が卑怯な手を使ったらしいわ。本当に許せないわ。あんなやつらが存在する意味がわからない」
「地獄に帰って、さんざん苦しんで死ねばいいのに」
そんな話をしながらときおり笑い声も混じった。
またしばらく歩いていると、同じように魔族を非難する声がそこかしこから聞こえた。
私が一人で外に出ることで、ユウマが本当に心配していたことを理解した。
「お姉さん、どうしたの? そんなきれいなのに泣いていたらもったいないよ。お昼ご飯奢るよ。元気だしなよ」
気づくと三人の男たちが目の前に並んで立っていた。
私は自分でも気づかないうちに涙を流していた。
「いえ、けっこう」と言って去ろうとすると、一人の男が行く手を阻んだ。
「いやいや、放っておけないよ」
私は強引に振り払って進もうと思って止まった。
このヒト族を殺すのは容易い。だが、ユウマの言いつけを破って外に出てヒト族を殺せば、もう一緒にはいられないだろう。
殺意を見せればビーも興奮して暴れてしまう。
ヒト族なんかと仲良くなんてしたくない。私もたくさんのヒト族を殺してきた。ヒト族から嫌われて、皆から消えてほしいと思われてもしかたない。
ユウマと一緒にいるために、ヒト族の社会の中で生きなければならないなら、私はそれも我慢する。
……でもできれば魔族もヒト族もいないどこかで二人とビーだけで暮らせないだろうか。
「じゃあ、行こうか」とまた別の男に強引に腕を引かれ、とっさに手を引いた。
ユウマ以外の人に触れられるのがとても不快だった。
「おい、嫌がっているじゃないか。やめなさい」
通りがかった壮年の男が割って入ってきた。傍らには妻らしき女を連れていた。




