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さよならは双樹の下でーー魔王討伐放棄の史上最強勇者と魔族最強剣士の禁忌の愛  作者: Vou


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第三話 ブリットモア町の騒動3

 兵士たちの死体を後にして、早々に町を出て行こうとする私を女が引き止めた。


「アッシュって人を探しているんですか?」


 それを言われたら、足を止めざるを得ない。


「何か知っているの?」


「私はよく知らないですが、私が住んでいた家の近くの老夫婦からアッシュさんの話を聞きました。助けてくれたお礼に紹介させてください……生きていればですけれど」


 もしそこに何か手がかりがあるなら、という気持ちと早く進みたい気持ちとの間で葛藤した。


 するとビーが女のほうに歩いて進み、女の前で止まると、私のほうを振り返った。

 行くべきなのか、ビー。


「うん、ありがとう。その老夫婦に会わせて」


 女はステラと言った。子供は男の子で、エリオという名前だということだった。

 仇はとったものの、夫を亡くして、この廃墟の中でどう生きていくのだろうかと思った。


「その……これからどうするつもりなの?」


 荒廃し、死体が散乱している町を歩きながら、私が尋ねた。


「そうですね……夫もいなくなってどうしていいかわからないけれど、この子がいるからどうやっても生きていかないと」


「変なことを聞くようだけど……どれくらい、愛していたの?」


 ふふっ、とステラは吹き出した。


「夫のことをどうしても思い出させたいんですね」


「ごめんなさい。実は、アッシュというのは私のとても大事な人なんだけれど、私も彼を失いかけてしまっているの。でも、彼を失うことが怖くて想像もしたくなくて……」


 「とても大事」という言葉ではまったく足りないくらい大事な存在。そんなものを失うことができるのか。


「そうなんですね……私の夫、マテオっていうんですけれど、言葉では表せないほど大事な人でしたよ。私も彼を失うことなんて考えもしませんでしたよ。でも目の前で殺されて、できるなら生き返ってほしいですけれど、そうもいかないですからね。

 でも、私にはこのエリオがいますから。エリオにあの人の面影が見えるんです。この子にあの人の魂が宿っているんです。だから私はこの子を守って生きていこうって思ったんです。あなたに仇をとってもらってすっきりしましたし。

 アッシュさんはまだ生きているんでしょう? 生きているなら諦めてはいけないと思います。きっと見つけられますよ」


 ステラはそう話して優しく微笑んだ。


 私にはフタバがいる。もちろんフタバも大事な存在だけれど、あの娘がいれば、ユウマがいなくても大丈夫だとは思えない。ユウマもフタバもビーもいなければ、私がこの世界(マナティア)で生き続けることなんてできない。

 もしユウマがニホンに帰ると言うのなら、私もきっとついていくだろう。



「ああ……」


 足を止めたステラが小さな声をあげた。視線の先にヒト族の老婆がうずくまっていた。


 その老婆の頭の先には老いた男が首から血を流して倒れていた。


「あのお婆さんです」


 私たちが近づいていくと、老婆がこちらに気づき、顔を上げた。深い皺が刻まれた顔に、泣き腫らした目が痛々しかった。


「ステラ……マテオもやられたんだね? うちの爺さんもこのざまさ。まったくひどい世の中だね。魔族の侵攻を生き抜いたと思ったらヒト族に殺されるなんて、世も末だよ」


 老婆は無理に引きつった笑みを作った。痛々しい笑みだった。


「愛していたんですね」


 そう尋ねると、老婆は私のほうを向いて、今度は優しく微笑んだ。


「ふふ、そうだね。愛していたよ。とってもね。爺さんのおかげでとってもいい人生だった。

 おまけの余生をどうしようかね……あんた、悪党たちをやっつけてくれた娘だね。ありがとうね」


 ここでも愛する人を失った人がいた。あの悪党どもだけではない。魔族はもっと多くのヒト族を殺しただろう。ヒト族も魔族を少なからず殺したはずだ。

 それでもなぜ、この人たちはまだ生きていこうと考えていけるのだろう。


「ああ、あんたはあの時の魔族の娘か。恩返しされちまったね。いや……恩を売ったつもりはないんだけどね。それにしても若いねぇ。魔族はエルフみたいに歳をとらないのかね。うらやましいね」


 恩? 何のことだろう? しかも私が魔族だと知っている?


「覚えてないかい? そうだよね、あたしゃ、あんたと違って老け込んじまったからね。もう二十年くらい前のことだったかね。早いもんだね」


「お会いしたことがありますか?」


 二十年前、確かに私とユウマはこのブリットモアの町に滞在していたが、それほど多くの人とは接していなかったはずだ。それに、私が魔族だと明かした記憶はない。


「双樹教会のことを教えたおばちゃんを覚えてないかい?」


 その言葉で、にわかに記憶がよみがえった。

 この町でユウマと過ごした楽しい思い出と、少し苦い思い出、そしてこの老婆によってもたらされた希望。

 ただ……魔族であることを明かした覚えはなかった。


「ヒルダさんですか?」


「あら、あたしの名前まで覚えててくれたんだね。あんたは……」


「アナです」


「ああ、そうそう、確かそうだ、アナだったね。よく戻って来てくれたね。ウィルクレスト村に住んでいたのかい?」


「はい、おかげさまでこの二十年、幸せに過ごせました。ヒルダさんと……ヨアヒムさんのおかげです」


「それはよかった。ヨアヒムのじいさんも生きてあんたに会えたらよかったけれど……でも、何かあったのかい? 一人でこんな廃墟みたいな町にわざわざやってくるなんて」


 私は状況を話した。アッシュ=ユウマの正体も、私が魔族であることも。これまでのユウマとの二十年の生活のこと、フタバのこと、そしてユウマが失踪したこと。話しているうちに涙が溢れてきた。私はひどく心細かったのだった。

 ヒルダもステラも、じっと私を見て、静かに私の話を聞いてくれていた。彼女たちはすでに夫を亡くしていて、私なんてまだずっとましなはずなのに。


 ひとしきり話し終えて、まだ泣き続ける私の頬に、ヒルダが両手で触れた。


「大変だったね。心細かったね。でもきっと大丈夫だよ」


 温かい手だった。

 ヒルダは気休めに言っただけかもしれないが、なぜか少し気持ちが軽くなった気がした。

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