プロローグーー失踪した元勇者の恋人
娘の十五歳の誕生日の朝、恋人のユウマは姿を消した。
テーブルの上には芯の短くなった一本の蝋燭が灯っており、その傍らに一枚の手紙が無造作に置かれていた。
「フタバ、誕生日おめでとう。十五歳、もう大人だ。これからは自分の信じる道を進みなさい。
アナ、フタバとビーのことをよろしく頼む。僕はどうしても果たさないといけないことがある。
本当にすまない。今まで本当に幸せだった。君たちなしの人生はあり得なかった。本当にありがとう。
フタバの誕生日には必ずこの蝋燭を灯して僕のことを思い出してほしい」
手紙からは、ユウマはもう戻ってくるつもりがないことが読み取れた。
娘のフタバはひどく取り乱した。お父さんはもう戻らないと、泣きじゃくりながら繰り返した。
ヒト族のユウマは、私よりも肉体の老いの速度がずっと速く、髪も少し薄くなり、顔の皺もいくらか深くなり始めていた。
それは種族間の違いであり、避けようのないことではあった。
それでも私はユウマを愛していて、死ぬまで同じ朝を迎えたかった。
ユウマは元勇者だ。魔族の私と一緒になって生きていくには多くの苦労があったとは思う。それは私にとっても同じだ。
それでもなんとかやってきて、正式な婚姻関係など結べないまま娘をもうけ、その娘が(ヒト族でいう)十五歳の成人を迎えることもできた。
その娘の成人の日に姿を消すなんてことは想像もしなかった。娘にも私にも責任を果たしたつもりなのだろうか。
胸の奥が軋むようだった。
私はフタバを抱きしめ、「大丈夫だから」と何度も頭を撫でた。
そうしながら、ユウマが「冗談だよ」と言って、ひょっこり戻ってくると信じたかった。
もしそうでないのであれば、ユウマを探すために旅に出ることを考えていた。見つけたらどんな恨み言を言ってやろうか。
足元には老いた小さなベヒーモスのビーが尻尾を振って私を見上げていた。
ビーもユウマの不在に気づいているだろう。彼を探すために、外へ散歩に行こうとねだっているかのようだった。
蝋燭の火が消えた。
ユウマの好きだった蝋燭だ。確か世界樹だったか、虚無樹だったか、どちらかの根から採取された灰が芯に染み込ませてあったはずだった。
毎年、フタバの誕生日には、必ずこの蝋燭を灯した。
フタバの名も、ユウマが世界樹と虚無樹の両方の加護を受けられるようにとつけた名だ。
私は「フタバ」という言葉の意味は知らなかったが、彼が勇者として召喚される前の世界の言葉なのだと言っていた。
私は本当はこの日が来ることを以前からすでに予感していたのかもしれない。
ずっと前からわかっていたにもかかわらず、向き合うことをしなかったのだと思う。




